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「ほら、日色、あーん」


「あーん」


「どう?」


「ああ、美味しい。いつもありがとうな」


「それは言わない約束よ」


「いや、これはむしろ言った方が良いだろ」


「うん、言ってくれた方がいい。じゃあ次はこっち」


「あーん、うん、美味い。じゃあ次はかりんの番な」


「うん、あーん……なんか、恥ずかしいわね」


「そんなことを言うなよ、俺の方が恥ずかしくなるぞ」



『それを見せられる俺たちの方がもっと恥ずかしいわ!』


 と、クラスメイトの心が一致するくらいには、彼らの世界は悪化していた。かりんと日色は、付き合いはじめてから三日で、真っ昼間の昼休み、衆人環視の教室で同じ内容の弁当を、交換してすべて食べさせ合うほどの仲になっていた。

 この速度で仲が進行してしまえば、砂糖のメルトダウンが起こるのではないかと、予言のように言いだすクラスメイトすらいた。


 だからであったのだろうか、




「有島日色、吾妻かりん。二人共、なんで呼ばれたかわかるか?」




 そう生徒指導室で口を開いたのは、担任の長瀬美幸だった。

 放課後、二人は呼び出されていた。


 黒髪を後ろ頭で結び、その凛とした美貌と合わせればまるで女武士のよう。その髪形をポニーテールと呼ぶのはたいそう憚られ、タイトとなスーツをパツパツと胸も尻も押し上げる、絵に描いたような美貌の女教師だった。

 日色とかりんは横並びの椅子に座らされ、机を挟んで彼女がいた。


「日色、どこ見てるの」


「いや、誹謗中傷は止めてくれないか?」


「そんなに見たいんだったら私がいるでしょ? そ、それに……」


「ちょっ、おい……当たって……」


「当ててんのよ、って、言わせたいの?」



「ゴホンッ!」


 咳払いに二人してビクリと肩を跳ね上げる日色とかりんである。


「お前らの呼ばれた理由はそれだからな?」


「「それ?」」


「お前ら、声を重ねた上に、同じ角度同じスピード同じタイミングで首を傾げるんじゃない。仲が良いにも限度があるだろう」


「「いや、仲が良いなんて」」


「だからそれな」


 首を傾げたままの二人には、美幸はウンザリしたように睨みつける。



「二人は付き合いはじめたそうだな」


「えっ」


「はい、大事にします」


「日色……」


「だからすぐにイチャつくのは止めろと言っている」


「言いましたっけ?」


「それくらいわかれ」


「は、はい……」


 圧を強めた彼女には、日色もグッと息を詰まらせてしまう。



「それで」


 と美幸はその圧で、


「避妊はしっかりな」


「まだそこまでいってません!」


 ガタンッ! とかりんは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がり、日色が咄嗟に支えていた。


「お前らはまた……」


 ツッコもうとしたした美幸はすぐに諦めたようになる。



「わかった。でもまだと言うならば時間の問題と言うことだな」


「「……………………」」


「お前らの気持ちは良くわかった」


「「何も言ってません!」」


「何も言ってないからだ馬鹿者」


 美幸は、「ふぅ」と心底からの息を吐いて、



「お互いそこまでイチャついているのにまだそこまではいっていない。まあ、信じよう。時間の問題だとして」


「「だから……っ」」


 と言いかけた二人を美幸は手で制した。


「だがな」


 と。



「まだ付き合って三日で手を繋いで登校する、一緒に夕飯の買い物をする、弁当の全部を食べさせ合うのは流石にやり過ぎじゃないのか?」


「「夕飯の買い物は元からです」」


「そうだな、お前たちはそんな間柄だった」


 先生はもう突っ込むことに疲れた様子だ。


「まあ、やるなとは言わない。だが、もう少し自重してもらいたい。それか、人の眼のないところでしてくれ」


「いや、でも、今言ったものは他にしてるカップルもいるんじゃ……」


「確かにな。だが、お前らのは空気感がおかしいんだ。それにあーんはしても弁当全部は流石におかしいだろう」


 そう指摘されればようやく二人の顔が赤らんだ。そこで美幸は少しだけ安堵……、



「そうだな、それはやり過ぎだったかも知れないです。でも、」


 と、


「あーんしはじめたらもうかりんの顔しか見えなくなって、それで、この時間がずっと続けばいいと思って、ようやく我に返るが弁当の中身がなくなった時と言うか……」


 日色がかりんの方を向けば、かりんも日色の方を向いていた。

 二人の言葉が余韻を持って重なりだす。先生が止める暇もない。


「私も、一緒。日色に食べさせて、食べさせられてるうちにもう日色のことしか見えなくなって……ずっとこの時間が続けばいいって思ってたら、いつの間にか時間が過ぎてて……昨日だって……」


