第七話
「なんて素晴らしいのかしら!」
偵察から帰ってきた海砡は開口一番に歓喜の声を上げた。
「一見地味なように見えますが、黒騎様の白くて美しい四肢を映えさせる黒の布地に紫を上品に合わせ、
下品になり過ぎないように程よい露出をしつつ、動きやすさも加味され…あぁ、とにもかくにも、
素晴らしいとしか言いようがありませんわ!」
「海砡さんはリリムさんと気が合いそうだね。二人共お洒落さんだし。」
歓喜の声を上げる海砡に苦笑する紫翠とニコニコと笑顔を向けるウィル。
うんざりした顔でそっぽを向く炎砡。
コンコン___。
にぎやかな声は玄関のノック音でしん…と静まり返った。
「ウィル。俺だーカギを忘れたから開けてくれー。」
「ん?カギなんていつも閉めてなっ…」
ウィルの口を片手で軽く塞いで黙らせる。
不思議そうな顔のウィルを尻目に紫翠は海砡、炎砡に目配せをする。
頷いた聖獣たちは海砡は紫翠の左耳、炎砡はウィルの右耳にそれぞれ小さな雫型の耳飾りとなって隠れた。
そして、ウィルの耳元で炎砡が小さくささやく。
「ランスの他にもう1人おる。俺たちに隠れる猶予を与える為だろう。普通に開ければ大丈夫だ。」
炎砡の言葉に納得したウィルはいたって普通を装って戸を開ける。
そこにはちょっと苦笑い気味のランスを担いだ、
満面の笑みのロドリーが立っていた。
「悪いなウィル坊。ちょっとお兄ちゃんをいじめすぎた…」
悪びれる様子もないロドリーに緊張感とけたウィルは苦笑しつつ二人を家にあげた。
ウィルの様子からして警戒する必要が無い事を察した紫翠は席に座ってウィルが入れてくれていたホットミルクに口をつける。
ほんのりと甘い…砂糖を入れてくれたようだ。
私は甘い物は好きだ。気持ちを落ち着かせてくれる。
「お前の部屋は2階だよな?」
「はい…俺、明日動けますかね?大会出たいのに…」
「一晩ぐっすり寝れば行ける行け……る?」
2階に上がろうとしたロドリーは視線の端に見慣れぬ人の姿が見えたのに気付いて顔だけ振りかえる。
その視線の先には白いカップに口を付けてかすかに微笑んでる紫翠。
「あ、昨日から親戚が遊びに来てて…」
ウィルが慌てて嘘設定を言うが、ロドリーは紫翠に向いたまま反応がない。
反応が無い所か、微動だにしない。
様子のおかしいロドリーにウィルが顔の前に手をヒラヒラとさせるが、動かない。
「どうかされましたか?侍殿。」
その声を聞いた途端、
ロドリーはランスを床に放り、机に手を置いて紫翠の深紫の瞳を覗き込む。
「初めまして、お嬢さん。
俺はロドリーと申します。貴女のお名前を伺っても?」
「紫翠…と申します。」
紫翠を見つめる漆黒の瞳は何かを探ろうとしているように見えたが、
名を聞いたとたんそれは一瞬、動揺したかのように揺れた。
「…珍しい髪色されてますね。俺と同じ黒の髪はなかなか此方ではお会い出来ませんので…」
「あぁ、室内ではわかりにくいですが、紫も入っておりますので同じではありませんよ。
ですが、私の故郷でも貴方のような漆黒の瞳と髪の人間は大変珍しいです。」
それを聞いたロドリーは落胆にもとれるようなため息を一つこぼし、
そうですか…と言って今度は紫翠の隣に移動し、座っている椅子の背もたれに手をかけ、
今度は色気を含んだような瞳で紫翠を覗き込んできた。
「それにしても…貴女は女神のように美しい…。」
「「「は?」」」((は?))
その場にいた全員がロドリーの言葉に立った一文字で返した。
「白くて美しい肌に映える美しい黒色の御髪…。程よい筋肉…女性らしい美しい曲線美。
紫の瞳はまるでアメジストのような輝き。紫翠、君はとても美しい。」
「え、ロドリー様そんなひょろひょろな女性が好みなんですか!?」
床に落とされたままだったランスがそのままの姿勢で驚愕の声をあげる。
その言葉にひっそりと海砡は苛立っていたが今は声をあげれない。
だがその苛立ちはすぐに過ぎ去った。
「俺はお前たちの美意識がわからん。俺は女性に柔らかさを求める!
