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Lemurial Historia《レムリアル・ヒストリア》――時渡りの英雄と古の神獣  作者: 秀田ごんぞう
第二章 ―― マリーの特訓!~ Marie's special training ~ ――
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第十七話 ノーセンス

 それから一週間が経過した。

 事態はマリーが思っていたよりも深刻だった。

 あれから毎日特訓を続けていたアユムだったが、未だに呪文札(スペルカード)の色を変化させることができずにいたのである。

 

 彼自身は諦める素振りも見せず、試行錯誤しながら訓練を続けているが、ここまで進展がないとなると何らかの対応策を考えなければいけないだろう。


 そして主人とは違って、すっかり特訓に飽き飽きしてしまったレムレスが一匹。


 ルビー:カーバンクルは実に怠惰(たいだ)な表情でアユムの特訓を見つめている。その出で立ちからは活力の欠片すら感じさせない。まるで夢も希望もない、死んだ魚のような目のカーバンクルがものぐさにつぶやいた。


『……いい加減に諦めたらいいんじゃねーか?』


 だらりと尻尾をぶら下げ、すっかりやる気を失ったカーバンクルの言葉を振り切るようにアユムは特訓に集中する。

 全然上手くいかない。そんなのは自分が一番よくわかっていた。アユムなりに魔力の出力を変えてみたり、色々試してはみたが、どうにも上手くいかない。根本的に何らかの課題があるように思えるが、その解決策が思い浮かばない以上、こうやって闇雲に試行回数を稼ぐしかない。進展の(きざ)しがまるで見えないことに一番苛立ちを感じているのは、他ならぬアユムである。諦めろ、というルビー:カーバンクルのつぶやきが嫌でも頭の中に入ってきて離れない。

 教えられたように魔力を込めて【ファイアボール】を発動する。しかし、呪文札の色は黒のまま。情けないくらい小さな火の玉がポッと飛び出して、すぐに消えた。もう何度となく繰り返した光景である。


『もういいだろ。お前に呪文札は合ってないんだよ。センスがねぇ』


「うるさいな! だから、なんとかできるように頑張ってるんだろ! やる気ないなら黙ってろよ!」


『ったく、おれに当たるなよ……。おい、イトミク。お前からもやめるように、主人に言ってやれよ。見ているこっちが嫌になってくるぜ』


 ルビー:カーバンクルとは違ってイトミクは言葉を話せない。だが角をほんのり怒りの色に発光させ、主人をバカにするなとでも言うように、じろりとルビー:カーバンクルを睨む。


『……ハァ。忠実すぎるってのも考え物だよ、まったく。じゃあ聞くがアユム。キミ、なんで呪文札の効果が上手く発動しなかったのか、わかってんのか?』


 アユムはルビー:カーバンクルの問いに答えられなかった。彼なりに試行錯誤を繰り返したが、効果が発動しない原因がわからないのだ。呪文札に込めている魔力量が足りないのかと、最初は思った。魔力を込める、というのが難しくてなかなか感覚を掴めずにいたからだ。今もそれは変わらないが、一週間の訓練を通じて扱える魔力量も増えてはきている。魔力量は根本の原因ではないと思われる。じゃあ何なのか……? 答えあぐねているアユムに、ルビー:カーバンクルが一言つぶやいた。


『イメージの問題だよ』


「イメージ?」


『例えば【ファイアボール】。オレはもとから口から火球を出せるし、火球を発射するという一連の流れが、当たり前のようにイメージできる。だから呪文札への書き込みだって簡単な話さ。だが、キミはどうだ? キミ、口から火球出せる?』


「いや、できるわけないじゃん」


『ま、キミら人間はそうだよな。自分が火球を発射して、飛び出した火球がどのくらいの速度で飛んで、目標に命中した瞬間、どうなるのかを想像するしかないわけだ。ここで考えてほしいんだけど、いちいち想像しないといけないキミが、オレみたいに火球を扱えるわけなくね?』


「……一理ある…………のか?」


 確かにカーぼうが言っていることには納得できる。納得はできるが、だからと言ってどうすればいいというのか。呪文札の扱いには想像力が重要というのは事前にマリーから聞いていたけれど、アユムだって魔力を込めるときに発動後の効果をしっかりイメージしているつもりだ。


