第四話
朝日が昇り、焚き火が消えた頃、ウィルの周りをふわふわと飛んでいた妖精達が離れていく。
どうやら彼が目覚めるようだ。
「んぅ…」
ウィルが大きく伸びをすると、黒騎が傍により、彼の目線に合わせるように片膝をついた。
「体調はどうだ?」
「あ、はい!元気です!」
ウィルはすくっと立ち上がって頭を下げた。
「昨日から助けて頂きありがとうございます。えぇと…」
「…ん?あぁ名前か?…私は黒騎だ。」
「こっきさん?」
「呼びづらいか?私もそう思う。」
「仕方ありませんわ。黒騎の名は代々継承されてきた官位の名前…本当の名ではございませんもの。」
黒騎の肩にとまっている海砡がくすくすと笑いながら話し出す。
「本当の名は紫翠だ。故郷ではこの名で呼ぶ者は居ないがな。」
「わたくし達は黒騎様に仕える身…名前でお呼びする事は出来ませんが、ウィル様は名前でお呼びしても構わないと思いますわ。」
「んー…紫翠さま…紫翠さん…」
ウィルはどうもしっくり来る呼び方が見えてないようだ。
「あの…紫翠お姉ちゃんは…ダメですか?」
おずおずと聞いてきたウィルに紫翠は微笑んで答えた。
「構わない。あと、その敬語もやめようか。かわりに君の家に向かいながらこの国の事を教えて欲しい。」
「うん!」
ウィルを含めた紫翠の一行は足を進めた。
森の木々や植物で歩きにくい事この上ないが、道中ウィルからいくつかの情報を聞き出せた。
*世界は大陸に4つの国、そして島国プラルの5つで調和を保っている。
*国にはそれぞれキングとクイーンと呼ばれる王と王女が存在する。
*クァバリは夜のみ活動し人を襲う。それは大陸も同様で、基本的に夜間外出を禁じている。
聞いていて一つ確信した事がある。
『聖羅国が存在しない』
聞いた国名も地理も、耳にしたことが無い。
『異世界』なのかもしれない。だが一つ気になるのが、『クァバリ』の存在。
昨夜の時に感じた違和感は確かに戦で戦っていた者とは違うが似た感覚を感じた。
炎砡に塵も残らないように燃やさせたのはちょっと失敗だったか…。
紫翠が思案していると、炎砡と並んで先を歩くウィルが居住区が見えてきた辺りで振り返った。
「紫翠お姉ちゃん。僕、昨日からびっくりしっぱなしだから今さらなんだけど…
炎砡さんと海砡さんは砡に宿る聖獣だよね?お姉ちゃん達の国ではどうか知らないけど、
砡は国宝級の魔石で…しかも2つもあって…あーっと…何が言いたいかって言うと、人が見たら大騒ぎになると思うんだ。僕、昨日びっくりし損ねたんだけどね、絶対大騒ぎになる。」
「あぁ、そうか…砡は私たちの国でも国宝として扱われる。炎砡、海砡、砡に戻っておくれ。
それに長く外に出て疲れただろう?」
「俺は疲れてないが・・・そういう事なら仕方ない。」
そう言って炎砡は靴の装飾に戻った。この姿なら紅色の石にしか見えないだろう。
一方、海砡はまだ小鳥の姿のまま…
「んー…そうですわね。今日はこうしましょう。」
独り言をつぶやいた海砡は右手首に腕輪として姿を変えた。
「もしかして、砡以外の形にもなれるの!?」
「あぁ。一つ下位の精霊石は出来ないが、砡ともなれば容易い事らしい。
海砡は気分によって形を変えるんだ。なんでか聞いたら『おしゃれですわ!』って言っていたな。」
なるほど、海砡さんはおしゃれなんだね。と笑いながらウィルは村に足を踏み入れ、
「プラルへようこそ!」
そう言って紫翠の手を引いた。
森を抜けた先にあったのは市場なようで沢山の商品が山積みになっていた。
「随分、、、人が多いな。」
「ここの通りはいつもそうだよ。いまお金持ってないから、家に着いたらまずはちょっと何か食べようか…森には何もなかったもんね。」
お腹ぺこぺこ!とウィルは紫翠の手を引きながら笑顔で言う。
市場を抜けると大きい広場に出た。中央には噴水があり、市場とは一変してのんびりとした空気…。
「ここがプラルの中央。今来た東側が市場、南が船着き場で…西が居住区。北は見た通り、プラル国のキングとクイーンが住んでる王宮。」
ウィルが指差す先には大層立派な建物があった。
だがいささか違和感を感じた。国民の生活している街と王宮…王宮が豪華すぎる気がする。
「見ない顔だが…旅の者か?」
紫翠が思案している後ろから声を掛けてきたのは二人組の魔術師のようだ。
ウィルがコソッと「黒のポーン兵、プラムの国軍だよ。話を合わせて…」と耳打ちしてきた。
黒のポーン兵に笑顔を向けながら話し出す。
「お疲れ様です。僕の親戚が遊びに来たので国を案内していたんです。ほら、プラムは王宮がとても立派ですから!」
「ほう…そうか、プラムの国をを楽しんでいかれると良い。」
終始無表情の黒のポーン兵はそのまま王宮の方角へ歩いて行った。
ウィルを睨んでいたような気もするが、あの兵は何なのだろう…
「後は家に帰ってから話すね。今は誰が聞いてるか分からないから…」
少し早歩きで広場を出ようとするウィルにますます疑問がわく。
だが今は彼について行こうと大人しく手を引かれ続けた。
居住区に入り何度か角を曲がった。
道を進むほど、人通りが無くなってく。
やっとたどり着いたであろうウィルの家はちょっとボロ家だった。
「ちょっと汚いけど、入って。」
家の中は古いがちゃんと整頓された家で、兄と二人暮らしと聞いているが十分綺麗である。
ウィルはせかせかと飲み物を用意して、棚から果物を出した。
「この橙色の果物は…?」
「モルモルって言って、この国の名産品。酸っぱくて美味しいよ。」
「もるもる…」
起用に外側の皮を剥いて薄皮に包まれた実を紫翠に差し出してきた。
口にしてみると程よい酸っぱさが口の中に広がった。
ちょっとだけ砂糖をかけるのも美味しいよと言ってウィルが薄皮を剥いたモルモルに少量の砂糖をかけ、器に盛ってくれた。
酸っぱさに甘さが加わり食べやすく、美味しい。
「砂糖をかけた方が私は好きだな。」
「ウィル、俺にもくれ。」
いつの間にか砡から出た炎砡が赤茶の犬の姿で足元で待機している。
海砡も出て紫翠の手に止まり、紫翠が分けてくれた数粒を口にした。
「まぁ…美味しいですわ。」
「聖獣も食べれるんだね。喜んでもらえて良かったよ~。」
ウィルから器に盛ってもらったモルモルを炎砡はガツガツと食べていた。
すると奥の階段がギシギシと音を立て始めた。
誰かが下りてくるようだ。
「ウィル?朝早くから何騒いでる?」
奥から顔を出したのはウィルに少し似た青年だった。