第五話
くすんだ金色の髪はボサボサ、緑の瞳はまだ眠そうである。
どうやらこの青年はまだ起きたばかりのようだ。
見知らぬ人・動物がいる事に気付いた青年はきょとんとした顔で、
「ん?新しいお友達?年上の女性とお知り合いになるなんてお前コミュ力すげぇな」
「お兄ちゃんせめてちゃんとした格好で降りてきてよ…」
「おだまりウィル、まだ早朝だぞ?お兄ちゃんはまだねむた「おだまりになるのは貴方ですわ!」んぇ!?」
青い小鳥から大きな鷲に変化した海砡が青年の左頬に飛び蹴りをした。
結構な衝撃だったようで青年はよろけたが、それよりも鳥がしゃべった事に驚いたらしく、きょとんとした顔をしている。
「貴方、今の今まで寝ていたんですの!?なんて無能な人間なのかしら!ウィル様が昨夜どんな目にあったかも知らずにのうのうと…!」
「落ち着け海砡。普通以下の人間に寝てる間の人の出入りなんてわかりゃしないだろ。すまないな青年。
こいつは才能の無い奴が嫌いなんだ。許してやってくれ。」
「いや、フォローになってないよ!俺ってそんなに才能無い!?ってか鳥と犬がしゃべるって何!?」
まぁまぁ、説明するから…とウィルが兄を椅子に座らせた。
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一通り話を聞いた青年は紫翠達に頭を下げた。
「ウィルを助けてくれてありがとう…まさか夜の間にそんな事になってたとは…。
申し遅れたが、俺はランス・ホーク。ウィルの兄だ。」
ランスは握手をしようと紫翠に手を出したが、鷲の姿の海砡に踏んづけられ机に押し付けられた。
「黒騎さまに触らないでいただけます?無能が移りますわ。」
「海砡だったか…俺がそんなに嫌いか!?だいたい無能無能ばっかり言うけどな、これでも剣の腕には自信があるぞ!」
「あら、そうですの?それは失礼しましたわ。脳筋。」
「この…鳥ぃぃいい!」
「落ち着け二人共。」
紫翠のため息交じりの言葉を聞いた海砡はランスから離れ紫翠のそばに寄る。
「すまないランス。うちの海砡が失礼した。」
「いや、いいけど…。」
「先ほど、剣に自信があると言っていたが、君は軍にでも所属しているのか?」
紫翠の言葉にランスはよくぞ聞いてくれた!と立ち上がり、
壁に立てかけていた剣をつかんで眼を輝かせて話し出す。
「俺はまだ正式な所属はしてないけど、まずは白のポーン兵になって…将来ルークになりたいと思っているんだ!まぁ夢だけど…軍に入れば安定した生活が送れるしな。」
知らない単語に頭をかしげる紫翠を見てウィルが説明してくれた。
国軍は4つの階級に分けられ、下位の兵は二種に分けられている。
白のポーンは武術系の兵であり、白のポーンを取り纏める者はナイトと呼ばれる。
黒のポーンは魔術系の兵であり、黒のポーンを取り纏める者はビショップと呼ばれる。
国軍の総指揮を任されるのはルークと呼ばれる。
現職のルークは特に民からの人望が厚い。
「なるほどな…一つ聞きたいのだが、先ほど広場で合ったのは魔術師…黒のポーン兵だろう?
随分と雰囲気が悪い兵士だったな。」
「あー…黒ポーンに会ったのか…あいつらの王族への忠誠はしっかりしてるがどこか民を差別してる感じが昔からあるんだよなぁ。魔術が得意な者がいると聞けば、無理矢理入隊させようとする。」
「ウィルは入隊させられてるのか?魔術が使えるだろう?」
大人しく話を聞いていた炎砡が机に飛び乗り聞いてきた。
その言葉に兄弟はきょとんとした顔になった。
「炎砡さん気付いてたの?」
「聖獣なのだ、それぐらい分かる。で、どうなのだ?」
炎砡の言葉にウィルの顔は曇った表情に変わっていく。
まだしてないけど、勧誘を受けているとぽつりと告げた。
その言葉に…兄、ランスは顔を手で覆い隠している。知らなかったのだろう。
「入隊すれば生活が安定するし、将来的に良い事だと思う。でも僕は剣より魔術が得意だから黒ポーンは確実なんだ…。何年か前に黒ポーンになった人が、久々に会ったら人が変わったみたいに冷たい眼をしてた…嫌なんだ。僕も同じになる気がして…」
「ウィル…兄である俺が守ってやるから!安心しろ!なっ!」
ランスがウィルに笑顔を向け安心させようとしている。
安心しきった顔ではないが、ウィルもほんの少し笑顔で頷いて答えた。
「ウィル。微力ではあるが、これを…」
紫翠が胸元の鎧の内側から手のひらに乗る程度の小さな革製の巾着を出してきた。
受け取って中を確認してみると2~3cm程の深緑色の石が入っている。
触れれば石特有のひんやりとした感触。
「随分と綺麗な石だな。天然石か?」
「昔、母上から頂いたものでな…。だが私には懐いてくれなくて使えないんだ。
まだ若いがとても良い色をしているし、何より君の瞳と色が近い…相性が良いと思う。きっと君を守ってくれるだろう。」
「お姉ちゃん、この子名前は?」
まじまじと覗きこんではいるが、ランスにはわかってないのだろう。
これは確かに石ではあるが、ただの石では無い。
ウィルはどうやら見ただけで分かったようだ。
キラキラとした顔で石と紫翠を交互に見て嬉しそうに尋ねた。
「すまない。名前は分からないんだ。仲良くなれたら教えてくれるだろう…大切にしてあげておくれ。」
「うん。…ありがとう!」
そっと皮袋に石を戻して『また後でね…』と声を掛けて紐をキュッと絞る。
その行動を見てランスは不思議そうな顔をしていた。
「いくら貰い物でも大切にしすぎじゃないか?お守りだろ?」
「お兄ちゃん…この石は精霊石って言って、精霊が宿ってるんだよ。」
魔石は精霊自身が宿るべき精霊石を作り出す時に出来た失敗作。
精霊石は精霊が何百、何千と作り続けようやく完成される物。
精霊石に宿り、長い年月を過ごし、聖獣へと進化した時に精霊石も『砡』へと進化を遂げる。
「だから大切にしなくちゃいけないんだよ。」
「ふーん。ま、よかったな。」
ランスは精霊石にまったく興味がわかないようだが、
ウィルの笑顔が戻った事で安堵しているようだ。
「さて、俺はもうそろそろ出掛けるけど…お前らはどうする?
紫翠はこの国を何も知らないんだろう?古い家だけど部屋は余ってるし…ここを拠点にするといい。
後はウィルに任せる。」
そういってランスは剣を腰に装備して外出していった。
ウィルは顎に手を当てて何かを考えた後、「まずはお風呂だね。」と言って立ち上がる。
「よく見たら僕たち土まみれだし…その後は買い物に行こう。紫翠お姉ちゃんの鎧も軽装備と言ってもちょっと目立つし、さっき見たら夕食分のご飯無かったし。」
ちょっと待っててね。と言って家の奥に消えてったウィルを見届けて、海砡は口を開く。
「黒騎様、良かったですの?母君の形見をお渡ししてしまって…。」
「いいんだ。きっと母上は理解してくれる。」
そう言って紫翠は…沢山の考えるべき事柄に眉間にしわを寄せ、天井を見上げた。
口から出るのはため息しかない。
(問題は山積みだな……)