第三十三話
自身の考えを伝えると、
思念伝達が切られた音がした。
そして、海砡を通してロドリーの考えを受け取った紫翠は、
ソファーから立ち上がり、反対側の椅子へと座る。
ロドリーの下した決断は、
『待機』
どうやっても現状のままでは無理だと判断した。
暴れまわって次の国へ
→論外。予想外の被害が発生する可能性がある。
こっそり抜け出して次の国へ
→出来るのならば最善かもしれないが、
龍人GPSがある限り、王族に居場所を知られるリスクが高い。
敵が戻ってくるのを待って倒してから次の国
→必要最低限の消耗を目指すならこれが得策かもしれない。
けれど、なるべく戦闘は避けたい。
それ以外の案があるならば逆に教えてほしいくらいだ。
ロドリーが二度目のため息をついた時、天井から人の気配がした。
気付いたのは紫翠とロドリーの二人で、
天井を見上げ、何が起きても対応出来るように軽く刀に手を添えた。
天井の板が外され、降ってくるように人が落ち、綺麗に着地した。
その姿に見覚えのあるウィルは声を上げようとするが、
落ちてきた男は口に指を添えて声を出さないように伝える。
自身の身体をはたいて埃を落とす男は左腕に馬が描かれた腕章を付けていた。
昨晩、ウィルに接触したフォードのナイトである事が分かった二人は肩の力を抜く。
コキコキと首を鳴らし、
ナイトは軽く部屋の中を見渡して、扉の前に移動して廊下の様子に耳を傾けた。
すると今度は窓に近づき外を確認する。
『ナイト…っていうより忍者っぽい。。。』
そんなロドリーの思いなど知らぬナイトは机の上に置かれた便箋を一枚取り、
サラサラと何かを書き、ウィルに渡す。
_空を飛べる者、もしくは壁を登る事が出来る者はいるか?_
綺麗な字で書かれたその便箋を、ウィルはロドリーに見せる。
ウィルの知っている中で、ロドリー以外は飛ぶ手段を持っているからだった。
『任せなさい。私が手を貸せば、貴方も飛べますわ。』
『海砡さんまじパネェ。』
ロドリーはペンを取り、全員が空を飛ぶことが可能というつもりの文を書いてナイトに渡した。
ナイトは一文字ずつゆっくり読んでいる。
横から覗き込むウィルは苦笑いである。
「すまん、俺、読みは出来ても書くのは苦手なんだ。」
小声で話すロドリーにナイトは手を軽く上げて問題ない事を伝える。
そして、窓を音を立てないようにゆっくりと開けて、ひらりと外に出た。
どうやら、飛ぶ力は無いが、壁を上る事に支障はないようだ。
壁のわずかな凹凸に手や足を掛けて器用に上へ上へと行く。
そして、
それに続くようにして、ウィルがふわりと風に乗るように外に出る。
『力の使い方が上手くなっている…』
紫翠は心の中でウィルの成長速度に感心しつつ、背中に意識を向けた。
背丈より若干小さめの翼は自身の身体だけを飛ばすには十分である。
窓枠に足をかけ、外に飛び出すようにして身を投げる。
軽く翼を動かしてふわりと浮く身体。
先に上がった彼等に続こうと振り向いた時、視界にモタモタしている男が眼に入る。
『早く外に出なさいな!』
『いや、待って、バンジージャンプ並に怖い!』
自分達が通された部屋は3階、そこそこ高い。
そして、考えてみてほしい。
下手したら大怪我する高さを、命綱も無しに他人に任せて飛ぶ。
なんならさらに上に飛ぼうとしている!
しかも、お任せする相手は自分の事を嫌っているし、死んでも支障が無いと思っている。
さぁ、世の皆様はこの状況で窓から飛び出せるのか!
俺の答えはNOだ!!
ロドリーが己の恐怖心と葛藤していると、目の前に手が差し出される。
手を差し出す紫翠は彼の気持ちをなんとなく察したのだろう。
「大丈夫。」
小さく、穏やかな紫翠の声にロドリーはゆっくりと紫翠の手を握る。
それを見計らって紫翠は手を引いてロドリーを宙へと誘い出す。
一瞬だけ感じた落下の感覚。
その感覚に眼を見開くが、次の瞬間には背中に生えた青い翼が羽ばたいてロドリーの身体を支えていた。
『身体の力を抜いて、楽にしなさい。
信用しろとまでは言いませんが、
今ココで、貴方を落とせば黒騎様の信用を失うのはわたくしですわ。』
唾をのみ込んで上を向いて身体の力を抜く。
背中から軽く感じる風圧に身をゆだねた時、紫翠の手はロドリーから離れ、
先に建物の屋上へと飛んで行った。
紫翠の背中に生えているのは龍の翼。
黒くて硬い鱗、それを繋ぐように張られた飛膜。
鳥とは違い、力強く羽ばたく翼は彼女の見た目とは相反する威圧感を感じる。
でも、それが美しい。
身体が少しづつ上昇するのと同時に、
背後から翼の羽ばたく音がする。
海砡によって屋上まで連れて行かれたロドリーが屋上に両足をつけると、
背中の翼は水のように液体化し、左耳の耳飾りに吸い込まれるようにして消えていった。
全員が屋上にたどり着いた時、
ナイトは地図を取り出し広げる。
胸元から取り出したペンで何かを書きだした。
「俺は…。」
先ほどまで無言だったナイトが
書きながら口を開いた。
「急遽、招集の連絡があった。
これより城へ行く。」
まるで部下に伝えるかのような言葉、
それはクイーンに悟られないようにする為なのだろう。
「全員、持ち場に着き、警戒態勢を取れ。
良いか、不審な者が現れたら必ず声を出せ。
そうすればより多くの情報がクイーンの元に集まる。」
そしてナイトは登ってきた壁を身軽に飛び降りて行った。
残された紫翠達は地図に書かれた矢印と文字を読む。
_印の2ヶ所どちらからか地下水路へ。
そこから先は37番出口を目指せ。_
「海砡、炎砡。」
呼ばれた二体は鷲と狼の姿となって現れる。
海砡は地図をしばらく見つめた後、紫翠の左肩に止まった。
炎砡は地図を咥えてウィルの前に立つ。
「二手に分かれよう。」
お互いの位置が把握し合えるという事は利点であるが弱点でもある。
だがこの国の中でその感知能力が優れているのはクイーンのみ。
ルークは近づかねば感知出来ない程に能力が低いであろう。
ウィルに接触したナイト・ビショップの傘下であるポーン兵は、
精霊キキーモラの言葉により自分達に不利な行動はしないだろう。
キキーモラが信用出来る存在であれば…。
「私とウィルはお互いに感知出来るがクイーンも私達を感知出来る。
ならば二手に分かれる事で敵の兵力を分断出来るだろう。
実力的に、ウィルはロドリーと一緒に行動した方が良い。」
「我が共に行動すれば、黒騎との伝達も可能だ。
何か合っても対処出来る。」
二人は紫翠の案に同意し、二組に分かれて行動を開始した。
ウィルはシルフィーの力を使って空を飛び、
ロドリーは足に装着してある魔石を使って屋根から屋根へと飛び移る。
その後ろに大きな身体の狼が続いた。
紫翠はその姿を見届けてから、
龍の翼で空を飛んだ。