この国にいるムキムキマッチョ系女子は俺の好みではない!」
「むきむきまっちょ?」
「俺はこの国に来てから絶望した…」
片手で眼を隠し、壁に手をつく彼に頭をかしげるホーク兄弟。
「顔は皆美人なのに…右をみても左をみても、伝説の勇者的なムキムキマッチョ!
やっと出会えた華奢な女の子も実はシックスパック……はっ!もしかして紫翠、君も腹筋が割れているのか!?」
「割れていませんが…」
「神は俺を見捨ててはいなかった!」
膝をつき、まるで神に祈りをささげているかのような体制になったロドリーに紫翠たちは少し引き気味である。
「あの、ロドリー様…それより俺を運んでくれるのでは…?」
「あぁ、すまん。いま2階に連れていく…」
切り替えの早さに驚いた一同だが二人はさっさと2階に消えていった。
ロドリーが2階に消えた頃合いで海砡が紫翠に耳打ちしてきた。
「黒騎様、あのロドリーという者は偵察中に観察しておりました。後ほど詳しくご報告いたしますわ。」
「あ、ロドリー様はね、国軍のナイトで国軍の入隊希望者に剣の稽古をしてくれてるんだよ。
たまにやりすぎちゃうみたいで、今日みたいに送ってくれる時もあるの。」
「ウィル坊ー。回復薬飲ませたから1時間後ぐらいには起きると思うから風呂入るように言ってくれ。
俺は明日の大会の準備で忙しい奴らを冷やかしに行くからこれで失礼するぜー。」
ウィルの話を聞いている途中で階段をロドリーが降りてきた。
先ほどまでの残念な男とは別人のようだ。
「さっきも言ってたけど大会ってなんですか?」
「ん?今朝突然に上からの指示で武術大会を開くんだ。魔術でもなんでも参加可能だってよ。
優勝したらもちろんご褒美もらえるし、実力があれば国軍に即入隊。」
「なるほど、だからお兄ちゃん出たがってたんですね。」
「そうなんだ。だから……」
ロドリーはウィルの横を通り、紫翠の手を取り片膝をついた。
そしてまた色気のある瞳を紫翠に向ける。
「出逢ったばかりでお別れするのは心苦しい。だが俺は行かなければならない。また会えるのを楽しみにしているよ紫翠。」
軽く手の甲に口づけをしたロドリーは「では、さらば!」と言って玄関から外に出て行った。
それを見届けたウィルが紫翠を振り返ると、いつの間にか小鳥の姿に戻った海砡が怒りながら紫翠の手の甲を自身が作りだした水の玉を使って洗っていた。
「なんてやつなのかしら!黒騎様の手の甲に口づけするなんて!炎砡、次会ったら燃やしてしまいなさい!」
「自分でやれ。ウィル、それより俺にもコレくれ。」
炎砡が机の上でちょんと紫翠が先ほどまで飲んでいたコップを前足で指している。
ウィルはほほ笑みながら台所に移動し、みんなの夕食とホットミルクを作り始めた。
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夜、みんなで夕食を食べた後、ウィルは自室で寝支度をしていた。
ベットの枕元に手持ちの中で一番綺麗なハンカチを四つ折りにして置く。
そして、リリムのお店からもらった紐で首から提げれるようになった小さな革袋から精霊石を取り出す。
「こんばんわ」
挨拶をしても当然のように返事はない。
返事などはなから期待はしていないウィルは精霊石をそっとハンカチの上に置く。
そして自身もベットに仰向けに転がった。
「まずは僕の事を知ってもらう為に、自己紹介をします。」
傍から見たら、独り言を大きな声で話している変な人に見えるだろうな…と心の片隅で思いながらもウィルは話続けた。
名前、家族、好きなもの、嫌いなもの、得意なこと、苦手なこと、
思いつく限りの事を話した。
次第に睡魔に負け、何を話しているのかわからなくなるほどに意識がぼんやりとしてきた頃、
ふわふわとした何かが自身の頬に触れた。
それはとても柔らかくて、暖かくて、なんとも心地よい感触だった。
ウィルは感触に幸せを感じながら、深く、安心して眠っていった。。。




