ご免なさい、僕は普通の人間なんです。山崎の涙
警察で説明を受けた後僕は決断した。
「一刻も早くこのアパートを脱出しなければならない」固く誓った。
仕事が無くともいい、路上で暮らしてもいい、もう御免だ。普通の生活がしたい。
警察の帰りに不動産屋に解約の話に行った。
いくら安くとも、変質者や警察から監視される過激派が居たり自殺者が出たアパートなんかに居れるか、頭がおかしくなりそうだと一気に捲し立てた。
不動産屋の社長は、黙って話を聞いていた。
社長はおもむろに話し出した、
「佐藤さん、実は私、障碍者の支援活動をしてまして、障碍者の就労施設から、山崎さんを預かっているんですよ、そこの路地にパン屋があるでしょ、あそこに山崎さん、勤めているんですよ、」
と時計を見て
「ちょうどいい時間だ、未だいるな、ちょっと付き合ってくれませんか、時間はとらせません、」
社長に押し切られ、路地裏に隠れるようにある小さなパン屋に入った。
三人の店員がいたが、いらっしゃいませの声がない、
やっと奥からいらっしゃいませの声が聞こえた恐らく健常者の管理者なのだろう。
手慣れているのだろう
「いる?」
と一言話すと、店員の一人が、目を拭う仕草をして、後ろのドアを指さした。
社長はドアをチョット開け覗き、手招きし僕に中を覗けと無言で話しかけた。
そっと覗くと山崎が鏡に映った自分の顔をじっと見て、両手で時々耳をさわり、叩いたりして泣いていた。
五十を過ぎた親爺が、自分のおかしな耳の顔を見て、肩を震わせ、さめざめと泣いている。
社長がもういいと思ったのか、僕の手を引き店外に連れ出し、
「毎日、仕事が終わる夕方になると、泣くんだよ」
と言った。幻聴の酷い自分に、そのおかげでこんな顔に、耳に、なってしまった自分のさがに、泣いているのだろう、と社長が言った。
あいつは障碍者なんだ。
あいつが悪いんじゃないんだ。
誰も責められない、包丁を持って凄んでみても、裏ではこの様だ。
「助けてやってくれないか」
と言うと社長は僕を見た。つまり頭を整理して、たとえて言えば電車の優先席の隣に座ってしまい、いろいろ気を遣うというのと似ていると言う事か。
僕は山崎の涙を見て、その背負っているものの重さに、泣けてきて、きのどくと言うより、感動してしまった。
「佐藤さん、ありがとう」
と社長が言った。結局継続することにした、但し社長も譲歩してくれて、家賃はタダになった。僕は山崎と円滑な関係を、
いや山崎をフォローしてやろうと、本気で思った。