お腹を空かせる子供の話
初めまして、Orjeと申します。
趣味でいくつかお話を書いています。誰かの感想を求めて投稿してみます。
拙い文章ですが、なにかが伝われば幸いです。
少し不幸で少し残酷な 少し優しい世界の物語
烏が鳴いている。
子供部屋というには広すぎる部屋の中、二人は向かい合って座っていた。ピンクの壁に空色のマットと可愛らしい色合いの部屋だが、飛行機が描かれたポップな時計以外何も置かれていない。淡い色のせいか部屋がさらに広く感じられる。半月の形をした窓からは夕焼けの光が射している。天井の四隅には小さなカメラがぶら下がり、部屋全体を見渡していた。
固い時計の針の音。
重低音の空調の音。
耳障りな小さな機械音。
「お菓子食べたいなぁ…。」
ぺたりと、所謂女の子座りをした、白いワンピースの女の子がそっと言った。腰まである、闇のような黒髪をあちらこちらへ跳ねさせている。深みのある光を宿した黒い目には前髪が少しかかっている。肌は濃い褐色で、ワンピースの白が眩しく光る。
「僕はジュースがいいなぁ…。あ、でも、冷たかったらお茶でもいい…。あけ、喉乾いてないの?」
同じくぺたりと座った男の子があけみに言った。薄い青色のワンピースを着ている。夕焼けに染まった白い髪を耳下まで伸ばし、前髪で紅く光る目を隠している。肌に色味は感じられず、雪のように真っ白である。柔らかい口元が見えなければ、冷たい印象を受ける。
「んー、乾いてるかも。」
「ふふっ。わかんないんだ。」
「お腹空いたんだもん。…お母さん今日遅いんだっけ。」
「そうだよ。
…僕らじゃあ、部屋から出られないもんね。」
「う~、お腹空いた…。」
「空いたねぇ。」
外から烏の鳴き声が聞こえてくる。遠くでカゴメの音楽が鳴った。
「えっと、何時だっけ。」
あけみが手を顎に添えて首をかしげた。可愛らしい仕草に思わずそらの頬が緩む。
「6時だよ。」
「6時かぁ。」
あけみがころんと床に転がった。少し遅れてふわりと黒髪が追いかける。床に黒い花が咲いた。
「……ねぇねぇそーくん!わたしの横に寝転んで!」
「?いいよ?」
腕で体を引きずりあけみに近づく。ごろんと横に並んだ。耳元でぱさりと髪が落ちる音がする。床に小さな白い花が咲いた。
「あのね、そーくんは、えぇっと、白くなる、…アル……アレ…」
「アルビノ」
「そう!アルビノ!真っ白でとってもきれいなの!」
「………………。」
あけみは両腕両足をぐん、と空中に伸ばし、ややあってゆるゆると下ろしていく。
「でね、わたしは、わたしの髪は、肌も、あと、あと、とにかく全部!黒いでしょう?」
「そうだね、僕と真反対だ。」
「そーくんがアルビノってわたしに教えてくれた時、普通じゃないんだって言ってたけど…。」
そこであけみは一瞬口をつぐみ、息を吸って続けた。
「あのね…わたしもね、……普通じゃないんだって。」
「…ぇ。なんでそ…っ…!」
そらはなんでそれを、と言おうとして慌てて口をつぐんだ。そらの目に混乱の色が浮かぶ。
「メラニズム?って言うんだって。」
「…そ、っか」
「『普通』って、なんだろうねぇ」
「…なんだろうね」
あけみはやっと話せた!と言って目を閉じた。
「あけ、は、どこで聞いたの?」
目を閉じたまま応える。
「んっとね、一昨日の健康診断の時。お母さんとドクターがお話してた。とつぜんへんい?とか、黒くなる、とか。それであけみは黒くて、メラニズムっていうので、それで…―――」
そこまで言ってあけみは言葉を詰まらせた。口はパクパクと動いているが、言葉を成さない。
「…あけ?」
そらがちらと見ると、あけみはキュッと口を閉じ唾を飲み込むと、そっと言葉を紡いだ。
「…ヒトのメラニズムは、アルビノと違って、とても、醜いって…」
「っ……」
「………お母さんもっ、ドクターもっ、っ…!いつも、白い服っで、っ、覆って、る、からぁ…!」
「うん」
