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「なあ、日色、お前は俺たちを糖死させる気なのか?」


「いや、お前は何を言っているんだ?」


 と日色は言ったが、むしろ周りのクラスメイトは彼の言葉にこそうんうんと頷いていた。

 青海学園高等部二年A組の教室である。


 今朝、日色が眼を覚ませばそこにはかりんが居た。


 彼女はぽやんとして恍惚とした顔をしており、何度か名前を呼んでからようやく気が付いてくれた。



『あっ、あああ、日色!』


『ああ、おはよう、かりん』


『うん、おはよう……』


『今日はどうしたんだ? いつもなら起こしてくれるだろ?』


『えっ、うっ、うん……ちょっと……日色の顔を見てたら時間を忘れてて……』


『えっ?』


『ななな、なんでもない』


 恥ずかしそうにこちらを見て来る彼女は、



『どうしてお前はますます可愛くなってんだよ』


『何言ってんの⁉』


 とは言ったものの、



『………………ありがと。日色も、格好良いよ』


『………………ありがと』


『『……………………』』


 その甘ったるい空気は、痺れを切らしためぐみが部屋に突入して来るまで続いていた。

 もちろん行きは手を繋いで登校し、昨日よりもむず痒い感覚で、二人して頬を染めて黙って歩いていた。

 昇降口で靴を履き替え、再び手を握ってから教室に訪れるまで――否、訪れてもそのような様子だった。

 むろん、ぎこちない様子ではなく――いいや、ぎこちなくはあったのだったが、そうと言うよりは、お互いにお互いが好き過ぎて何も言えなくなっているような、それでいて教室に着いたのに繋いだ手を離したくなくて、どうしようと名残惜しがっているようで。