 二人のやりとりを傍で聞いていたマリーが肩をすくめて助け船を出す。


「ふむ。ま、カーバンクル君の言う通りね。もちろん、イメージを高めていけば君にも【ファイアボール】は扱えるだろうけど……今の君にはちょっと難しいようね」


「でも【ファイアボール】ってかなり基本的な効果なんだろ? それも扱えないようじゃ、他の効果だって……。それにマリーは普通に使えてるし、俺だって」


「私は君とは違って呪文札の扱いそのものに慣れているもの。経験値が違うわよ。私が言いたいのは、【ファイアボール】にこだわる必要はないんじゃないかってこと。確かに【ファイアボール】は赤の初歩的な術技(スキル)で基本となるものだけど、君のイメージしやすい術技を中心に構成したっていいんだから。アユムくんにもあるはずよ。君自身の想像力にマッチした、イメージやすい術技が」


「俺が想像しやすい術技……?」


 マリーにそう言われてアユムは考えてみる。自分が想像しやすい術技……。


 そもそも術技とかレムレスとか、そういった類の存在全般が記憶喪失の彼にとっては未知の世界――まさしくファンタジーなのだ。カーぼうが言っていたように実体験を伴っているわけではない。自分が現実に経験していたり、実体験を通じて得たものは想像するに難くない。それは理解できた。


 自分がイメージしやすいものに当てはめて考える……。

 一つ、アユムにも思いついた効果がある。早速、呪文札に書き込んで試してみたいが、レムレス相手では意味をなさない。あくまで対人戦において効果を発揮しそうなのだが……。


「ま、何はともあれ実戦あるのみね。呪文札の扱いは試行錯誤して慣れるしかない。しかも君の場合は……少し荒療治が必要かもしれないわね」


 マリーはそう言うと、腰に吊った結晶石を手に取りイクシリアを召喚する。


「やることは簡単。イクシリアに一手、攻撃を当てること。レムレスの攻撃でも、呪文札によるものでも、どちらでも構わないわ」


 マリーの表情から相当な訓練を想像していたアユムはあっさり拍子抜けである。確かにマリーの操るイクシリアはおそらく、今の自分達では逆立ちしたって勝てない相手だ。それはわかっているが、一回。たった一回、攻撃を当てるだけならそう難しくはないのではないか。この時のアユムはそう思っていた。


「君の今の手持ちはイトミクとカーバンクル君ね。どちらが相手でも構わないし、呪文札でも、なんでも自由に使って構わない。ただし、私も呪文札を使わせてもらう」


 マリーは腰のポーチから四枚の呪文札を手に取って、魔力を込める。すると黒かったカードが赤、青、緑、白の四色に変わった。


「普通は呪文札の効果は他人に教えないんだけど、今回は特訓だからね。私が使うのはこの四種類。【ショック】、【リフレッシュ】、【ウィークネス】、【プロテクション】。各色の基本となる効果ね。……って、何やら不服そうな顔ね」


「マリーさ、流石に俺らのことなめすぎじゃないか? 効果もあらかじめ教えておいて、一撃与えればいいだけだろ? それで特訓って言えるのか?」


「……そうかしら? ちょうどいいハンデだと思うけど。あ、言い忘れたけど、私が使うのは四枚のうち一枚だけ。今の君たち相手にそれで充分だしね」


 そこまで言ったところで、マリーが一つ思いつく。


「そうね。緊張感があった方が良い特訓になると思うから、罰ゲームを一つだけつけましょう」


「罰ゲーム?」


「期限は一週間。その間に一度もイクシリアに攻撃を当てられなかったら、そうね……一年間、わたしの元でみっちり修行してもらうわ。その間、アトリエの敷地外に出ることは禁止します」


「一年!? 長すぎるよ!」


「だって危なっかしくて、とてもじゃないけど、街の外で私のフィールドワークの手伝いなんてさせられないもの。私からすれば、それでも短いくらいだと思うけど。中等・高等スクールの卒業年数だって、三年ってのが一般的だし」


「そんなに待ってられないよ! 俺はさっさと自分の記憶も元に戻したいし、手掛かりが町の外にあるってんなら、ここでぐずぐずしてられない」


「あら? 随分、不安そうだけど……たった一撃当てればいいだけよ? それくらいなら簡単じゃんって、さっき言ってたわよね? それとも……やっぱりやめる?」


「んなわけあるか! やってやるよ。さっさと一撃当てて終わらせてやるさ」


 まるで二人の間に見えない火花が散っているように、空気が張りつめていた。

 二人は負けず嫌いなところがよく似ていた。アユムはマリーにここまで挑発されて黙っていられないし、マリーの方も特訓とはいえ、むざむざ負けるつもりは毛頭ない。


 天気は澄み渡るような快晴。マリー直伝、鬼のスパルタ実戦トレーニングが幕を開ける。

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