第二十話
洗脳時特有の暗く、自身の意思が眠っている虚ろな瞳。
赤鱗の陀龍の眼は正しくそれだった。
「お前、姿が見えないと思ってたらこんな所で…何を企んでる。その陀龍、リアン様だな?」
ロドリーがビショップを睨みつけ、問いかける。
だがビショップは全く臆することなく厭らしい笑みを浮かべたまま語る。
「私の位置するビショップの位は、代々王族の秘密を知り、その手伝いをする立場でした。
それ故に、ルークよりも優遇されている所もあった。なのに、それが突然覆され、犯罪者扱いにされるのはごめんです。なので、私のやり方でこの王族制度は継続させます。」
そう言ってビショップは黒の魔石に力を注ぐ。
ロドリーはその魔石を破壊する為に前に出ようとしたが、何者かに腕を引かれた。
「ウィル坊…?」
虚ろな瞳をしたウィルがロドリーの服をしっかりと握っている。
その力はとても強く、ロドリーの腕は締め付けられ、少しだけ苦痛に顔が歪む。
首元に巻き付いていたはずのシルフィーも姿が見えず、床に深緑色の石が転がっている。
「ナイト…動くことはおすすめしませんよ。私は別に構いませんが、その子…いつでも舌を噛み切らせる事が出来ますよ?」
「ビショップ、貴様…自身が何を言っているのか分かっておるのか?
ここでリアン様とウィルを洗脳しようと、民は王族の罪に気付き始めている。
今さらなにをしようと、変わる事無いぞ。」
ディアスの言葉にビショップは口元を歪ませて嬉しそうに、楽しそうに、口を開く。
「王族の罪は、先に死んだあの二人に背負わせれば良い。王族の罪に心を痛めたリアン様は父と兄を殺すことを心に決め、強者達に秘密裏に依頼をした。その強者達は激闘の末勝利を得たが負傷し、命を落としてしまった。リアン様は彼らを英雄と称え、王族の長年の罪はそこで幕を閉じた。めでたしめでたし。」
語られる未来、その英雄と呼ばれる強者が誰を指すのか、
リアンの口が開き、炎が蓄えられていく事でそれは誰にでも理解出来た。
操られているウィルはロドリーの腕を解放し、ビショップの隣へと移動する。
「この子はどうやら龍の儀を受けたようですね…有効利用させてもらいましょう。
どうせ、そこの純血様はこの炎でも、私の洗脳も効かない…なら、この子に殺してもらいましょうか。
それともこの子の命と引き換えに奴隷にでもなってもらいましょうか。」
心を黒く染めてはならない。
どんなに不快な言葉を並べられようと、私は平静を保たなくてはならない。
「君の思い通りに事が運ぶと良いな。」
「なりますとも。」
ビショップの声とともに、リアンの口に蓄えられた炎は渦となって紫翠たちに襲い掛かった。
炎に包まれ、姿の見えない皆に、操られているウィルは無表情のままほんの一筋だけ涙を流した。
この子供を使えばきっと純血はどうにでも出来る。
リアンを使えばこの国を私の好きなように出来る。
なんて素晴らしい事だろう!
部屋には炎が踊る音と、ビショップの笑い声が響く。
「貴様、それでも武将なのか?」
炎の渦が割れ、全員が無傷なのが露わになる。
先頭に立つ狼がクククッと少し笑いをこぼす。
「あまりにも愚策すぎて話にならん。それに我が居る限り、炎でこやつらを燃す事は出来んぞ?
それに、貴様は3人しか注意を向けておらん。それでは負けるのも当然だ。」
「…炎の精霊でしたか。ですが、こちらに人質がいる限り精霊も手出しは出来ませんよ?」
「お前失礼なやつだな。」
ビショップの背後から声が聞こえたかと思うと、手元の黒魔石に電気のような衝撃が走る。
「あいつは精霊じゃなくて、聖獣様なんだってよ!」
炎砡の操る炎の中に紛れていたランスが剣を突き出し、黒魔石を割った。
一瞬、電気のような衝撃が走ったのは剣に静電気を纏わせていたからだった。
2つに割れた黒魔石はビショップの手から落ち、床に落ちた衝撃で粉々になった。
魔石が割れた事により、洗脳のとけたウィルが膝から崩れ落ちた所をランスが支えた。
龍から人の姿に戻ったリアンは床に横たわっており、ディアスが駆け寄り抱き起す。
眠っているだけのようで一安心したディアスはビショップを怒気を含んだ目で睨みつける。
「ルーク、俺がやる。」
一振りの刀を持ち、一歩、一歩、とビショップにロドリーが近づく。
もう黒魔石は無い。
焦ったビショップは指輪として装備していた他の魔石を使って攻撃を試みるが、
力を込めようとして振り上げた右腕は既に手首から先が無かった。
「どこ見ている?」
既にロドリーはビショップの懐に入っており、刀を振り上げて左腕を切りつけた。
断末魔、それと呼ぶに相応しい叫び声だろう。
痛みで正気を保っていられなくなったビショップは床を転げまわり、まるで芋虫かのように這いずって逃げようとする。
「お前にビショップの位は似合わねぇよ、クズ野郎。」
ビショップの背を踏みつけ、刀を振り下ろして断頭した。
一切の迷いなく断頭した師の姿に、ランスは息を呑む。
それと同時に安堵した。
(ウィルが気を失ってて良かった_______。)




