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Lemurial Historia《レムリアル・ヒストリア》――時渡りの英雄と古の神獣  作者: 秀田ごんぞう
第二章 ―― マリーの特訓!~ Marie's special training ~ ――
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第十六話 地獄の特訓

「実際に使ってみましょうか。アユムくん、これを持って」


 マリーは数枚のカードを取り出してアユムに手渡す。


「それは練習用の呪文札(スペルカード)。言い忘れたけど、呪文札は一日に一回しか使えないのよ。それじゃ特訓にならないでしょ?」


「一日に一回だけ? これって消耗品なの?」


 マリーの近くの箱にはまだ何十枚もカードが入っている。これが全部練習用とすると、結構な枚数になりそうだ。


「詳しい説明は省くけど、消耗品ってより、充電が必要って言ったらいいかな? 公式戦では枚数制限もあるのが普通よ。ま、今回は特訓だから、使いたいだけ使って構わないわ。ざっと100枚くらいはあるから」


「100枚……これいくらしたの?」


 そんなアユムのつぶやきに対し、マリーはそっと口に指をあて、


「知らない方が良いこともあるのよ」


 そう言われて、アユムもそれ以上聞くのをやめた。マリーの(ふところ)事情より、今は呪文札の訓練だ。


「まずは自分で効果を設定して、発動するところからね。さっきカーバンクル君がやってみせたし、要領は大体わかってるわね? まずは赤の基本【ファイアボール】を設定してみて。今は黒いカードが、赤く変化するはずよ。そしたら発動のための祝詞――「呪文札起動(スペルオン)」と唱えれば、呪文札に込められた効果が発動する」


 アユムは呪文札を手に取り、カーバンクルがやったみたいにして、魔力を流し込む。まだ自分の魔力の流れが身についていないため、なかなか上手くいかない。それから五分ほど悪戦苦闘していたが、呪文札の色は全然変わらなかった。


「マリー、これもしかして不良品なんじゃない? さっきからずっと黒のままなんだけど」


「いいえ。不良品なんかじゃないわ。試しにそこの木めがけて使ってみなさい」


 アユムは全然納得していなかったが、近くの木に照準を定め、魔力を込めた呪文札を手にしてつぶやいた。


「呪文札起動――【ファイアボール】」


 アユムがつぶやいた瞬間、手にした呪文札が(きら)めき、小さな火球が飛び出した! 火球は木の幹に直撃するとはじけて消えた。命中箇所はわずかに焦げている。


「で、出た……! やった~俺にもできたぞ! 見たか、カーぼう!」


 初めて呪文札を発動させたことで、すっかりはしゃいでいる主人とは違って、子犬は斜に構えた態度で全く驚く素振りを見せない。


『……喜んでいるところ悪いけど。キミ、それ失敗だと思うぜ』


「どこが失敗なんだよ? ちゃんと効果通りに炎出したの、お前も見ただろ?」


『あんなちんまい炎、実戦じゃクソの役にも立たねえよ』


「……ま、そういうことね。今回はカーバンクルくんが正しい」


 ルビー:カーバンクルだけでなく、マリーにまで言われると、アユムも立つ瀬がないのだが、彼には何が問題なのかわからない。確かに威力は小さいが、一応、炎は出たのだ。

 納得いかない顔のアユムに、マリーは今起きた現象について説明する。


「アユムくん、君は【ファイアボール】の効果を呪文札に設定しようと魔力を込めた。だけど本来赤く変化するはずなのに、色は黒のままだった。そうよね?」


「ああ。だけど一応効果は発動したぞ」


「ええ。だからこそ黒は始まりの色とも言われている」


「どういうこと?」


「事象を想像しながら魔力を流し込むことで初めて、呪文札に効果を付与できる。だけど、流し込んだ魔力が足りなかったり、イメージが中途半端だと、呪文札の色は変化しない」


「だから、俺の呪文札は黒のままだったってこと? でもイメージって言われてもな……」


「百聞は一見に如かず、ね。そこで見てなさい」


 マリーは自分で設定した【ファイアボール】の呪文札を手に取ると、先ほどアユムが狙ったのと同じ木に照準を合わせる。カードの色は黒ではなく、燃えるような紅蓮の赤色だ。


「呪文札起動――【ファイアボール】!」


 マリーが祝詞をつぶやくと、拳大の火球がカードから飛び出した。先刻、アユムが出した弱弱しい炎ではない。火球は一直線に幹に命中すると、爆風と共に煌めく! 命中した木は中心から爆散して焼き崩れてしまっていた。

 アユムが出したものとは似ても似つかない。これが【ファイアボール】……本来の威力を目の当たりにしたアユムはいつの間にか腰を抜かしていた。それだけの爆発が少年の目の前で起こったのである。