 ようやく手を放して席に着いてもお互いを見つめ合い、



『お前らいい加減にしろ!』


 と、クラスの堪忍袋が切れたと言うワケであった。



「お前と吾妻さんがくっついたのは良い。むしろようやくくっついたのか、そのまま入籍しちまえ、と思うくらいには皆許容している」


 それは許容ではなく市役所に向かって蹴り出そうとしている。婚姻届を持たせて。


「だけどなぁ、そうも甘ったるくてむず痒い空気を出されたらこっちが持たないんだよ!」


 ウンウンと頷くクラスメイト達。



「平川なんて発狂してるぞ!」


「痒い、痒いいいッ! 砂糖が、痒い、憎いぃいッ!」


「くっ、可哀そうに……」


「いや、あれは演技じゃ……」


「皆同意してるのに演技だと言うのかッ⁉」


 周りのクラスメイトはうんうんと頷いていた。

 その向こうでかりんが顔を真っ赤にさせてぷるぷるとしていた。


 やっぱり可愛いなぁ、と思う。


 そしてそれを口に出していた。



「ぐはぁあああッ!」


「吉野が砂糖を噴いたぞ、メディーック!」


「楽しそうだなお前ら」


「誰の所為だとッ!」


 そして彼は、ギリっと歯を噛み締めるのである。



「日色、お前がそんな態度ならなぁ……」


「そんな態度なら?」


「………………」


 彼は、バッと頭を下げて、



「彼女の作り方を教えてください! それからイチャイチャラブラブする方法を教えてください!」


『お願いします!』


「――――は?」


 日色がポカンとしている一方で、かりんも、


『彼氏の作り方を教えてください! 後、イチャイチャラブラブする方法も教えてください!』


 あちらでも女子から同じようなことを言われていた。



「「はぁあああああッ⁉」」


 離れていても日色とかりんの悲鳴は重なった。

 それにまたクラスメイト達は歓声をあげるのである。




   ◇




「なぁ、なんでこうなった?」


「知らないわよ、日色の所為じゃないの?」


「俺の所為か?」


「そうよ、日色が素直になんてなるから」


「だけどかりんを捕まえておきたかったから。それとも、素直じゃなくって、気持ちを伝えられないままの方が良かったか?」


「………………それはやだ。日色と付き合いたかった」


「かりん、顔真っ赤」


「ッ、誰の所為だと。あんただって赤いクセに!」


「悪いかよ……ま、俺の所為だな、責任は取る、と言うか取らせてくれ」


「またそんなこと言ってぇ、ホント馬鹿ぁ!」


「でもかりんだって」


「何よ」


「素直になってないか? 今日の俺たちの空気はその所為だし」


「……ひ、人の所為にするの……?」


「そんなつもりじゃねぇよ。ただ、素直になったかりんは更に可愛くて、話しかけられないくらいにドキドキするってだけだ」


「ひぅう……日色も顔赤いくせにそんなこと言ってぇ……」


 と、日色とかりんがヤり合っているのは、やはり昼休みの教室であった。そして周りにはクラスメイト達が、眼を凝らして耳を澄ませていた。



『あいつら、見られてるし聞こえてるってのによくやるよ』


『でも、それが秘訣なんだろうな……素直になる、だっけ? 見ろよ吾妻さん、真っ直ぐな言葉にタジタジじゃねぇか』


『そうよね、恋の駆け引きを楽しむってのは良いけれど、好きになったらそんな大人になれないもの。素直に、想いを伝えるのが大事……余計なことをして拗らせるよりは……』


『ほほう、お嬢さんにはそんな経験が? おっちゃんにちょっと聞かせてみーへん?』


『それを言うならおばちゃんじゃないの?』


『自分のことをおばちゃんなんて、フリでも出来るわけないでしょうが。こちとら華の女子高生なのよ!』


 ――いたたまれない。


 が、自分の蒔いた種ならば仕方のないことなのかも知れない。

 ひそひそと聞こえてきた声には、二人して肩を縮こまらせてしまう。


 これはいったいなんという拷問か。



「ってか、俺たちだって昨日付き合いはじめたばかりなのに」


「そっ、そうよね、経験値はゼロよね」


「ああ、……まあ、物心つく前から一緒にいたわけだけど……」


「……そう、よね……昔は一緒に寝たり、お風呂に入ったりもしてたし……」


「「………………」」



「今そういうこと言うの止めてくれる?」


「なっ、何よ! 日色だって今言われて思い出してたでしょうが。この変態!」


「かりん、お前、ブーメランって言葉知ってるか?」


「知ってるわよそのくらい。日色の馬鹿ぁ!」



『なぁ、あいつら少しの会話でもイチャイチャせずにはいられないって呪いでもかかってるのか?』


『呪いか、病気か……』


『お客様の中に恋の処方箋をお持ちの方はいらっしゃいませんか⁉』


『そんなのあったら私が欲しいわよ!』


「「……………………」」


 ――どうしてこうなった!


 心の中でハモるも、それに応えてくれるものは誰もない。


 二人は静かに弁当を……、



「はぁ……やっぱりかりんの生姜焼きは落ち着くな……」


「やっぱり分かるのね」


「ああ、今日は卵焼きは作ってない、かりんが作ったのはこっちの生姜焼きだ。なんかもうおふくろの味的な感じになってる」


「……そ、そう……おふくろ……お母さん……」


「かりん、そこで赤くなるのはやめろ。今はまだはやい」


「……ウン、今は……」


「だから止めろって……」


「「……………………」」



「コファああああッ!」


「吉野がまた砂糖をぉッ! あいつら、よくも吉野を……俺が、仇を……取れないな」


「ガクッ」


「吉野ぉおおッ!」


 もはや打つ手はないのであった。




 放課後の帰り道、日色とかりんは相変らず手を繋いで歩いてゆく。


「なんか、付き合ってまだ二日目なのに、周りが酷いことになっていってるな」


「うん……でも、私たちの所為って言っていいのかな……」


「「……………………」」



 あの後もクラスの様子は変わらなかった。

 二人の甘ったるい空気に当てられ、そして、チラホラと、気になる女子、男子に声を掛ける者たちが出始め……二年A組が更なる混沌に呑まれるのも時間の問題であるのかも知れない。


「「………………はぁ」」


 と溜息を吐き、それまた見事にハモっていた。



「あー、またあの二人仲良しだー」


「こら」


「大丈夫だよ、今度は指さしてないよ。パパとママがキスしてても指さしてなかったじゃん。むぐぅッ、むーっ、むーっ」


「「…………………」」


 二次被害を受けた母親は目元を赤らめてぺこりを頭を下げ、娘を抱いて去って行く。ただ、この場合は三次被害と言うべきなのだろうか。



「キス……」


「ッ、おい、かりん……」


「なっ、何よ……」


 ギロッとかりんは日色を睨みつける。

 だが、その単語を言われてこちらを振り向かれれば、その一部分に眼を奪われるのは必然であって……、

 ぷるんとして、見るからに柔らかそうなかりんの桃色の一部分。


 日色は思わず、



「ごくり」



「ちょっ!」


 かりんは慌てて自分の唇を押さえていた。


「……だ、駄目、ここでは……」


「えっ⁉」


 と日色が眼を見開いたのも無理はない。


「………………」


「………………」


 沈黙が満ち、赤くなった顔のままでお互いに俯き合う。



「か、帰ろう、か」


 先に唇を開いたのはかりんの方だった。


「お、おう……」


 赤く、俯いたまま、二人は家路をゆくことにするのであった。

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