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誤字報告ありがとうございます!
「うぅううう……もう学校行けない……どうして、どうして私は……」
「それを言うなら俺もだぞ。まさか思わず我を忘れるだなんて……」
「誰の所為だと思ってるのよ!」
「かりんが可愛すぎる所為だろ⁉ 好きが溢れて止まらなくなったんだから!」
「ッ! ッ‼ ッ~~~~~~~~!!!」
放課後の帰り道、日色とかりんは仲良く手を繋ぎ、仲良くイチャついていた。
「ママー、あのお兄ちゃんとお姉ちゃん仲良いよー、ああいうのをバカップルって言うんだよねー」
「こら、指さしちゃいけません」
「わかったー、じゃあパパとママのことがああしてるときも、指ささないようにするー」
「………………」
二次被害であった。
昼休みの告白劇の後、二人は逃げ出したくなる気持ちを押さえて午後の授業を受けた。
『お幸せに』
『お幸せに』
『爆発しろ』
二人を囲んで拍手をするのは本当に止めて差し上げろ。そして、逃げ出すようにして放課後、二人で手を繋ぎ、指まで絡めて家路を行くのだった。
「あっ、そうだ、母さんから買ってきて欲しいものがあるって。このままスーパー寄ってくぞ」
「ああ、さっきグループメッセージに届いていたわね。今夜はカレーなのね。あっ、今日は日色の面倒を見なくちゃいけないから、手伝えないって言っておかないと」
「俺の面倒は見なくていいぞ。嬉しいけど」
「嬉しいなら大人しく面倒を見られなさい」
二人が言っているのは今日の宿題の話であった。
そして残念ながらここには、それはすでに嫁の扱いだとツッコめるものは誰もいないのだ。そうして、スーパーでもコーヒーの売り上げに貢献しつつ、二人は帰宅し、かりんは自然に日色の部屋を訪れるのである。
これまで何度も訪れているとは言え、彼氏彼女の関係になったばかりの彼氏の部屋に。……
◇
チクタクと、時計の音がやけに大きい。
「………………」
「………………」
日色の部屋で、いつもならば隣で甲斐甲斐しく口を出すかりんだったが、いつも通りに座って、そこで肩が触れ合ったところでハタと気が付いた。
――そうよね、私ったら日色と付き合ったのよね。付き合って、その、彼氏と一緒に彼氏の部屋……。
そう思ったらもう駄目だった。
顔が火照り、だからと言って今更出て行くことも出来ず、恐らく――ではなく、今の日色ならば間違いなくかりんを捕まえて逃がさないだろう。この状況で。すでにライフは削られていると言うのに、これ以上されたら失神してしまう。
そうすれば彼は必ず自分を看病してくれるだろう。
抱き上げて、彼の寝ているベッドに寝かせられて……、
――それも良いかも知れない……。
「かりん、ここがわからないんだけど……かりん?」
「ひゃッ!」
気が付けば彼の顔が近かった。それこそ、キスしてしまえそうなほどに。
「ちっ、近いからぁッ!」
「近いって、いつもこれくらい……いや、彼氏彼女になれたんだから、もっと近づきたいな」
「自分も照れてるクセにそんなこと言わないでよ! こっちはただでさえ彼氏の部屋に居てドキドキしているって言うのに……あっ」
気が付いたがもはや後の祭り。
「かりん……」
「ッ、止めなさい、駄目、駄目なんだから……」
「かりんも素直になってくれて嬉しい」
「誰の所為だと……あんたも顔赤いくせに」
「そうだ、俺だって恥ずかしい。だけど、俺はかりんを手放したくない。ずっと、こうして……」
「あっ」
肩を抱かれたかりんはピクリと跳ね、だが逃げることなく力を抜こうとして抜け切れない。
――力、強い……。これが、男の子になった日色の力……
かりんは、自分でも知らないうちに日色の肩に頭を乗せていた。
「かりんって、良い匂いがするんだな」
「変態……日色だって、良い匂いするんだから……」
「そっか」
「そうよ」
「「……………………」」
甘ったるい沈黙に時計の音だけが進んでゆく。やがて二人の鼓動の音は重なり、その距離も、ソッと、ゼロに……、
