第四十一話
何が起きたのか、最初は分からなかった。
身体が何かに引き寄せられて遠のく意識…目覚めた時に見えた光景はどこか懐かしく感じた。
そばには誰もいない。
いつも一緒に、片時もそばを離れたことのない彼らさえもいない。
『あの時…何があった?』
何かあの時の事を思い出そうと私は軽く目を閉じた。
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「もう少しで山頂だ。
泉は山頂付近と聞いたから、辺りを見渡しながらゆっくり進もう。」
通常の山道を歩きつつ、眼と耳に神経を集中させる。
少しの水音も聞き漏らさないように。
時折、草を掻き分けては「ないか…。」と呟く。
その姿は一緒にいる期間が短いとは言え、見たことの無い真剣さだった。
どこか期待と不安を織り交ぜ、少しの焦りを感じる彼に、
紫翠は心の隅でそうなるのも仕方がないと納得していた。
その調子でようやく頂上についたのは陽が完全に昇りきった頃。
若干の空腹を感じ、私たちは軽めの昼食を取ることにする。
「ハイどうぞ。」
ウィルがにこやかに手渡してきたパン。
間にはハムとチーズが挟まれてる。
「昨日の夜の間にちょっと作っておいたの。
材料はフォードで買った保存食用の食材だから、ちょっと硬いかも。」
「ならば、我が少しだけ手を加えてやろう。」
炎砡はそう言って尾の先に小さな火を灯す。
パンにそっとかざされた火は、パンを燃やすことなく程よく温めていく。
それを口に運んだ時にとろけるようになっているチーズがとてもまろやかで美味しい。
「ぅんま。」
先ほどまで少し落ち着かない様子でいたロドリーは眼を輝かせる。
きっと彼の気持ちを察した炎砡なりの気遣いも含まれているのだろう。
彼の様子に少しだけ口元の緩ませている聖獣の毛を撫でた。
食事を終えた私たちは改めて泉を探す。
山頂付近。
そう聞いていた泉はあまり大きな物ではなかった。
「これ?
もうちょっとデッカくてドーンとしてるかと思った。
これじゃ子供プール2〜3個分って感じ?」
「海砡。」
「はい、黒騎様…すこし見て参りますわ。」
小さな金魚の姿となり、海砡は泉の底を目指す。
待ちきれない様子のロドリーは四つん這いになるようにして、
揺らめく水面を目を凝らして見つめる。
透明度が高いように見える泉は、
底に石が敷き詰められているのが見える。
店主の売っていた水は容器が透明な為、水に沈められると見えにくい。
唯一、容器に貼られいている紙のような物に色が付いている程度だ。
「黒騎様、水は確かに沢山ございましたわ。
ですが、輪と思われる石はどこにもございません…。」
彼女の持ち帰ってきた透明な容器に入っている水。
それは間違いなく店主の売っていた物と一緒だった。
「ロドリー、君の言っていた水は君の祖国にしか売っていないと言っていたね。」
「あぁ。すでにお察しの事だと思うけど、
どんなに物流の発達した国でも、手に入る事がない水だ。
それがココに、この泉にあるのはおかしい。
第三者が介入してなきゃ無理な話だ。」
そう言って彼は顎に手を当てる。
「でも、何の意味があってそんな事をするんだ?」
「それと、何かのヒントになると思いますが、
こちらも泉の底に沈んでおりましたわ。」
そう言って彼女が泉から引き揚げたものは大物だった。
「は…?なんでコイツがこんな所に!?」
黒光りする鞘におさめられたソレは、
綺麗に手入れのされた太刀だった。
美しい曲線は名刀の一振りであろう輝きがある。
「それ、ロドリー様の剣にそっくりですね。」
「そりゃそうだ…だって俺のはプラルの武器屋に特注で作らせた偽物。
要するに、こいつを真似て作ったんだ。
なんでこれまで泉に沈んで…。」
そこまで言ったロドリーは、何かを察知して身構える。
近くの草むら、そこに身を潜める人物が数名。
「黒騎様!」
海砡の焦る声が響くのと同時に、
身体が何かに吸い寄せられる。
この感覚に似たものは以前にも体験した事がある。
「うぉ!」
対象は私とロドリーのようだ。
炎砡は狼の姿を解除し、瞬時に身体のどこかに装着しようとした。
そして、ウィルは私達に手を伸ばし、掴もうとした。
そこで私の記憶は途絶えている。
ウィルも炎砡も、私のそばにいない事を考えると
彼らは一緒にこちらには来ていないのだろう。
問題はロドリー。
彼も同じく飛ばされたであろう。
だが別々に飛ばされた為、同じ世界に飛ばされたのかどうかすらわからない。
仮に同じ世界に飛ばされていても、私には純粋な人間を感知する事など出来ない。
私は深いため息をついて歩き出す。
ココが私の知っている場所ならば、こっちの道で合っているはずだ。
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「マジ、ココ、ドコ?」
目覚めたのは固い土の上。
先ほどまでいた泉の姿はどこにもない。
それどころか、山ですらない。
「森やん?」
見えるのは木、木、木。
まさしく森、それ以外の何物でも無い。
手にしているのは先ほど手に入れた太刀のみ。
紫翠も、ウィルも、憎まれ口を叩く海砡も、実はツンデレの炎砡もいない。
「俺が迷子?みんなが迷子?」
俺は独り言を喋り、なんとなく寂しさを紛らわそうとする。
「おーい。だれかいないのかーい!
