第十三話 不審な推薦状
試験場をぐるりと囲む観客席でアユムの試合を見守っていたマリーは弟子の試験結果にフッと自嘲する。念動力で相手を幻覚にかけ、あたかもそこに存在しているかのように錯覚させる術技、影分身……。マリーが教えたものの、練習では一度も上手くいかなかった術技だ。ついこの間契約したばかりのレベルが低いイトミクが使いこなすには酷だし、最初から無理だと思っていたが……まさか、この土壇場で成功させるとは……。攻撃をまともに食らったようにみせかける演技も、相手を油断させるための作戦。弟子の勝負強さは思った以上かもしれない。
「お、アユムのやつ。あっさり合格しちゃったぞ。なぁマリーあいつって意外と」
「しっ。それ以上口を開いたらぶち殺すわよ」
若干の覇気を込めた眼差しで一瞥すると、ルビー:カーバンクルはしゅんとして静かになった。
無事試験を終えたアユムはユニオンの施設内にあるライセンス発行の窓口に並んでいた。
試験を合格すると、その場で合格証をもらって、窓口でライセンスカードを発行してもらう手順になっている。カードの発行には魔力の登録やらなにやら、アユムにはわからなかったが事務的な面倒な手順が存在するらしい。それを知ってか、マリーはルビー:カーバンクルと一緒にユニオンの外で暇をつぶしている。
そうこうしているうちに、アユムの番がやって来た。ギルド中央のメインカウンターではアユムよりちょっと年上くらいの少女が受付をしていた。
「ライセンスカードの発行ですね。合格証と推薦状をお願いします」
言われて、先ほど受け取った合格証を見せるアユム。
「あの……推薦状も合わせてお願いします」
「あっ、そうだった! ごめんなさい!」
ライセンスカードの発行には試験の合格証とあわせて、推薦状が必要になる。合格証はあくまでレムレスに関して最低限の実力を示すもの。それ以外の基礎的な人間力の部分を保証するのが推薦状である。これには無法者のライセンス取得を防止する意味合いもある。通常は家族やそれに類する者が推薦してくれるケースが大半で、アユムのようなケースは稀なのだ。推薦状がなければ、誰からも推薦されない危険人物と見做されてしまうのである。ちなみにアユムの推薦状は自称スゴいハカセであるマリーが書いてくれた。これでアユムの悪事の始末はマリーも責任を負うことになるわけだが、彼はそんなこと露ほども知らない。
アユムが提出した推薦状を読むと、受付嬢は目丸くしてアユムを見つめ、もう一度推薦状を確認して、再びアユムを見た。見るからに慌てている受付嬢の様子に、アユムは内心焦る。
一体、マリーは推薦状に何を書いたんだろう……?
「あのぅ……何か問題ありましたか?」
「いやいや!? 問題あるとかじゃないんですが……その……コレ本物ですか!?」
「え!? 本物ですって! さっき書いてもらったばっかですよ?」
「さ、ささ……さっき!? そんな……!?」
「なんなら本人連れて来ましょうか? その辺で暇潰してると思うので」
「え、ええっ!? いやぁ~……そんなはずないですよ。……え、冗談ですよね?」
試験勉強で忙しかったアユムは、推薦状をまじまじと見ている時間はなかった。マリーから受け取ったまんま渡したのだが、こんなに不審がられるなんて相当だ。マリーは一体何を書いたのやら。
その時、アユムはユニオンに来る前のマリーとの会話を思い出す。彼女はユニオンでの試験を受ける前日、推薦状を渡したときにこんなことを言っていた。
「う~ん……もしかしたら、だけど。受付で不審に思われたら、この手紙を渡しておいて。あ、開封すると無効になっちゃうから気を付けてね」
あの時はなんのことかわからなかったが、もらった手紙を渡すのはまさに今なんじゃないか?
「あの、そういえばこれも一緒に渡してって言われてました」
「なんですか? 厳封してありますけど……?」
受付嬢はアユムに疑惑の目線を向けながらも、手紙の封を破り、内容を確認する。
途端に、彼女の目つきが変わった。どっと冷や汗が吹き出し、見るも真っ青な顔をしている。封書をそっと奥へしまうと、張り付いたぎこちない笑顔でアユムに語りかける。
「……わかりました。こちらの推薦状を受理させていただきます。ライセンスカードの発行まで少し時間がかかりますので、ここで少々お待ちください」
死人のような目をした受付嬢はそうつぶやくと、書類の束を持って受付カウンターの奥へ引っ込んでいってしまった。
なんだかよくわからないが、とにかくカード発行の手続きは無事に進みそうである。