第二十二話
本をパタリと閉じたリアンは眉を下げて言葉を続ける。
「歴史書に、記載されているのはこれだけ。でも実はまだ先がある…。
事実かどうか不明…聞いた事があるだけの歴史の一部。」
そこまで言ってチラリと紫翠に視線を向ける。
心配そうに見えるその視線の意図を察した紫翠が口を開く。
「言え、私は平気だ…再洗脳されて暴走する事は無い。情報は多くあった方が良い。」
「……『白王の首を取る事が出来た』と書いてあるけれど、黒王の首は取る事が出来なくて王都付近に幽閉したと聞いている。」
そこまで聞いて、全員がしんと静まり返っている中、海砡がケラケラと笑い始めた。
リアン達が意味が分からず頭を傾げていると、笑いの収まった海砡が声を弾ませながら話す。
「その歴史書、可笑しな点ばかりですわ。黒王が幽閉?黒騎様の事かしら?まず…黒騎様が生きている。
それは聖王様が生きている確たる証拠ですわ。」
「なんでそう言える?王が死んで、騎士が残るのは戦争でも有り得る話と思うが…。」
疑問を投げかけるディアスに海砡が笑いで肩を震わせながら答える。
「まず、聖王様は黒騎様以上の強さを持っているという事を頭に入れて頂かなくてはなりませんね。
そして、白龍である聖王様の命を唯一奪うには、まず黒龍である黒騎様の血と心臓が必要になりますわ。」
光を覆うのは闇、
白を覆うのは黒、
白龍にとって、黒龍の血は動きを封じ、心の蔵は魔力を封じる。
「龍の中で最も強き白龍は、その次に強き黒龍が死なねば近づく事すら出来ない。
故にその歴史書はお粗末な物語でありますわ。」
「そ…そうか。僕は幽閉されている黒王が存在するとしたら、今ここにいる紫翠の存在で世界の均衡が崩れるかと思って…。この歴史書が王族の見栄っ張りで書かれた物語なら良かった。」
「いや、その判断をするのは早計だ。」
紫翠が手に持っていたカップを机に置き、立ち上がる。
ウィルの膝にいた海砡を手に止まらせ、頭をなでる。
羽を膨らませて眼を細める海砡は気持ちよさそうだ。
「確かに、その歴史書は大半が間違っているだろう。
だが、もし龍人の誰かが幽閉されているとしたらそれはそれで問題だ。
下級龍を幽閉する利点が人間側にはない。子孫に残す意味を持つなら上級以上だろうな。
上級種なら単なる幽閉じゃ自力で脱出する事が可能だろうから、封印を施されていると予想しよう…。
封印の場合だと、餓死する事すら出来ずに約300年、幽閉され続けている事になる。」
そこまで聞いて海砡は眼を見開いて紫翠を見つめる。
その様子を温かい眼で見つめる紫翠は言葉をつづける。
「問題はそれだけじゃない。
均衡が保たれていた世界に、黒龍の私が突然現れたらどうなる?」
「均衡が崩れますわ…。」
撫でられながらも震えているように見える海砡の様子に、
ランスが首を傾げながら気になった事を聞くべく口を開く。
「その均衡が崩れるとか、世界が壊れる前触れとか…具体的にどうなる?」
「実際に起きた事ではない故、言い伝え程度しか伝えらぬが、
白龍は太陽、黒龍を月と考えると分かりやすいだろう。」
炎砡がヒラリと机に飛び乗ってランスに分かりやすく説明をしてくれる。
「世界が月で覆われ、太陽が無くなれば、
木々は枯れ作物が育たず他の生命も生きてはいけなくなる。
…後はこの世界だとクァバリが常時活動可能になる。逆に太陽で覆われ、月が無くなれば、
水は干上がり、田畑は荒れ、人は眠りを失うだろう。
だがそれは突然やってくるものではない。
少しずつ異変は現れ、気付いた時にはもう手遅れになる。」
「それだけ神龍の力が強大という事ですわ。
それを手に入れようとした人間は、とても愚か…。
龍人がその力を持っていたのはそれに値する器が合ったからこそ。
器に見合わぬ力はやがて滅びの一途をたどりますわ。」
「ちょっと待って、そんだけ強いならなんで人間に負けたんだよ?
いや、歴史書が間違ってるなら本当は負けてないのかもしれないけど・・・。」
ランスの言葉に紫翠は首を振り、分からないと伝える。
リアンは顎を手に乗せ、思案する。
一つ、案が思いついたようで本棚から紙を取り出し広げる。
それは大きな地図で、この世界にある国々の位置と勢力図が記載されていた。
大陸に4つの国…フォード、ファランディオ、メルティア、帝国ディラグノ、
そして大陸から少し離れた島国のプラル。
大陸を挟んだプラルの反対側にはもう一つ島がある。
国名は記されてはいないが、色別的に見れば帝国ディラグノの領土であることが明確だ。
「少し遠いけれど、メルティアは小国だが歴史の国とも呼ばれ、
どの国よりも古い書物を保管している巨大図書館がある。
一部閲覧禁止の棚があると聞いているけれど、もしかしたらその棚にもう少し詳細な事が書かれている書物があるかもしれない。」
「…途中フォードとファランディオを通る必要が出てくる。
空でも飛べたらあっという間なんだけど、この世界は空を飛べるのは鳥だけ。
紫翠みたいに羽生やしてびゅんびゅん飛んでちゃ相当目立つから飛んでいくのはダメ。
こりゃ…相当長い二人旅になるな~。」
途中、からニヤニヤしながら語尾を伸ばすロドリーに海砡の視線が刺さる。
そんな中、ウィルがベットから起き上がって手を上げる。
「僕も行く!」