第三十一話 戦闘!? vs アクエラ!
腰のホルスターに吊られた空の結晶石が淡い光を帯びていることからして、この謎生物はレムレスの一種らしい。
大きさはせいぜいイトミクと同じくらいか、もう少し小さい程度。青い体色の外見は、強いていえば水滴のような形をしており、顔……と思われる部分に小さなつぶらな瞳が二つついている。加えて豆粒みたいだが小さな二つの足がぴょこんとついている。手は見当たらず、羽根らしいものも見受けられない。にもかかわらず、姿からして珍妙な生物であるが、その移動方法も実に奇妙だ。歩く、というよりは滑るように移動しているようだ。
アユムが謎のレムレスを観察している間にも、カーぼうは間髪入れずに攻撃を仕掛けていくが、全く効果がないようだ。彼が口から発射した火球は謎のレムレスに当たる寸前、突然はじけて消えてしまうのだ。おそらく何らかの術技なんだろうが、アユムが見ていてもレムレスがどんな攻撃を仕掛けてきているのかがわからない。まるで見えない防壁にはじかれているようだが……。
いや待てよ……こういう時にこそ、白の本に何か書いてあるかも!
そう思い至って、アユムはすぐにカーぼうとイトミクに指示を出す。
「カーぼうは距離を取って《ファイアボール》であいつを牽制してくれ。イトミクは1分でいい、《リフレクション》で時間を稼ぐんだ。頼むぞ、お前ら!」
『時間を稼ぐって、何かプランがあるのか?』
「それを今から考える!」
鞄から白の本を取り出すと、アユムの予想通り、淡く光っているページがある。原理は不明だが、アユムが出会ったレムレスについての記述が白紙だったはずのページに浮かび上がってくるのだ。結晶石で契約したレムレスについては、記述も追記される。
光ったページを開くと、謎のレムレスの生態について、大雑把に記述されていた。
『名称:アクエラ。分類:妖精種。属性:水。大きさ:0.3m。重さ:1.0kg。澄んだ水の流れる場所に生息している。綺麗な水が大好物。悪戯で水かけっこを仕掛けてくる。古くから水の精霊の使いと親しまれてきた』
白の本の記述によれば、アユムが対峙しているのはアクエラ、というレムレスのようだ。
残念ながら先ほど飛ばしてきた銃弾のような術技の詳細は載っていなかったが、どうやらこいつにとっては戦闘ではなく、単なる悪戯のつもりらしい。
思えば、先ほどからカーぼうの《ファイアボール》を打ち消しているが、アクエラがそれ以上にこちらを攻撃するような素振りはない。カーぼうとイトミクは謎のレムレスの出現に警戒しているようだが、白の本の記述からしても、やはりアクエラは悪戯で遊んでいるだけなんじゃないか? 言葉が通じるかわからないが、試してみる価値はあるか……。
アユムは白の本を鞄にしまって、代わりに水筒を取り出した。
「よう……アクエラ。俺はアユム。突然、カーぼうが攻撃しちまって悪かったな。これは仲直りの印だ。受け取ってくれ」
水筒の蓋を外して、アクエラの方に放ってやる。
アクエラは手が無いのに、器用に水筒をキャッチした。イトミクみたいにアユムの理解の及ばない能力があるんだろうと思った。レムレスは存在からして不思議な生物なのだ。
水筒に入っていたのは、今朝、出発前にユニオンで用意した水道水。綺麗な水が大好物というアクエラの口に合うのかは微妙だったが、吐き出しはしなかったので及第点だったらしい。
水筒の水を飲み干したアクエラは、突然体を青く光らせたかと思うと、目しかなかった顔に小さな口を出現させ、水筒に口をつけてぷぅー……っと液体を入れていく。
アクエラはそのままぴちゃりぴちゃり、と床に水滴をつけながらアユムの方に近づいてきて、水筒を返してくれた。水筒には水、だろうか……、ひんやりした液体が入っている。アクエラは何やら期待のこもった眼差しでアユムを見つめている。
「これを……飲め、と?」
