第三十五話
薄暗い地下水路、
炎砡の灯してくれた小さな火の玉を頼りにして、
ロドリーが地図を見る。
火の玉を作り出した本人は、
じめじめしている地下水路を歩くのが嫌だそうで、
子犬化してウィルに抱かれる様な形でいる。
「37…俺たちが入ったのは12、
この国、水路多くね!?」
「僕もあまり詳しくはないけど、
昔、世界的に深刻な干ばつがあって、その時の対策として、
フォードはファランディオとの間に流れる川を利用しようと水路を大拡張した。
歴史書には確かそんな事が書いてあった気が…。」
ウィルの話を半分聞きながらロドリーは水路の角を曲がる。
今は使用されていない水路はまともに整備されていないようで、
至る所に鼠の走る姿、足元は水と混じった汚泥、
心の底からブーツタイプの靴を履いていて良かったと思う。
ウィルに抱かれる炎砡は必死に落ちまいとしがみつく。
紫翠と離れている炎砡は、
何があっても即座に対応できるように子犬の姿で居るが、
正直言うと、早くここから抜け出してしまいたい気持ちでいっぱいだ。
「出口はまだか。」
「炎砡パイセン。まだ入ったばっかりっすよ。」
いつもの犬姿なら背中に着く程にクルンと巻かれた尾が、
今では情けない程にお腹に着きそうな程内巻きになっている。
「海砡さんみたいに、鳥になったり出来ないの?」
「海砡と我を比べるな。
元来、我ら聖獣は精霊の時に得た獣の姿以外は石の姿しか持たん。
ある程度の範囲は変化可能だが、鳥だの蛇だのと何にでもなれるわけではない。
アレは経験を積んだ老婆だから出来る事だ。」
_老婆_
二人の頭に海砡の姿が浮かぶ。
基本的に可愛らしい小鳥の姿で居る事が多く、
紫翠に寄り添う姿はとても老婆とは思えない。
「あぁ、間違っても海砡に老婆と言うなよ。」
紫翠に何の支障も無い場合、
海砡は躊躇無く自分を殺すだろう。
ウィルは何故か好かれている為、命に危険はない。
『いっその事、秘密にしてもらいたかったっす。』
ロドリーは忘れようと軽く頭を振ってから歩みを進めた。
しばらく歩くと視線の先に十字路が見えてくる。
そして二つの人影。
片手でウィルに静止の合図を送り、
腰の刀に手を添えた。
足の魔石に力を流す。
その場で一度軽くジャンプし、
着地と同時に勢いよく地を蹴った。
彼等が俺に気付くのは、もう背後に俺が現れた時。
「流石、ロドリー様。」
ドサッと二人が倒れた事を確認してからウィルが近づいてきた。
血が流れていないのを見ると、
気絶させただけのようだ。
「先を急ごう。
一瞬だけ、声を上げさせちまった。」
敵の兵は全て声をクイーンに監視されている。
一瞬でも声を上げれば、それは相手の情報となってしまう。
二人は歩く速度を上げ、
37出口を目指した。
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『これは、どういう事…』
頭の中を駆け巡る悲鳴。
沢山の断末魔。
頭が痛くなる程の悲鳴が響き渡る。
だが、クイーンが頭を抱えているのはそこではない。
地下水路の地図、
感じられる龍人の気配、
そしてポーン兵の悲鳴。
気配の位置とポーン兵が死んだ場所が重ならない時がある。
大多数は一つの龍人の気配と合致する。
だが、龍人の居ない所でも兵士の悲鳴が上がる。
『ぎゃ・・・!』
また離れた所で上がる悲鳴。
二人の龍人以外の強者が居るという事になる。
「検挙した者は確か三人と言ったわね。
知っている情報を述べなさい。」
クイーンの言葉に、一人のポーン兵が立ち上がり書類を読み上げる。
「ロドリー・フェリカス。
歳は23、プラル国ナイト。
ウィル・ホーク。
歳は12、プラル国出身。
紫翠。
歳は18、ウィル・ホークの義姉弟。
以上が三名の情報です。」
先ほど、ルークが一人で報告に来た時に言っていた内容…。
_女と子供、この二人が龍人でした。
もう一人は単なる人間です。_
つまり、ロドリー・フェリカスは人間であるという事。
となれば、龍人の感知には反応しない。
「それと、ルーク様が一つ気にされておりました事があります。」
「言いなさい。」
「ロドリー・フェリカスは現プラル国ルーク、
ディアス・フェリカスの息子となりますが、
その容姿が全く似ておられない事を気にされておりました。」
つまり、偽物の可能性がある。
安易に名乗れる名では無いが、可能性は0では無い。
だが意図が不明である以上、そこに議論の焦点を置く必要性は無い。
そうこうしている間に一つ、また一つと、
ポーン兵の声が消えていく。
二名の龍人と離れた場所…相手は三人バラバラに行動していると思って良いだろう。
「失礼いたします。」
王室の重い扉を開けて入ってきた黒のローブを羽織った女、
胸元に輝く首飾りはビショップの称号。
クイーンの前に膝をつき、首を垂れた。
「遅参いたしまして誠に申し訳ありません。」
ビショップが来た事にクイーンは口の端上げて笑みを浮かべる。
広げられた地下水路の地図に複数の印を書き入れ、
ビショップの足元に投げて渡す。
「お前は、これを見てどう思う?」
「・・・。」
三か所に密集している印、
ビショップはしばらく思案した後、
ペンを取り、書き記される印をそれぞれおおよその範囲を円で囲む。
二つは細長い楕円。
一つは卵型の楕円となった。
「兵力はどのように配分をなされてますか?」
「負傷者が出てからは21、42番水路出入り口付近の兵を移動させ、
地上の兵も必要最小限のみ地上に残し、水路へ降ろした。
だがそれ以降、この三カ所目から被害が続出した。」
「…ではルーク様をこの42番の先にある39番へ移動させて下さい。」
クイーンは指で兵に合図し、急ぎ知らせを送った。
ビショップは口に手を当ててさらに思案した後、
「私は37番へと向かいます。」と言って部屋を出て行った。
クイーンにビショップの意図はつかめない。
だが、この国でクイーンである自分の次に優秀な魔術師はビショップである。
敵に龍人が居る以上、優秀な魔術師はかなりの戦力となる。
王族として、
私は秘密を守らなくてはならない。
王族自らが今回の捕縛に参戦しては、
自らあの三人が特別な者だと国民に示す事となる。
あくまで、彼らは密輸の重罪人としての捕縛が必要。
「チッ…」
クイーンは椅子に深く腰掛け、
苛立たし気に舌打ちをした。
その音に反応して、仕える侍女達は顔を青ざめさせながら、
飲み物や軽食を持つ。
カシャン
震える身体を制御出来なかった一人の侍女が
ティートレイの上でカップを倒してしまった。
「も…申し訳ございまっ」
膝をつき、
頭を下げて謝罪をしようとした侍女の身体が壁に打ち付けられた。
龍の眼を光らせ、大きな魔石が装飾された指輪を付けた片手で、
埃を振り払うかのように手を振ったかと思うと、
侍女の身体は王室の扉を突き破り、廊下の壁へと飛ばされた。
「不愉快だ。
アレを片付けなさい。」
数人の侍女が吹き飛ばされた侍女の手足を持ち、
運んで行った。
苛立たし気な様子に王室内はピリピリと緊張が走る。
兵士たちは青ざめながら一刻も早い事態解決を願っていた。