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26 青い昼休み


「朝からいちゃいちゃしやがってなんなんすかマジで。水っぽくベタついてスライムかなにかっすか。序盤の雑魚っすか。青くなるんすか、なんでそんなに青いんすか、空もっすよ。なんで曇ってないで真っ青なんすか、はーほんと。はー、やってらんねっすよ」

「そもそもは、後輩のアドバイスから始まったのでは……?」


 朝に俺らの前から逃げ出した個々奈心は、昼休みの屋上にてようやく捕まった。

 青空に向かって、小さな女の子は愚痴をこぼしている。俺らとたった一つだけ年齢が下とは思えない、ちんまりした体躯で大空に挑んでいた。

 大抵の学生が待ちわびるであろう昼休みに、露骨に悪態をつくなんて――俺には共感しかできない。


 騒がしくも楽しげな空間に独りでぽつねんと佇みたくないからと、昼休みのチャイムが鳴る前に屋上までダッシュで逃げ込んでいたことを思い出す。そして開けたこの空間に来ても、待ち受けている青色が憎くて愚痴を零すのだ。

 不服を言う気力もなくなるとため息になる。

 呼吸さえ億劫になればいよいよ末期で、無言で太陽を睨むしかない。


「私は指示通り、いえ指示以上に完璧にこなしたというのに、どうして指導者が不機嫌になっているのかしら」


 斗乃片は迷いなく、むしろ自らの行為をいつものように誇りながら、後輩に鋭く問いを突き付けた。血の通っていない凍てついた声を直に浴びた少女は、あまりの冷気と鋭さにちょっと震えているし。

 それでも強がろうとするところが、心後輩の可愛らしいところだった。


「ま、まったく、これだから転校生は……美少女銀髪容姿端麗演技完璧転校生はこれだからっすよ……あたしたち凡人の気持ちを揺るがすことまで完璧っすか、やれと言われてほんとにクラス全体を魅了するやつがありますか、もぉ……」

「褒めてくれてるのね、ありがたいわ」

「褒めてないっすよ! 皮肉っすよ! あたしたちの気持ちぜんっぜん分かってないっすねっていうバリバリの当てこすりっすよ! それなのに感謝されたりなんかしたら、ほんとにもぉ、やりづらいすよぉ」


 最初はギリギリ強気と呼べる威勢を維持していたが、良心に負けたのか声は段々と小さく、背はじわじわ丸まって、結果的にはミニマムサイズに。

 さすがに可哀そうだと見えたのか、夏那が間へ入る。面倒見のよさが出た形だ。それはある意味うっとおしく、けれど拒みにくい優しさで厄介なものだ。

 俺はその面倒さと有難みを、この身で知っている。


「わたしは分かるよ、すっごくわかる。斗乃片さん見ちゃうとね、なんとなく空間の隅で体育座りしたくなるよね、ね!」

「や、そこまではちょっと……」

「梯子外された⁉」


 心後輩は断りたいときは断れる子だった。押しに負けてちゃっかり幼馴染の優しさを享受する俺とは違った。ショックだった、自分の弱さに……。

 一方そのころ、助勢に入った夏那はいきなり予想外の拒絶を食らって凹んでいる。


「え、どうして……あたしたちって言ったから、てっきりわたしもその中に入ってると思ったのに……心ちゃんが親近感抱いてるなら、仲良くなれるかもって思ったのに……」

「勝手に誤解が進んでるっすね。あたしがそこに含めたのはヒナ先輩だけっすよ」

「え、どうして……俺がそこに入ってるんだ。俺と心後輩は違うと、ついさっき判明したばかりなのに」

「え、どうして……あたし、勘違いして……」


 勘違いと行き違いが連鎖していた。数秒前の心情と、後輩の認識がありえない速度ですれ違っていたらしい。


「あたしと先輩、同じ穴からずっと抜け出せない仲間じゃないのですか。一生この狭いところで過ごそうねって、あの放課後のいつもの場所で夕暮れの中、無言のまま頷きあって約束したではないのですか」


 記憶になかった。

 あったとしても、言葉なしに頷いたのなら約束できてないのでは? 

 と軽くツッコむことはできなかった。

 唇をきゅっと結んで、でも眉を顰めすぎて心配そうな表情にならないよう、懸命に明るく振舞う少女。彼女に剥き出しの指摘を突き刺せるほど図太ければ、俺はこんなに困っていない。


 自らの性格を再認識し、少し気落ち。

 ここで、四人中三人が落ち込んでいるという地獄が完成した。

 後輩と仲良くなれると勘違いした幼馴染と、先輩と仲間意識を共有しようとして頓挫した後輩と、後輩とのやり取りに困った先輩。死屍累々。


「みんな、なぜそうも気落ちしているのかしら……?」


 生存しているのは人の心に疎い転校生だけだった。

 しかも、ほんのりとした不安まで滲ませている、て……あの斗乃片透華が、不安を⁉

 何事かと凝視した頃には、質の悪い笑みしか映らない。

 やられた。斗乃片の手で踊らされた。誰一人欠くことなく、彼女の表情一つで合図にステップを踏んだ。


「さて、これで全員が嫌な気持ちを忘れられたわね」


 さらりといつものようにイカれたことを述べると、


「なんすかほんと。どういう顔面してるんすか。なんつー表情筋有してるんすか。演劇部に行ったとしても部員の心が全員折られるっすよこんなの」

「あはは、ほんと……とんでもないよね。でも憧れはしないから、なんていうんだろ……夜空を見ている気分かも」


 二人が若干の引きを見せていた。俺は慣れていたから、しばし絶句するだけで済んだ。


「――私が、お月様のようだと? ……そこまでの褒め言葉を貰うことは、さすがに珍しいかしら……」


 二人も言葉をなくした。

 突然生まれた無音の屋上で、首を傾ける転校生の姿だけがあった。

 憎たらしいことに、その立ち姿と所作はレンズで切り取られるべきものだ。絵筆を介して紙に描かれ、いずれ額縁の内で飾られるのがベストまである。ゆくゆくは美術館まで行くかもしれない。

 おそらくこの場にいる誰しもがそう思っているだろうな、と考えを纏めたところで、


「――お昼、食べよ‼」


 夏那がそう吼えた。

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