「これでわかった? 魔力も中途半端だし、君は効果のイメージも足りなかった。だから呪文札も黒いままだった」


『ま、そういうこった。がんばれアユム』


「簡単に言うよなぁ、お前。気楽なもんだぜ」


「黒が初心者の色と言われる所以ね。まずは呪文札の色を変えるのが目標かしら。こりゃ、モノになるのは大分時間がかかりそうね……」


 それから数刻。アユムは練習用の呪文札をとっかえひっかえしながら、起動効果の設定に苦心していた。何回やっても色が黒のまま変わらないのである。そこそこ集中力はある方だと思っていたアユムだったが、あまりの出口の見えなさに、すっかり意気消沈していた。意識だけでなく、体も実際疲労が溜まっていた。魔力を流し込むというのは、少なからず疲労が蓄積する。ボクシングで言うところのボディブローを弱威力でずっと食らっている感じなのだ。疲労は後から効いてくる。


 夕方になる頃には、すっかり疲労の色濃くなっており、アユムは立っているのもやっとの状態だった。

 一日中、特訓を続けたアユムだったが、ついに呪文札の色を変化させることはできなかった。マリーに教えられたように、攻撃だけでなく、補助効果を付与させたり、回復の効果設定にも挑戦したが、いずれも呪文札は黒のまま。発動効果が中途半端な状態から脱することはできなかった。諦めず続けようにも、体がついてこない。俗にいう《魔力切れ》の状態である。あえて例えるならば、20mのシャトルランを嘔吐する限界ギリギリまで続けた状態がそれに近いだろうか。魔力は無限ではない。人によって個人差があるが、使い続ければこうなる。


 直接言葉にこそ出さなかったが、アユムはめちゃくちゃ悔しかった。己の能力に己惚(うぬぼ)れていた部分もあっただけに、自分の不甲斐なさを認めるのは彼にとって非常な苦痛だったのである。


 その一方、特訓を見守っていたとマリーはまぁ、こんなもんだろう、と思っていた。

 魔力を介して契約を結ぶレムレスは、契約主である人間と、魔力で結ばれた、ある種の共生状態にある。操獣士の魔力は呪文札の発動にも影響するが、それ以前に、自分が使役するレムレスのパフォーマンスにも影響するため、発動する効果は自分の魔力とレムレスの戦い方から鑑みて、無理のないものでなければいけない。あまりに強力すぎる効果だと一回使っただけで魔力切れを起こしてしまうからだ。


 魔力自体は生物がもともと持っているものなので、筋トレ同様にトレーニングである程度鍛えることができる。今日のアユムは20枚呪文札を使ったところで限界が来ていた。

 マリーが彼に供与した100枚の呪文札を問題なく使えるように、自分の魔力――スタミナを強化する必要がある。こればっかりは一朝一夕で身につくものではないし、これまで呪文札に触れたことがないアユムは普通より余計に時間がかかるだろうことは予想できる。彼女の見積もりでは、操獣士としていっぱしになるまでは早くても一年、アユムが天才だったとしても半年くらいはかかる。


 研究を手伝うため、すぐにでもフィールドワークをしたいと思っているアユムには申し訳ないが、マリーは彼をじっくり時間をかけて鍛えるつもりだった。もちろんその思惑は彼に話していない。彼女の忠告を無視して出奔されても困る。理由はそれだけではない。マリーにも、マリーのやることがあるのだ。


 アユムには話していないが、ここ数日何者かにつけられている気配がする。杞憂であればいいのだが、用心するに越したことはない。記憶喪失のアユムの出自も謎だが、それだけでなく、カーバンクルの存在もある。近年の学説では絶滅してしまったとされるルビー:カーバンクルの幼体……貴重極まるレムレスの存在を知った誰かが奪いに来ても不思議ではない。カーバンクルの主であるアユムはといえば、平和主義……というか、そういった危機を全く想定していないように見受けられる。天然なのかバカなのかわからないが、強盗をするような(やから)にとっては格好のカモである。実力が伴っていない今の彼を野放しに放置するのは危険なのである。


 そんなことを今の彼に話したとて、素直に聞き入れるとは思えないし……。

 数日一緒に過ごしていてわかってきたが、アユムは実は頑固で負けず嫌いなのだ。


 ライセンス試験の時もそうだった。レムレスに関する知識を記憶と共にほとんど喪失してしまった彼にとっては、スクール初等部レベルの問題でも非常に難しい。前提となるべき常識や知識が欠落しているのだから当たり前なのだが、簡単なテストでもほとんど0点に近い点数だった。それが余程悔しかったらしく、毎日夜遅くまで机にかじりついて勉強に励んでいた。彼女が眠る前も、アユムの部屋から鉛筆を動かす音が聞こえてきた。

 決めた目標に向けて努力を続ける。言うは易く行うは難し。継続するのは簡単なことではないが、少なくともこの数週間、彼が手を抜いているのは一度も見たことがない。人間なら誰だって、飽きが来たり、疲労から自堕落になってしまう瞬間があるはずだが、アユムの集中力はマリーが見ている間途切れることはなかった。見上げた集中力である。

 そんな彼だからこそ、生来人間関係を億劫に思うタイプのマリーも特訓をつけてやる気になったのだ。最初はそんなに熱心に指導する気もなかったのだが、いつの間にかすっかりアユムの師匠が板についてしまっている自分がいる。しかも、そんなに悪い気はしない。


 なんなら、いつか世界樹の(ふもと)にだって――さすがに気が早いか。

 成長した弟子の姿を想像して、マリーは独り小さく笑うのだった。

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