第四十二話
沢山の視線が突き刺さる。
だがそれは少しだけ懐かしく感じる感覚。
ヒソヒソと小さく私を噂する声は嫌悪や差別的な声では無い。
「あんな女性がいるなんて噂でも聞いたことないぞ…。」
「どちらからいらしたのかしら?
でも国外暮らしの方なんて、聞いたこともないし…。」
「なんて美しく長い黒髪…黒騎様と同じくらいかしら?」
すこし視線が合えば会釈され目が合ったと騒がれる。
この場に海砡がいたらどれほど誇らしげに語り出すだろうか。
そう思いつつ私はある場所へ向かう。
そんな私の足元に小さな子供が転んできた。
「あぁ、申し訳ありません!」
両親であろう夫婦が急いで子供を抱き上げて頭を下げる。
子供は痛みに耐えている様子で目に少しだけ涙が浮かんでいる。
「痛かっただろう。
すまないな、私は回復系の魔術が使えないから癒してあげられない。」
そう言って軽く頭を撫でてその場を後にする。
今の私にはあまり猶予がない。
一刻も早くロドリーを見つけ出し、この地を、この世界を立ち去らなければならない。
後ろから聞こえる賞賛の声を聞いている余裕などない。
私ははやる気持ちを抑えながら、
決して走らないように足早に道を突き進む。
見えてきた建物は質素であるが美しい造形で佇む。
曲線を描いた城門の前には、二人の門番が立ち並ぶ。
「お待ちくださいませ。
あなた様を疑うわけではございませんが、…どちら様でしょうか?」
彼らの言葉は、はたから聞けば意味不明だろう。
だが、彼らは感知の能力によって私が龍人だと理解はしているが、
聖羅国内にいる実力のある龍人などたかが知れている数なので把握していないはずない。
その上で知らぬ龍人が現れたのでこのような言葉になってしまう。
「すまない。説明をしたいのはやまやまなのだが、
急を要することでな…聖王に謁見を申し込みたい。」
「身元のわからない方をお通しするのは…
「構わない通しなさい。」
朱里殿!…ですが…。」
城門を開けて出てきたのは小柄な少女。
「聖王様はすでに視ておられました。
その上で通せとの事です。まだ何か?」
彼女の言葉に門番達は首を振って道を譲り深々と頭を下げた。
「私は朱里。小柄ではあるが小隊副隊長の席を与えられているものだ。
見知らぬ相手とはいえ同胞である事に変わりはない。門番が失礼な態度を取ってしまい申し訳ない。」
「いや…。」
私は彼女の姿をまじまじと見つめてしまった。
彼女が私の知る朱里であるのならば、彼女は炎龍の朱里。
聖王である姉上のそばに常に仕えている女将軍である。
今の小柄で可愛らしい少女の要素は全く残っていない。
「何か?」
「あぁ、いや…見たところ相当お若いのにすでに小隊の副隊長とは感心しておりました。」
「私を知らない方には無理もない。
まだ義を終えて1年しか経っていないのだから。」
義を受けるのは12歳…つまり今は13歳。
これだけ若いのに小隊副隊長の席を与えられるのは実に稀である。
朱里の後ろについて行く形で城内を進む。
通されたのは聖王の自室だった。
朱里の開けた扉の向こうには、
足元にまで伸びた美しい白銀の髪。
「お迎えありがとう朱里。
お客様に私のそばに座るようにご案内してあげて?」
「はい。」
私は、聖王の姿を見て胸が、心が、震えるような感覚がした。
「見苦しい姿で恥ずかしい。
お許しくださいね。なにぶん目が見えないので…。」
歴代最高峰の魔力をもつ盲目の賢王。
「朱里、貴女はもう下がって良いわ。ありがとう。
あぁ、それと…しばらくはこの部屋に誰も来ないように伝えて。
さぁお客様、私の手を握ってくれるかしら?」
そっと触れる指先は側仕えの侍女達が丁寧に手入れをしているのだろう。
滑らかで美しい指先。
「今の貴女の姿は見えないけれど、
今朝、貴女が城門前に来るのが視えたの。
とても美しい黒龍だったわ。」
伏せられた目に長い睫毛、
色素の薄い肌は白くて今にも透き通りそう。
「あ、安心してね。
貴女のお友達は今お迎えに行ってもらってるの。
でももう少し時間がかかるでしょうから、それまでお話していましょう?