アユムがつぶやくと、アクエラはにんまり笑って軽く小躍りする。どうやらそういうことらしい。
『まさか飲むのか? やめとけ、毒、入ってるかもしんないぞ』
見た目はただの綺麗な水だが、この水が生成される過程をアユムは見てしまっていた。有体に言えば、アクエラの吐しゃ水である。これを飲んで腹を下すだけなら、構わないが未知の毒物でも含まれているようなら大事になりかねない。
とはいえ……大雑把な記述だったが白の本には、アクエラが人間に危害を加えるような危険なレムレスであるという記述はなかったし、行動を見ていても恐るべき策略で嵌めてくるような奴にも思えなかった。
ごくりと生唾を飲み込む。アユムは白の本の記述と己の直感を信じることにした。
ちびちび飲もうとすると、かえって決心が揺らぐ。アユムは水筒を手にし、一息に呷った。
――その瑞々しさといったら、なんとも言葉にしようもない。
ニバタウンにやってからというもの、不幸なことばかりだった。財布はスられるし、列車は運休で次の町に行けないし、街の天気はひどい濃霧で碌に観光もできやしない。同ランクの操獣士には無様に敗北して散々にマウント取られてコケにされるし、ふんだりけったりだった。そうしたクサクサした思いや、体に残っていた疲労感やらを全てきれいさっぱり洗い流してしまう……そんな清浄の瑞々しさの水を飲んで、あまりの美味しさにちょっと泣けてきた。
泣くほどのうまい水をゴクゴクと飲み干して、アユムはぷはぁと息をつく。
「うっっっめぇぇぇぇぇ~っっ!」
廃屋に響き渡るような雄たけびであった。
アユムが美味しく水を飲んでくれたのが嬉しかったのか、アクエラはきゃっきゃと小躍りしてはしゃいでいた。一方、カーぼうとイトミクの二匹は茶番に付き合わされたようで、なんだかどっと疲れた気分だった。
背後から小走りする音が聞こえてきてアユムが振り返ると、困惑した顔のセピリアがじとーっとした目つきでアユムを睨んでいた。
「なんかうるさい声がするなぁと思って急いで来てみれば……キミは何をやっているのかしら?」
「セピリア? 遅かったじゃないか。俺はこいつに、超うまい水をもらったところだ」
「相変わらずキミの言うことは意味が分からないことばかりだわ。その子、キミのレムレスなの?」
「いや、契約はしてない。なんか、いた」
「野生のレムレスってこと? 早く倒すか、契約するかした方がいいわ」
「たぶん、大丈夫だよ。こいつ今のところ、乱暴してこないし、悪戯で水を飛ばしてくるくらいだ」
セピリアには俄かに信じられなかった。アユムときゃっきゃと遊んでいるアクエラというレムレスは、秘境に住みかにしていることが多く、めったにお目にかかれない。さらに警戒心が非常に強いため、人に懐くことはめったにないとされているのだ。
そんなレムレスが嘘みたいにアユムに懐いている。突然変異した個体? そもそもそれを抜きにしたって、契約していない状態の野生のレムレスがこんなに人に懐くことが異常である。
「アユムくん、その子随分キミに懐いているようだけど、契約はしないの?」
「うーん、たまたま会っただけだしな。こいつが俺たちと一緒に旅する気あるかわかんないし。今は契約はやめとくよ」
「……そう。ちなみに普通の野生レムレスはそんなにベタベタひっついてきたりしないんだけど、キミ、一体何したの?」
「何って……あー、水筒の水あげたら、こいつが超うまい水作ってくれてさ。それで気持ちが通じたのかも? 良ければセピリアも飲んでみる? マジでうまいぞ?」
「……遠慮しておきます。色々聞きたいことがあったけど……もういいわ。キミを見てるとなんか、あたしがバカみたいだもん」
深呼吸して息を整えると、混乱していた頭も少しは落ち着いてきた。
人間、やっぱし呼吸が大事なのだ。
「今の状況を説明してくれる? ギルバートくんと犯人はどこへ?」




