第二十一話
リアンとウィルが眼を覚ました時、すでに日は落ちていた。
ウィルの意識が戻った事により自由に石から出入りが出来るようになったシルフィーは、
眼を潤ませながらベットに横たわるウィルの手に擦り寄る。
「また…心配させちゃったね。ごめんね?」
「何故ウィル様が謝るのです!私がもっと早く気付いてあの魔石を破壊していれば…。」
「いいえ、あれは誰の責任でもありませんわ。」
小鳥姿の海砡がウィルの膝辺りに降り立ち、穏やかな声で二人に言葉をかける。
「ウィル様はわたくし達にお会いした時、すでに洗脳状態。一度洗脳を受けた相手からの再洗脳はとても掛かりやすくなる。悪いのは洗脳したあのビショップとかいう男。貴女は悪くありませんわ。」
海砡の言葉にゆっくりと頷いてシルフィーを優しくなでるウィル。
三人の様子を伺っていた炎砡が紫翠に向き直る。
「黒騎、これからどうする。この国に長居するのか?」
炎砡の言葉に反応した一同が紫翠に視線を向ける。
「いや、気になる事がある。この国というよりこの世界を知る必要がある。ここに長くは滞在するつもりはない。」
「ならばうちの倅を連れて行くと良い。頭は悪いが腕は立つ。」
肩に手を置かれたロドリーは驚愕した様子でディアスを見上げる。
「いやいやいやいや、今この国がどうなってんのか分かって言ってんのかよ!?
王族が二人居なくなって、リアンしか残ってないこの国が今後どんなに大変か想像つくだろう!
そこでナイトの席まで空席になったら…」
ロドリーが声を上げたと同時にディアスが鬼の形相で腕を締め上げる。
ミシミシと鳴る自身の腕に絶叫していると紫翠が無表情のままポツリと言葉を発する。
「いらぬ。」
バッサリと切り捨てるかのような言葉に皆が固まる。
ロドリーに至っては若干泣き顔である。
紫翠は気にせずホットミルクに口を付けて一口飲んでまた口を開く。
「自分で言うのもアレだが、私はこの中で一番強い。むしろこの世界で私に勝る者が居るとも思えん。
腕っぷしだけの頭の悪い者は足手まとい。いらぬ。」
「お・・・俺そこまで頭悪くないと思うけどー…。」
「ならば名を利用したらいい。このプラルはそこそこ国軍が強いと言われておる。
これでもこやつは『黒の剣将』なんて二つ名持ち…そっちの世界での価値観は分からんが、あんたの存在は目立つからな。隠れ蓑にしたらいい。」
そこまで聞いて紫翠はなるほど、と言って思案しだした。
その様子を見ていたディアスはロドリーに軽く耳打ちする。
「ここまでお膳立てしたんだ。後は上手くやれよ。」
ロドリーは顔を上げてディアスを見つめる。
互いが目で語るように頷き合う。
ディアス、俺の恋を応援してくれるのか!
感動したロドリーは意気込んで立ち上がる。
そして自分を連れて行く事の利点をプレゼンし始めた。
「そうだな、ルークの言う通りだ。俺を連れて行けば『ナイト』という位を利用できる点が沢山あるだろう。それに君はこの世界の地理に詳しくない。全てを知っているわけではないが、俺は護衛の任でそこそこ他国への訪問経験がある。案内役を務める事も出来る。」
ロドリー・フェリカス、年齢23歳、彼女いない歴23年。
今を逃して次の好機など現れるものか…。
そんな心の内側を察しているのか、小鳥からの視線が何だか痛い。
「確かに、右も左も分からない私が1人で歩くよりも、多少は詳しい者が同行していた方が効率的…。だが、私が龍人である以上…敵になる相手もまた龍人。人間である貴方にはかなり危険が伴うけれど…。」
「構わない。万が一、途中で俺が死んだらそのまま捨て置いて先に進むと良い。」
「……わかった。同行をお願いする。」
俺は表に出さないように、内心ガッツポーズをとった。
頭の中はお祭り騒ぎである。
会話の様子を静観していたリアンがルージュの手を借りてベットから立ち上がり、
一つの本を本棚から取り出す。
「気になっていた事があるんだけど、良いかい?」
その本は古書なようで、紙が少し薄汚れている。
リアンがページをめくりながら質問をする。
「確か、君の名は紫翠と言ったね。けれど君に従う聖獣は君を黒騎と呼ぶ。それは何故?」
「代々黒龍に継承される官位の名ですわ。この国で言えば、ルークの位が当てはまると思いますわ。」
「では、その上にあるキングは?」
「聖王と呼ばれ、もう1体の神龍である『白龍』が聖王になりますわ。」
そこまで聞いてリアンはページをめくる手を止める。
そして、あるページを一読みして顔を上げる。
「その神龍と呼ばれる2体は、それぞれ1体しか存在しないのか?」
「もちろんですわ。下級・上級までの龍は複数存在しますが、神龍がそう何体もいるわけがありませんわ。白龍と黒龍は双龍とも呼ばれ、対をなす存在。この均衡が崩れたら世界が壊れる前触れと言われておりますわ。」
「そしたら…この世界は緊急事態かもしれない。」
真っ青な顔で語るリアンの歴史書の内容は、
王族のみに知らされている歴史。
___約300年前、人間は大きな勝利を得た。
龍人の血肉を口にし、絶大な能力の向上をした戦士達は、
龍人の住まう大地を蹂躙し、白王の首を取る事が出来た。
多数の犠牲者が出たが、人間にとっては歴史的な大勝利と言える。