第三十二話
フォードの国軍本部はフォード城の横に隣接されていた。
つまり、敵本陣の真横である。
『フォードはスルーしていくつもりだったんだけどなぁ…。』
だが相手が紫翠とウィルを感知してしまったのなら、
接触を図ってくるのは当然だろう。
『GPSみたいにOFFにする機能ないもんかね?』
ロドリーの内心は常に落ち着いていた。
正直言って、焦る要素が無い。
龍を相手にするのは自分単体では不利であり、勿論死ぬ可能性がある。
だが、こちらにはそんな龍の中でも最強クラスの紫翠がいる。
『しかも、紫翠が、俺の為に、海砡を…。
あぁ、俺めっちゃ大事にされてる!』
武器として愛用し、時には偵察や助言もする。
つまり、紫翠の片腕。
そんな存在を自分に貸してくれたという事実。
ロドリーはその幸せを噛みしめていた。
そんなロドリーの後ろを歩く紫翠は周りに意識を向けていた。
ルークが率いてきた国軍は全員ポーン兵であるのは一目瞭然。
そして、龍化の力を持っているのはルークのみ。
フォード全体の感知は出来ないが、すれ違う国民の中にも龍の存在は感知出来ない。
『この国もまた、プラルと同じように王族が儀を管理し、
血の濃い存在を取捨選択しているようだな。』
昨晩の様子からして、多くはクァバリ化し、野放し状態。
大陸はプラルと段違いの人口に比例するようにクァバリも増加する。
王族はそれを対策する事なく放置。
『300年、リアンの言っていた数字が確かであれば、
良くもまぁ放置していたものだな。』
夜しか被害が無いとは言え、
クァバリの存在は厄介なものだろう。
それを放置するのは国としては不利益を被らないのだろうか。
そんな考察をしている間に国軍本部へと到着した。
奥の部屋に通される間にすれ違ったポーン兵、
プラル程は白と黒の間に壁は感じない。
しいて言うならば、誰の元で動いているかという事だろう。
ウィルが昨晩会った、ナイトとビショップ。
この二人とルークの間には大きな差がある。
「さて、一人ずつ素性をお話し頂けますかな。」
通された部屋の机に踏ん反り返るようにして座ったルーク。
その言葉は丁寧だが、態度はあまりにもこちらを舐めた様子だった。
「ロドリー・フェリカス。
歳は23、プラル国ナイトをお任せ頂いております。」
ルークの隣に立つポーン兵が書記を担当しているのだろう。
紙に書きだす音が響く。
「フェリカス…あぁ、ディアス・フェリカス殿のご子息か。」
「はい。」
「それにしては似ておりませんな。
父君にお会いしたのはまだ互いに若い頃ではあったが、
少なくとも眼も髪も黒では無かったと。」
「自分の容姿は母に似ております。
性格は不本意ながら父に似ているとよく言われますが…。」
コツ、コツ、
ルークが机を爪で叩き思案する。
何か引っかかるのだろうが、だがロドリーは堂々とした姿勢を崩さない。
読めない物を思案しても時間の無駄だと判断したルークは、
指をウィルに向けた。
「ウィル・ホーク。
歳は12…プラル国出身です。」
「兄弟は?あと…軍に所属は?」
「姉と兄が…兄はプラルに残って、姉と僕、ロドリー様の三人で旅をしております。
姉とは義姉弟ですので血の繋がりはありません。
それと、魔術が少し使えますが、軍に所属はしてません。」
コツ、コツ、
机を叩く音は止むことが無い。
ルークはじっとウィルを見つめたが、
それ以上問い詰める事なく、指を紫翠に向けた。
「紫翠、歳は18です。」
『5歳年下!!…ってかそれだけ!?』
内心、一瞬だけ邪な感情が過ったが、
ロドリーは紫翠の発言の短さに少し驚く。
ルークもその点が気になったようで、机を叩く指を止めた。
「そこの少年と義姉弟であるとの事だが、
珍しい名前をしておりますな。」
「元は孤児でありましたので…。
珍しい名前は稀にある事でございましょう?」
「気になるようでしたら、プラル国にお問い合わせください。
リアン様もディアス様も我々の旅をご存知です。」
