第一話 「始まりは森の中で。」
森の香りがした。――というか気が付くと森にいた。
さっきまで、僕は学校で部活の準備を……
そう、『僕』はテーブルゲーム部に所属する高校2年生だ。
通っているのは日本の高校で、ましてや海沿いにある。
つまるところ、森に放り出される心当たりなど微塵もないのだ。
「勘弁してくれよ、全く」
思わずつぶやいた声が葉擦れの音にかき消された頃、僕は思考を切り替えた。
自分が置かれている状況を整理しなくては。
まず、持ち物は携帯、財布、家の鍵の三点セットだけだ。
携帯はともかく後ろ二つは何の役にも立たないだろう。
こんな状況に陥って初めて、お金には何の力もないのだなあと痛感した。
いざとなったら紙幣は火起こしにでも使おう。成金にでもなった気分だ。
さて、次にこの森がどこにあるのかついてだけど……
さっぱりわからん。ハイ次。――と行きたいところをぐっと我慢する。
周りの木々はどれも見覚えのない種類で、少なくとも日本ではないことが伺える。
まさか異世界転移ってやつ? なんて思ったけれど、
どちらかというと異国という言葉が頭をよぎった。
依然わからないことばかりだが、もう日も傾き始めている。
周りの木々の樹高が高いこともあり、森は薄暗い。
なんにせよ夜までに水や食料を見つけなければ、
状況をつかむどころか、生きることもままならない。
さあ歩き出すぞと顔を上げると、森の奥に灯りがともった。
それは一つ、二つと増えていき、その様子から僕は気付く。
「かがり火だ」
それは明らかに人為的なものだった。恐らくは村だろう。
人影が松明で火をつけて回っている。夜に備えているのだ。
遠目に見えた影が人類――ヒューマン、ピーポー……とにかく、
ゴブリン的なものでないことを願いつつ様子を見る。
近づいていくと、石造りの家が多く見られる西洋風の村が姿を現した。
井戸では女性が水を汲んでおり、どうやら人間の村のようだ。
いや、もしここが地球ならそれは当然のことなのだが。
というか地球であってくれ。本当に。
自分が異世界に来てしまった可能性を捨て切れないものの、
ひとまず安堵する。
ああ、人がいる。その事実はこれ以上なく僕を安心させた。
すぐ近くに村があるなんてあまりにも出来過ぎた話ではないか
――そんな疑問を置き去りにしてしまうほどに。