 彼女の顔は桃色に上気していた。まさしく、“女”の、顔。



「ッ、昨日のことを言うじゃない、馬鹿」


「馬鹿とは何よ、日色だって同じだったんじゃないの?」


「そ、そりゃあ、そうだけど……」


「日色、顔、真っ赤……」


「かりんだって……」


「「……………………」」



「なあ、私は何を見せられているんだ?」


「「!」」


「同じ顔でビックリするんじゃない!」


 はぁ、と、先生はゲンナリした顔で頭を振った。

 本当に、私は何を見せられているのかと。そして打つ手なしだと言うことが分かった。



「お前ら、制御できなかったら、もう学校での接触は禁止にするぞ」


「「そんな、横暴です!」」


「横暴だとは分かっている」美幸の眼光は真っ直ぐに二人へと向けられていた。「だが、TPOをわきまえないお前たちにも非があると思う。学校は学びの場だ。TPOをわきまえる勉強をしろ。これは警告だ、程度をわきまえないと、そう言わざるを得ないと」


 そうして彼女は溜息を吐いた。

 先生はこの間に何回幸せを逃したのだろう。



「なんだか、お前らの空気で、うちのクラスが変なんだ。こう、あまりにも男女がお互いを意識しはじめているというか……仲が良いのは良いんだが、この空気が悪い方へ行かないかと、そう考える頭の悪……堅い教員もいると言うわけだ。お前たちを見ていれば、お前たちの空気にあてられてそうなったやつは、よっぽどおかしなことはしないとわかるだろうに。お前たちを見ずに、体面だけ見る馬鹿がいるというわけだ……はぁ」


「「先生……」」


「だからハモるなと……いや、もういい」彼女はもう一度溜息を吐き、「だから、そういうやつがイチャモンをつけてくる前に、自重を覚えろということだ。わかったか?」


 担任教師の自分たちを心配した言葉に、


「「わかりました、気を付けます」」


「……………………」


 こんな時、先生もどんな顔をすれば良いのかはわからなかった。




   ◇




 言われた日色とかりんは話し合った。

 ひとまず学校でのあーんは止めることにした。


 が、下校中の手を繋いでの夕飯の買い出しは続けることにした。

 学校外だから良いとは思ったのだ。

 だがそこで、



「お前たち、青海学園の生徒だな。勉強もせずにふらふらと。不順異性交遊は校則違反だ」



 見たことがあるようなないような、きっとそう声を掛けてくるならば青海学園の教師なのだろう。ただ、夕飯の買い出しをして仲良く手を繋いで帰っているだけだというのにその発言。教師以前の問題のように思えなくもない。

 その男はジロジロと二人を見、


「確か、お前らは噂になってる有島と吾妻だな。フンッ、学校を出たら校則違反してもいいと思っているとは、まったく最近の学生は……」


 むしろ最近の教師は、と返したくなるような言い分だ。

 かりんはムッとし、


「見ただけで決めつけるなんて、それでも教師ですか?」



「教師だからわかるんだよ。長年やってるとな、お前らみたいなのを見るとピーンとくるんだ。そうやって噛みつく奴ほどやましいことがあるってな。学生の本分は勉強だろうが。ふらふらと遊ばずにさっさと帰れ。それに、まさかお前ら、夕飯を一緒に食べるとかじゃないだろうな。どうせそのあとヤるんだろ。ちっ、品性の欠片もない」


