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天気雨のきらきらしたような

作者: 森永盛夏

 平成最後だと言うのに、こんなにもゆるりと大晦日がくるなんて。私はそんなことを思いながらレジを打っていた。それでも今日は大晦日というだけあって、普段は全くお見えにならないぬらりひょんさんまでカップ酒を買いにやってきた。

「良いお年をお嬢ちゃん。」

ぬらりさんはもう出来上がっているようで、レジに居る私にこんなごきげんなセリフを吐いて千鳥足で出ていった。

 店内には他にも、かごに500mlの缶チューハイを三本入れて、更におつまみを物色する赤鬼さんや、チーズハンバーグ弁当にしようかミートソーススパゲティにしようか十分は迷っているであろう天狗さんなんかがいた。今私のレジが担当しているお客さんは、人に化けていたはずなのに、酔っ払ってしまって尻尾や耳がもとに戻ってしまっている狐と狸のカップルだ。彼氏である狸が欲しがったであろうビールと、彼女の狐が欲しがったであろうフルーティなチューハイのお会計だ。そのお会計の途中から、狸と狐で、

「あれ?紺ちゃん、何その耳?」

「え?なんのこと?てか、ぽんくんその尻尾どうしたの?」

なんて言い合っていた。話によると、どうやらお互い自分の正体を隠していた様子。どちらも人と付き合っていると思っていたようだ。この後は修羅場だろうな。いや、むしろもっと親密にでもなれるのだろうか。私には妖怪さんたちのそこらへんのことはよくわからなかった。


 今日も四時間、私はよく頑張った。妖怪とかが普通に生活するこの街で、一年間頑張りました。自転車にまたがって自宅を目指す。すると遠くで、ぼおん…。と鐘の音がした。そっかそっか、今日は大晦日だ。除夜の鐘が鳴るじゃないか。除夜の鐘と言えば…。と私は夢想する。私がまだ幼かった頃、ものしりなおばあちゃんの家に行っていろいろな昔話とかを聞くのが好きだった。そのおばあちゃんのするお話の中に、この町の特別な除夜の鐘に関するものがあった。

「藍は、除夜の鐘って知ってるかい?」

「知ってるよ。大晦日に鳴らすんでしょ。」

「そう。よく知ってるね。じゃあ、何回鳴らすか知ってるかい?」

「百八回でしょ。」

「よくできました。でもね藍、人間が百八回鳴らした後にもずうっと耳を澄まして待っていると、またぼおんぼおんって鐘の音が聞こえてくるのよ。夜遅くだから藍はきっともう寝てしまってるね。」

「そんなの嘘だよ。」

「嘘じゃないよ。試しに、今年の大晦日はおばあちゃんと夜更かしして聞いてみるかい?」


そうして私はその年の大晦日、おばあちゃんの家ではじめての夜更かしをした。悪いことをしているような罪悪感があったけど、それ以上にはじめての夜更かしにワクワクしていたのを覚えている。

「どうだい、藍。聞こえてきただろう?」

二階のベランダに出て十分ほど経つと、遠くの方からぼおんぼおんと鐘の音が聞こえてきた。さっきおばあちゃんと百八回数え終わった後なので私は本当に驚いて、

「ほんとだ!すごい!」

笑顔でおばあちゃんの顔を覗き込んだ。

「この町には、いろんなものが住んでいるからね。人間のマネをして鐘をつく小鬼がいるんだよ。」

ふんふん頷きながらおばあちゃんの話を聞いた。おばあちゃんは目をキラキラさせて続けてくれた。

「おばあちゃんが小さかった頃はね、人間も妖怪ももっと仲が良かったんだけどね。馬鹿な若者共が妖怪たちをいじめるから、だんだん険悪になっちゃったんだよ。だから今はこうやって遠くで見るだけさ。」

おばあちゃんは時折暗い顔をしたり、怒った顔をした。


 ぼおん…。除夜の鐘が今年も百八回目の音を上げた。どうせ平成が終わってしまうなら、次の年からはまた仲良くできたらいいのにな。おばあちゃんは去年の夏に死んでしまった。その最後は、とても豪華なものだった。人間も妖怪も、その死を心から惜しみ、その目から涙を流した。遺書と書かれた厳かな封筒を開けると、真っ白な便箋に大きな文字で

「仲良くしなさい。」

とだけ書いてあった。おばあちゃんの家族も友人も、誰一人その言葉に従った。おばあちゃんはすごい人だった。私はお葬式を見て初めて知った。今でも、私もおばあちゃんのようになれたらいいなと思うことがある。今日は平成最後の大晦日。お寺に行って、子鬼と一緒に鐘でもついてから帰ろうかな。お友達になれるといいな。

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