ご免なさい、僕は普通の人間なんです。 狂ったアパート1-2の男
同じ土俵で話せない、通じない、僕だけ、なぜ?
僕が世田谷の3LDKのマンションを家賃未払で追い出されたのは4月末だった。そもそものケチのつけ始めは会社の倒産だった。社長は「責任をとると」言ってさっさと自己破産し逃げた。営業の僕は、お客への対応とか、雑務の整理とかで逃げ遅れ、微々たる退職金で会社を後にした。これが不幸の始まりだった。
心機一転生活の場を変えてやり直そうと、キッチン付き四畳半風呂無し、敷金礼金無し家賃二万の船橋の激安アパートに引っ越すことにした。独身ながら増えた家財道具は処分し荷物は大型のスーツケース1個にまとめた。結局長期の旅行に行く荷物を作って、それ以外を全部捨てたと言った方が正しい。
僕は、誰も知らない、安い、おまけに競馬場に近い、船橋の馬道町6丁目にある。二階建錆びだらけの全8世帯の緑荘2-2号室に引っ越した。金は無くとも、気楽な人生再スタートの場所には最高に思えた。
不動産屋で契約をし鍵を預かり、夕方に部屋に着いた。明日は布団に簡易ベットを買いに行かなければ、と思いつつ、今夜は本を枕にコートを上掛けに寝る事にした。
その夜の事だ。
「ドンドンドンドン」
とドアをノックする音ではない、握りこぶしで叩きつける音がして僕は何事かと目を擦り、ドアを開けた。
刈り上げ短髪の歳は五十代位のガッシリした体形の小男がいた。
「何の御用ですか」
「てめえ、うるさいんだよ。」荒い息をしながら男は肩を小刻みに震わせ、よく見ると右手に包丁を握りしめて震わせている。目も血走っている。
「落ち着いてください、私は今日ね、一時間前に引っ越してきたばかりの佐藤と申します。よろしくお願いします。すみませんが、うるさくなんかしてませんよ。」
「下の1-2号室の山崎だ。うるせえんだ。鶏を飼っているだろう、11羽いるだろう、うるさくて寝れないんだ、静かにしろ、殺すぞ。」
「え、」