 その台詞はすべて自分に帰って来そうなものだったが、それが分からないからこそ彼は言うのだろう。

 カチンときたかりんが口を開こうとすれば、


「そうですね、帰ります。帰ってかりんとイチャイチャした方がよっぽど有意義なので」


「なんだとお前、だから不順異性交遊は駄目だと言っているだろうが」


 臭そうな口で教師が言い張る。

 すると、日色はかりんをぐっと抱き寄せた。


「きゃっ」



「俺たちは不純な気持ちで付き合ってはいません。真剣に、本気で付き合っています。それも勉強ではないんですか?」


「日色……」


 かりんはすでにとろんとした眼になっていた。



「お前ら、俺にそんな口をきいてただで済むと思ってるのか?」


「ただで済まないなら何をするんですか? 停学ですか? 好きな人と一緒に手を繋いで歩いていただけで? 夕飯は家が隣でかりんは一人暮らしだからです」


「やりたい放題だな」


「それはあんたがやりたいだけじゃないのか?」


「なんだと?」


 男の眼に剣呑な光が宿り出す。

 それを日色は真っ直ぐに見返し、



「それを不純だと言うのなら、どうしたら不純じゃなくなるんですか? あれですか? 俺とかりんが結婚して、夫婦として一緒に暮らして一緒に夕飯を食べれば不純じゃなくなるんですか? それなら親の許可も取りますし婚姻届も出してきます」


 日色に抱きかかえられたかりんの咽喉がひゅっと鳴った。


「えっと、……ほん、き……?」


 期待を籠めた瞳で日色を見上げていた。


「ああ、もちろん、かりんを離さないって言ったからには、結婚するし、一生一緒だ。俺はかりんを離さない」


「ひゃああああ……」


 真っ赤になるかりんは嬉しそうな顔をしていた。

 その三人の様子を、ギャラリーが動画で撮影していた。



「なっ、お前ら! 何を撮っている! 肖像権の侵害で訴えるぞ!」


「先に訴えられるのはどちらでしょうね」


 そう言ったのは警官の制服を着ていた。


「なっ」


 と男は口を開ける。


「たとえ教師と生徒でも、恐喝は犯罪ですよ」


「きょ、恐喝ではなく指導だ」


 男はあくまでも言い張る。


「そうですか、ですがこれを見る限り、恐喝としか思えないような……」


 そう言って警官が見せたのは、今現在ライブで流されている動画であった。



「これを見る限り、非があるのはどちらか明らかかと思いますが。しかも、生徒の方は理論立てて言っているのに、あなたの方は言いがかりです。このまま署までご同行していただくことも……」


「なぁッ!」


 そう言ったと途端男は眼に見えてうろたえだす。


「ちっ、今のところは見逃してやる。だから態度を改めるんだな。まったく、今どきの警官は……」


 そう言って唾を吐いて去って行った。



「いえ、今どきの教師がととても言いたいのですが……」


 呆れる警官に、その場の誰もが同意していた。

 日色とかりんはその後礼を言ってその場を後にした。


 そして、




「お兄ちゃんとお義姉ちゃんがバズってるー!」


 家に帰った途端にめぐみがそう言ってきた。


「日色、かりんちゃんを幸せにしないと駄目よ。今、吾妻さん夫妻にも連絡して、結婚の許可はもらったから」


「お義母さん⁉」


「良かったわ、お義母さんと呼んでもらえて」


 日色たちが突如として全国区でバカップルと認められた瞬間であった。

 ちなみにその動画は青海学園にも知られることとなり、あの男とは結局学校で会う機会は永遠に失われることとなるのであった。




   ◇




 次の日、学校で。


「おめでとう」


「おめでとう」


 二人を囲んで拍手をするのは止めて差し上げろ。



「もう私には何も言えない。幸せにな」


 もう担任教師も誰も、彼らに口出しは出来なくなっていたのであった。




   ◇




 そうして二人は、成長し、当然の如くに結婚した。

 そして、素直になったまま、


「ねぇ、パパとママ、見てるこっちが恥ずかしくなるから止めてくれない⁉」


「それは出来ない相談だ。俺は絶対にかりんを離したくないからな」


「私も、日色を離したくないから……」


「誰か、助けてください!」


 ますます被害者の会を大きくするのである。



 素直になったらヒロインはチョロかった

 改め、素直になったら誰もがチョロかった

                         ~完~

ここで完結となります、お読みいただきありがとうございました!

なんというか、長めの短編と思っていただければ幸いです。

お楽しみいただけたのであれば幸いです。他の作品でもあいませう、ではでは~。


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