私、貴女とお話が出来るのを楽しみにしていたの。」
幼い朱里を見た時にそんな予感はしていた。
でも本当だとは思っていなかった。
「まずはお名前を伺おうかしら?
あぁ、でも聞かない方が良いかしら…?」
「聞かなくても、貴女様にはもうお分かりなのでしょう?」
私の言葉に聖王は楽しそうな笑みを浮かべて答える。
「あら嫌だ。
流石に将来の娘の名前までは視えないわ。」
そう、この線の細い女性である聖王は、
私の母である。
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龍人パラグライダーは森を抜けるまで続き、
聖羅国の国門手前で降ろされた。
「城までずっと飛び続けるのも良いけど、
帰る前にちょっと寄りたい所もあるからな。」
と言うダンディー。
門をくぐって立ち寄ったのはなんとも女性ばかりのお店だった。
「え?なんの用事?」
キョトンとする俺にダンディーは小物を手に取って真剣に何かを悩んでいる。
「なぁ、どんな贈り物をしたら喜んで貰えるだろう?」
「わかった。
アンタはまず人に説明するというのを心掛けたほうが人生上手く。」
俺は誰に、なぜ、どうして、というのを懇々と質問した。
「つまり、好きな女性がいるけど、立場的に部下にも質問しずらいし、
仲の良い女友達もいない。むしろ国内で自分は有名人だから中々相談相手が見つからない。
そんなところに人間の俺が現れたから、ちょっと相談してみよう。
なんて発想に至った。という事だな?」
「その通りだ。君は頭が良いな!」
「お褒めいただけて嬉しい限りだが、
俺には女性とそういう仲になった事がない!」
二人の間に沈黙が流れる。
「大丈夫、俺もだ!」
にっこりと笑うダンディーに俺は一瞬、仲間を見つけたような感覚で嬉しいという感情が浮かぶが、
すぐに我にかえる。
「…それ何の解決にもならんよな。」
再び二人の間に沈黙が流れた。
「とりあえず、相手の事を教えて…。」
俺は満面の笑みを浮かべながら語り出すダンディーに軽く耳を傾けながら店の商品を手に取る。
語りの内容が脱線するので重要な部分だけ頭にインプットする。
髪が綺麗で長い……髪飾りか?
肌はとても透き通るほど白い……ネックレスとかも良いかな?
俺のじぃちゃんが「おなごに送るのはやっぱりアレだjewelryだjewelry。」って、
父ちゃんに言ってたし。
彼女は花が好きで良く庭園を散歩する…花の形をした髪飾りやネックレスも良いかもなぁ…。
俺は色とりどりの髪飾りが陳列されている棚にダンディーを呼び寄せた。
後は首飾りとかも良いと思うんだけど、と言う俺の言葉など耳に入って無い程、
ダンディーは髪飾りをひとつひとつ手に取って真剣に観察している。
俺はその姿を隣から眺めていて、ふと気になる事があった。
店内に入る陽の光に照らされたダンディーの髪がほんのり紫がかっている。
『紫翠と同じ髪…黒龍の特徴なんかな?』
「よし、買ってくる。」
良い髪飾りが見つかったようで、ダンディーは店員に会計を頼みにいった。
腰近くまで伸びる彼の髪は女性のように長く綺麗である。
ほくほく笑顔で戻ってきたダンディーに、俺は気になった事を質問する。
「なぁ、俺の祖国だと男が髪を伸ばすのって珍しいんだけど、
この国の人達は皆長いよな。」
「あぁ、人間と違って龍人の髪は切っても翌日にはこの長さになる。」
「へっ!?」
質問の続きをしようとしたが、
ダンディーが早く城に行こうとそわそわしているので、
俺はそれに従った。