第二十六話
窓際に設置されている椅子に腰かけ、
地図を机に広げながら今後の話をしている時、ふとウィルが立ち上がって二人に問いかける。
「少し、近くを散策してきても良いですか?
商業の国なので、色々と見て回りたいんです。」
「んー…ウィル坊が強くなってるのは理解しているが…。」
ウィルに用意してもらった紅茶を口に含んで思案するロドリー。
その様子を見ていた紫翠は口を開く。
「シルフィー、ウィルの事を任せたよ。」
「お任せ下さい。」
ウィルの肩に乗っていたシルフィーが石の姿に戻り、革袋の中に入った。
紫翠の言葉に嬉しそうに笑顔を見せて「行ってきます!」と言って外に駆け出して行った。
「ちょっと紫翠さーん?勝手に御許可しないで頂けます?」
まるでどこかのご婦人が怒っているかのような口ぶりで話すロドリー。
カップを持つ手は小指を立てるこだわり付き。
その姿にクスリとも笑わない紫翠は紅茶を一口飲んで机に置くと、
「君は、私個人に話す事があるのだろう?」
窓から入る光でほんのり紫がかる髪、
この世界の価値観では無く、一個人としての感覚ではかなりの美人。
しかも、ふと視線を逸らせば俺とウィルが寝る為のベットが2つ。
「だからすぐに許可をせず少し考えていたのでは、と思ったのだが…違ったか?」
黒に近いほどに深い紫色の瞳、
肌は色素が薄いのではと思わせる程に白い。
「ロドリー?」
潤んだ口元から出される俺の名前、
まるで誘われているかのような音色。
聞くだけで胸がほんのり熱くなっていく。
「黒騎様に見惚れるのは分かりますが、
いい加減にしないと蹴り飛ばしますわよ!」
大鷲の姿をした海砡が机を強く足で叩く。
振動で置かれていたカップがガチャっと音を立てて揺れた。
「あぁ、すまん。
そう…話がしたかったんだ。」
頭の中に一瞬だけよぎった邪な考えを振り払うかのように、
少し頭を振ってロドリーは話を進めた。
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流石フォード、プラルでは手に入らない食材が多い。
だがモルモルも販売しているがプラルより若干高い。
『まぁ…同じ価格で販売するはずはないよね。
持ってきて良かった。』
モルモルの隣の果実を手に取って思案する。
この赤い果実はモルモルと同様に日持ちするので持ち歩く事が出来る。
「これなら食べれるかな…?
おじさん、リル2つ下さい。」
お代を払ってリルを2つ鞄の中に詰めて次の店に行く。
ある程度の食料は蓄えてあるが、
次の国であるファランディオは話によるとほぼ登山のような道のりになると聞く。
日持ちのする食料をなるべく用意しておく必要があるだろう。
いらっしゃいませー。
『僕に時空間系の魔術が使えたらもう少し物を多く運べるんだけど…。
後で魔術店にも行ってみよう。』
ありがとうございましたー。
干し肉、缶詰、飲み水、鞄に詰めるだけ買って店を後にする。
通路の端に設置されている案内板を見ると、魔術店が軒を連ねているエリアがあった。
ここからはそう遠くない。
ウィルは鞄を背負いなおして歩きだす。
魔術店が並ぶ場所は歩いている人も若干違った。
誰もが魔石を身に付けている。
まるで宝石を身に付けるかのように、指にいくつもの魔石が填めこまれた指輪をしている人もいた。
『なんだかキラキラしてる人が多いな。。。』
そう思いながらもウィルは手近な魔術店に入ったが、
店主はウィルの事をチラリと見ただけで来店の挨拶も何もない。
子供に買える代物は無いと思われているのだろう…。
確かに、眼に入る石はどれも高価といえる価格でプラルより質も高い。
「あの…時空間系の魔石って置いてますか?」
「は?坊ちゃん、時空間系っていや魔石の中でも一番高価だぞ?
なんの用途に使うのか知らんが、簡単に買える代物じゃねぇな。」
そこまで聞いてウィルは落胆した。
なんとなく感づいていたがやはり買えるような値段では無いようだ。
お礼を言って立ち去ろうとしたウィルの頭にほんのり温かい何かが乗る。
「買えるか買えないかではなく、あるのか無いのかを聞いております。
確かに貴方からしてみればこの方は子供ですが、お客様なのは違いありませんでしょう?
その態度はいかがなものかと。」
ウィルの頭の上でシルフィーが器用に前足で腕組みをして仁王立ちしていた。
「精霊!?」
シルフィーの姿を見た店主が眼の色を変えて前のめりになる。
その姿を見てウィルは若干の危険を感じ始めた。
店内にいる客もこちらを凝視している。
「お…お客様、良ければ店の奥にお入り下さい。
きっと御所望の魔石がありましょう。ですがなにぶん高価な物なので店頭には置いておりません。」
そう言いつつ店主は近くの魔石に手を伸ばそうとしている。
その姿を見てウィルは店を出る決意をした。
「いえ、やっぱり大丈夫です。
子供の僕がそんな高価な物を買うのは無理ですからっ」
そこまで言ってシルフィーを抱きかかえて出口まで走る。
逃すまいと店主が何かの魔石を発動させ、ツタのような植物が出口を塞ぎ始める。
ウィルは子供特有の小さな体をまだ塞ぎきっていない隙間に滑り込ませるようにして外に出た。
行きかう人々が何事かとウィルの方を見るが、なりふり構わず走る。
悔しそうに顔を歪めた店主が店先まで出てきたが、
人前ではさすがにこれ以上追う事は出来ないようだった。
人通りの少なくなった路地で壁に背を預けて息を整える。
抱きしめられたままだったシルフィーは申し訳なさそうにウィルの顔を見上げている。
「大丈夫だよ。中にいて。」
ふわりと頭を撫でられたシルフィーは石の姿に戻り、袋の中に入った。
それを見届けてからウィルは辺りを見渡す。
ここが何処なのか見当がつかない。
日が暮れ始め、影が増える。
儀を済ましているおかげで、紫翠の気配を方角的に知る事は出来る。
『けど…どう見てもこの道は進んじゃマズイよね。』
視線の先に広がるのは薄暗い道。
___一歩裏道に入ると無法地帯。あんまり長居はしたくない国だ。___
ロドリーの言葉が頭をよぎる。
だが大通りまで戻ってから正しい道を探していては夜が更け、クァバリの活動時間に入る。
『迷ってる暇なんてない。
相手をするなら、クァバリより人の方が良い。』
ウィルは早歩きで道を進んだ。