紫翠の言葉に被せるように、ロドリーはルークに言葉を発した。
ルークはまたコツ、コツ、と机を叩きだす。
しばらく無言で何かを思案していたが、
不意に立ち上がり部下に指で外に出るように指示をする。
「しばらくこちらの部屋にてお待ち頂く。
勿論、異論は認められません。」
そう言ってフォード国軍は全員、紫翠達三人を残して部屋から出て行った。
ロドリーとウィルは深く息を吐いて肩の力を抜く。
手近なソファーに深く腰掛けて天井を見上げる。
ルークの言っていたしばらくとはどのくらいか…、
きっとこの国のクイーンに報告しに行っただろう。
ならば彼らが何らかの行動に移るのは明白。
ギシ_
ソファーが軋む音に反応して、ロドリーは目線を正面に戻した。
深紫の瞳とかなりの近距離で目が合う。
紫翠がロドリーの身体を挟むように膝を置き、
片手は紫翠自身の身体を支える為にソファーの背もたれに、
もう片手はロドリーの頬へと触れ、その手は滑るように耳まで撫で上げた。
「お姉ちゃん。」
「わかってる。」
『何を!?』
ロドリーの心の声など二人には届かない。
いつの間にこの二人は言葉を交わす必要が無い程に以心伝心するようになったのか。
今、人がこの部屋に入って来れば、
まるで女に押し倒された男状態に見えるだろう。
もしくは子供の前でイチャついてるカップルか。
紫翠の腰まである長い黒髪が、
ロドリーの胸元に一房零れ落ちる。
ずっと女性と接する機会が無かったロドリーにとって、
それだけで胸が締め付けられる程高鳴る。
少し目線を下に移せば、
動きやすさを考えて少し短めにデザインされたスカートから白い太腿が目に入る。
これ以上の接触は心臓に悪い。
寿命が縮む気がする程に心拍数が跳ね上がる。
「あのー紫翠さん。
ちょっと離れられます?」
「・・・。」
ガン無視。
無言で左頬辺りを見つめている。
なすがままになるしか無い。
頬が熱くなるのを感じる。
きっと顔は少し赤くなっているだろう。
『はぁ、貴方はどんな時でもそんな厭らしいお気持ちになるのですわね。』
頭の中で、盛大なため息と共に悪態をつかれる。
海砡からの接触は唐突であるが故に心の準備が出来やしない。
『でも仕方ありませんわ。
黒騎様に魅入ってしまうのは貴方だけではありません。
祖国でも大勢の殿方を魅了し、よく言い寄られておりましたもの。』
『そうでしょうね。』
こうしている間も、紫翠は自分に触れ続けている。
悠長に会話している程の余裕は心にない。
そんな事情を察してか、海砡は一度咳払いをして本題に入る。
『さて、黒騎様がこうして貴方を誘惑しているような行動に出ているのは、
わたくしを通して貴方にお伝えする事があるのは既にお気づきかしら?
それにすら気付いてないような馬鹿ではないと思いたいのですが、
とりあえずお伝え致しますわ。
先ほどまで居たルークは、現在クイーンの元に移動中のようです。
自身では判断がつかなかったので指示を受け取りに行っているのでしょう。
他の者に任せない辺り、黒騎様とウィル様が龍人である事を隠し通したいのでしょうね。』
ルークの所在を聞いた時、
ドアの方にほんの少しだけ意識を向ける。
微かな話し声、声の質、声の数、2~3名程度の見張りしか着いてないように感じる。
もしこれが本当に見張りの役というなら、軽視しているとしか思えない。
この部屋の壁は薄い。
普通に会話していたら彼らに筒抜けだろう。
万が一の事を考えて紫翠は声を出さずして俺に情報を伝える為に、
このような行動をしたのだ。
『さぁ、ここからは貴方が考える番ですわ。
今ここで暴れまわって次の国に行くか、
こっそり抜け出して次の国に行くか、
敵が戻ってくるのを待って倒してから次の国に行くのか、
黒騎様は貴方に判断をお任せするとの事ですわ。』
ちらり、と背けていた眼を紫翠に向ける。
深紫の瞳と視線が交わった時、
心拍数は通常に戻っていた。