……ま、居るわけないかこんな森のな「いるぞー。」タスケテクダサイ!!」
俺の独り言に反応した声の先を見ると、
少し大柄な黒髪ロングの騎士が現れた。
背中に背負われた大剣は人が扱える重さなのだろうか…。
「やぁ青年。見つける事が出来て良かった。
あの方は曖昧な情報しか見れないから不安だったんだ。」
まるで自分がココに来る事が分かっていたかのような口振りに、
ロドリーは首をかしげる。
そんな様子など気にもせず、大剣を背から下ろして地面に突き刺した。
「あ、ちょっと離れてろよ。
一応ちっちゃめにするけど、ぶつかったら痛いもんは痛いからな。」
「は?」
男はそう言って身体をくの字に曲げて大きな黒翼を生やした。
「は?」
「さぁ、行こうか。」
にこやかに笑顔で差し出される手に、
俺は我慢できずに爆発した。
「いや、説明しろよ!」
俺の言葉にきょとんとした顔をした男は、
頭をポリポリと掻いた。
「えーと。何を説明すれば良いかな?
俺はこの森で迷子になってる人間がいるから連れてきてって命令されただけなんだよな。」
「命令が雑だな!
ってか、あんた龍人だな!」
俺は刀を鞘から抜いて構える。
そんな俺を男は動揺する事なく淡々と答えた。
「龍人だけど?
だってココ聖羅国だもん。
え?もしかして戦争しに来た感じ?
参ったなー。そんな危ない奴、普通連れて来いって言わないよなー。
どうすっかなー。」
「………俺、戦争、しに来てない。」
「なんだやっぱり違うじゃん。
じゃ、なんでココに来たの?」
「ぶっちゃけなんでココに居るのかもよく分かってない。」
「迷子じゃん。」
俺はなんだか恥ずかしくなって太刀を仕舞う。
男はニコニコしながら手を差し出した。
「とりあえず聖王に会おう。
君を連れて来いと命令したお方だ。
俺や君よりは事情を把握しておられると思うからね。」
そう言って俺の手をとって空高く飛び上がった。
両手で手を繋いでいる状態だが、若干パラグライダーをしている気分である。
「聖王って…白龍ですよね。
めっちゃ強いって知人に聞いたんですけど。」
「お、よく知ってるね。
その通り。現聖王は女性だが、とても才覚あるお方でね。
歴代の聖王が誰も取得していない特殊能力を持っていて、いつも我々を見守って下さっている王だよ。
あの方に勝てる人間はまず居ないだろうね。」
笑顔を絶やさない男は本当に聖王を信頼している雰囲気で話す。
「あの、ちなみにアンタは何龍なんすか?」
「俺は黒龍だよ。」
「は?」
俺の頭はどうやらショートしてしまったようだ。
「お?その様子…黒龍の事も知っているな?
そうこの俺が、聖羅国一の騎士、黒龍の黒騎様だ。」
知ってるも何も、それ俺の知人におるんです。はい。
俺は紫翠の事を口にできるわけも無く、
とりあえずダンディー黒騎に身を任せるしかなかった。