「なにが…うぅ…なにが普通なの…?なにが普通じゃないの…?普通って何!?どうしてわたしっ…」
「…うん」
「ウッ…ヒック……」
目を強く強く瞑って、拭うことなく涙を流す。必死に声を押し殺して、怒りを困惑を絶望を弄ぶ。それらの感情をどこにぶつければいいのか、彼らはまだわからない。
あけみの泣き声を聞きながらそらが天井をみつめて口を開いた。
「…僕は真っ白で、あけは真っ黒で、僕は、僕らは普通の肌の色なんて知らない。僕はね、あけが一番きれいだと思うんだ。本当に。…あのね、僕ずっと、白い化け物って言われてたんだよ。」
なみだを流しながらあけみが目を開けた。
「ねぇほら見て。僕達黒と白で、最高の2人だと思わない?」
そらは起き上がり、あけみの潤む瞳を覗き込んで話す。
「あけは醜くなんかないよ!宝石みたいですごくきれいだ!」
「そーく…
そーくんの、が、きれい、だよ!!宝石みたいで、すっごく、きれい!」
グスグスと泣きながら、けれど大きく目を見開いてきっぱりと言い切った。
「………ふふっ」
ふわりと笑うと、そらは再びあけみの横に寝転がった。
「お腹空いたねぇ」
「…う゛ん」
二人は自然と手を繋いだ。
「今日はずっと2人だったね。」
「…うん」
「僕泣いてないのに眠くなってきちゃったよ。くすくすっ。」
「…ん?うん…そうだね…。」
「…あけもでしょ?寝ていいよ。呼ばれたら起こすから。」
「……ん…。」
「…。…あけ?」
「…………」
「うん…。もう、寝ちゃおうか……。」
「………」
「……あけ。…本当に…きれいだよ……。」
「……」
「……」
時計の針と空調の音だけが部屋に響いていた。
黒と白の花が並んで咲いている
…。
……。
………。
…………。
……………バンッ!!!!
部屋に、迷彩の服を着た屈強な『男』が数人流れ込んだ。皆銃を構え、ガスマスクをしている。静かだった部屋が途端に騒々しくなった。
「ッ!?子供部屋か!??」
「なんだって研究所にこんな所が…。」
「おい!!子供がいるぞ!!!!」
「なっ、なんだこれは…!こんな人間がいるのか…。」
「いるわけないだろう気持ち悪い!!生物兵器か何かに決まっている!隠していたのはこれだろう、まさか置いていくとはな!!」
空色のマットが敷かれた床には、髪から肌からすべてが黒い、白いワンピースの女の子と、すべてが白い、薄い青色のワンピースの男の子が仲良く並んで寝ていた。騒々しく部屋に乱入されたにも関わらず、それはそれは静かに眠っている。
「おい!袋を持ってこい!!大きめのだ!」
『一番歳のいっている男』が部屋の外に向かって叫んだ。『男の1人』が仲間に聞く。
「…死んでいるのか?」
「確認しよう。長、生存確認します。」
「おう、気をつけろよ。息を潜めているだけやもしれん!」
「はっ!」
『男』が2人に近づく。片手で銃を構えたまま反対の手の手袋を外す。口元に手を当て、続いて首筋に手を当て、そして腕、と脈を確認する。
「…息をしていないようです。」
「そうか!我々が来ることに気付いて始末したんだろう。運ぶのが楽で助かる。」
『長と呼ばれた歳のいった男』は嬉しそうに銃を鳴らした。
「(こんなにきれいに殺すには、時間をかけて毒を飲ませるかゆっくりガスをかけるか、とにかく時間がかかるものだが…。我々に気づいてからじゃ遅いだろう。つまり…)」
『男の誰か』が思った。
袋が持ってこられ、詰めるよう指示が出た。『脈の確認をとった男』が指名される。
横たわる二人の足元に立った『男』は、改めて2人を見て思った。
まるで芸術を見ているようだ。なんと可哀想でなんと美しくおそろしい華だろう。
近くで梟が低く鳴いた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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指摘、質問大歓迎です。一人相撲は飽きました笑