「二人共、お母さんがご飯だ、って……ごめんなさい! お邪魔しました……」
めぐみが部屋のドアを開けていた。だが二人の光景を目にし、そそくさと締めようとし、
「違うッ! 違うからめぐみちゃんッ!」
「大丈夫、大丈夫、お母さんには後二時間ぐらい後でご飯にしようって言っておくから」
「止めて! その意味深な数字!」
わーわーきゃーきゃーと姦しい。
逃げていくめぐみをかりんが追い駆け、その声がここまで届いてくる。まあ、何にせよ、嫁と妹の仲が良いのには問題はない。だけど、
と日色が視線を落とせば、正直な所、あまり宿題は進んでおらず、かりんの肩を抱いて、彼女の頭を肩に乗せられて、その状態でかなりの時間が経っていたらしい。
いつの間にやら時間が飛んでいた。
――昼休みだっていつの間にか二人の世界に入っていたし、これはちょっと気を付けないと駄目だな。素直になるのは止めないけれど。
日色はそう思って、嫁の後を追い駆けることにするのだった。
◇
『もうこっちで暮らせばいいのに。部屋はお兄ちゃんの部屋を使えばいいでしょ』
『避妊はしっかりね。恥ずかしいなら代わりに買ってこようか?』
『そっちの方が恥ずかしいわ!』
『お、おやすみなさーい……』
そうして有島家を後にしたかりんは、今日は自宅で風呂に入っていた。普段は光熱費の節約にもなるからと、朝食、夕食だけではなく風呂まで有島家でいただいていたかりんだ。それが今日は自分の家で風呂に入ると言えば、お義母さんと義妹にニヤニヤとした眼で見送られた。
「ッ、だぁあッ!」
ばしゃりと湯船に顔を着け、そのままぶくぶくと泡を吹く。
浮力の大きな部分が顎に当たっていた。
「本っ当に、日色の馬鹿、日色の馬鹿。なんなのよあいつ、今朝から、まったくもう! ずっと私に起こしてもらいたいだとか、ずっと私にお弁当作ってもらいたいだとか、ありがとうだとか美味しいだとか、それに、……す、すすす、好きって……それで、つつ、付き合って……あぁあああ~~~~~~ッ!」
叫べば浴室には良く響いた。
――私、私、本当に日色と付き合っちゃったんだ。好きって言われて、好きって言って……あんなところで……。
……………………。
一瞬で、顔がスンッとなった。
チベットスナギツネと何が違おう。
「馬鹿日色、馬鹿ッ、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ばぁあぁあーーーかッ!」
吐き捨てる。
だが何度言おうがこの胸のもにゃもにゃは晴れてはくれないのだ。むしろ、
『かりんを離したくない』
『俺は、かりんをすごい大切に想ってる。ずっと、一緒に居たいって思うくらいには』
『好きだ、かりん、俺と、付き合ってくれ』
あのときの真剣な顔には惚れ直した。
いったい自分は後何回彼に惚れさせ直させられることになるのだろうか。
これから、何回も。
ずっと、一緒に。
「うぅううう~~~~~ッ!」
唸るかりんの顔はずっと真っ赤である。
「皆の前でェえ……そんなにも牽制したいの? 私があんたの彼女だってこと、他の男に取られないように、いつまでも一緒にいられるように……」
もにゃ、と顔が緩んでしまう。
キリッとしようともどうしても戻ってはくれないのだ。
「はぁ……」と彼女は息を吐いた。「駄目、今も日色に逢いたくなっちゃってる……。ここまでじゃなかったのに……うぅ、馬鹿ぁ……それに、あいつが素直になったせいで、私もなんかポロッと言っちゃうというか、言わざるを得なくなってると言うか……うぅう、これから私、耐えられるかなぁ……」
お風呂場でぽつりと漏らした本音。
だが、それは周りの人々こそ言いたかった言葉であったかも知れない。
「はぁ……」
ちゃぷりと水音が落ちる。
「日色ぉ、好きぃ……」
それもまた、彼女の素直な心であった。
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