異世界派遣人材の選考基準
SSといえば星新一だろう!と思ってそれっぽいものを目指した作品。
結果的に星新一先生の偉大さを再認識しました。
男は人材派遣会社で働いていた。といっても派遣される側ではなく、派遣する側の立場としてだ。
その業務内容は、世に数多ある派遣会社とは少々異なる。工事現場や生産現場に、一定期間労働させるだけの人材を派遣するのではない。
派遣期間は一生、つまり死ぬまで戻ってくることはできない。
そして派遣先はこことは違う世界――つまり異世界だ。
異世界との行き来が可能になって十年。それ以来、両世界の厳格な管理のもと、人材派遣制度が開始された。つまり男が働くこの派遣会社は、半民半官の極めて真っ当な事業主なのだ。
派遣人材は募集により集めている。一生戻ってくることができない片道切符にもかかわらず非常に多くの応募があり、その倍率は数百倍という狭き門だ。
選考過程は書類選考から集団面接、個人面接と幾重にもふるいが掛けられ、最終面接を経て、実際に派遣される人材が決定する。
その最終面接の面接官。それが男の役職だった。
「どうぞお入りください」
男が扉の外に向かって声を出すと、一人の青年が面接室に入ってきた。下は色の濃いジーンズ、上はしわの目立つTシャツ姿。エントリーシートでは二十三歳ということだが、それよりもずっと幼く見える。
青年は自分の名前を言うと、そのまま着席した。きょろきょろと目線が忙しなく動いている。
ここまでの面接で、すでに必要な情報は質問済みだ。最終面接まで選考をパスしている時点で、この青年は派遣人材としての素養を満たしているはずだ。
よって男は、その最終確認として、質問を投げ掛けた。
「貴方が異世界への派遣を志望される理由を教えてください」
「……あの、面接官さんって、この仕事何年やってるんすか?」
「十年目になります」
「つまんなくないすか?」
青年は伏し目がちに、両手を振るうように動かしながら言った。
「俺、退屈が嫌いなんすよ。だから大学も途中で辞めたくらいで。このままつまんねぇ世界にいてもアレなんで、異世界にでも行ってみようかなって」
青年の答えは、これまでの面接でされたものと変わりない。そのことを男は内心で確認する。
「わかりました。それでは異世界に派遣されて貴方は、どのような貢献を果たされますか?」
「貢献って言われても、正直困るんすよね……。まあとりあえず、なんかすげえチート能力を手に入れて、可愛い女の子に囲まれればいいかなって。あれこれ、貢献になります?」
「ええ、結構です。それでは次の質問ですが――」
それからいくつかの質問をし、面接は終了した。合否については追って連絡することを伝えると、青年は退出していった。
面接室にひとり残された男は、手元のタブレットに表示された資料――さきほどの青年の項目に「×」のチェックを入れた。
二人目の面接時間を迎えた。男は扉に向かって入室を促す声を掛ける。
「失礼いたします」
お辞儀をして面接室に入ってきたのは四十代の壮年男性だった。上下を黒のスーツで統一し、意思の強さが窺える眼差しは男を真正面から見据えている。
壮年は自分の名前を言うと、椅子の脇で直立した。男が促し、ようやく着席する。
「貴方が異世界への派遣を志望される理由を教えてください」
「はい。私はこれまで主に海外の紛争地などで、医師として救命活動、疾病予防の普及活動に尽力してまいりました。しかし世界統一政府が樹立し、かつてに比べてこの世界から紛争や疾病に苦しむ人々は減りました」
「そうですね」
「ですが政府の話では、異世界はそうではない、と聞きます。剣や魔法が存在し、科学技術もこの世界に比べて未発達で、人同士の争いが存在する世界だと。そのような世界なら、私の医療技術や薬学知識を活かせるのではないかと思い、派遣を志望いたしました」
壮年の回答は、次の質問「異世界における貢献」にも重なる部分があったので、男は別の質問を投げ掛けた。
「ご存知のことかとは思いますが、一度派遣されれば、基本的には二度と戻ってはこれません。そのことについて、不安はありませんか? また周囲の方のご理解などは得られていますか?」
「不安がないかと言えば、嘘になります。しかしそれ以上に、新たな世界で自分の力を活かせられる喜びのほうがはるかに大きいです。幸い、私には家族がいません。両親はすでに他界していますし、結婚とも無縁の仕事人間ですので。友人や同僚からは、最大限の応援をもらっています」
「なるほど。それでは次の質問ですが――」
いくつかの質問を重ね、面接は終了した。合否連絡について説明し、壮年を退出させる。
男はタブレット上の壮年の項目に「〇」のチェックを入れた。
今日の面接はこの二名で終了だ。男は面接室を後にし、事務所まで戻った。デスクに座ると、男の上役が肩をぽんと叩いてきた。
「お疲れ。たしか今日は最終面接だったか。どうだった?」
「前の選考セクションにおいて、おそらくミスがあったと思われます」
「なんだと? どういうことだ」
上役は眉根を寄せ、顔を近づけてきた。男は声をひそめ、説明する。
「明らかに最終面接に相応しくない、異世界派遣者としての素養を満たさない人材がいたのです」
「どいつだ」
男はタブレットを上役に見せる。面接時に撮影された録画データがそこに映し出される。
「……なるほど。こいつはとんでもない、明らかなミスだ。まったく始末書もんだぞ。担当者には俺から言っておこう」
「ありがとうございます」
立ち去っていく上役の背に、男は頭を下げた。おそらくミスをした担当者は、これから手酷い叱責を受けることだろう。
しかし、それも仕方ない。今回は男が気付けたので事なきを得たが、もしも素養を満たさない人材を派遣すれば、とんでもない損失だ。
男はデスク上の端末を立ち上げ、早速、合格通知書を作成し始めた。
合格者の宛名欄に書き記されたのは、最初に面接をした青年の名前。
まさしくあの青年は、異世界派遣者としての素養を完全に満たした人材といえた。
思慮浅く、忍耐力も謙虚さも、向上心の欠片すら持ち合わせていない人材。たとえ異世界に派遣してしまっても、この世界にとって些かの損失にもなり得ない人材。それこそが、異世界派遣者に求められる素養だ。
それに対してあの壮年は、派遣者としてはまったくの失格だ。あれほどの人物を異世界に流出させてしまっては、この世界の大きな損失に他ならない。この世界にはまだまだ、壮年の能力を活かしてもらう必要がある。
この世界にとって不要な人物を×、必要な人物を〇、男にとっての選考基準はすべてそこに基づいている。だから男は面接において、判断に迷うことなど一切なかった。
だが選考する最中、男の胸中にはある思いが常に渦巻いていた。
――偉そうに人を見定めている自分は、はたして×なのか、〇なのか。
そう思わずにはいられないのだった。
終わり