第十八話
王宮…王が住まう宮殿の事。
島国プラルの王宮は帝国ディラグノに引けを取らぬともいわれる程、壮健な造りとなっている。
「ずいぶんと美しい門構えだな。」
紫翠は眉をしかめて呟く。
例えどんなに美しいとしても、多数の犠牲が存在した事を知ってしまっては、
その美しさに感動する事すら出来ない。
「黒騎様、また洗脳されぬように心を落ち着けて下さい。わたくしといえど何度もあれを解除出来るとは到底思えませんわ。」
洗脳は心の隙間を利用して相手の身体を乗っ取る。
怒りや憎悪に気を取られさえしなければ、ある程度の洗脳には対抗出来る。
遠隔であれば尚の事、洗脳は困難。
つまり、紫翠が精神を安定させ、怒りや憎悪にとらわれなければ基本的に大丈夫となる。
「あのがっじーらにはもう会いたくねぇな…」
一行の先頭を歩くロドリーは苦笑しながら階段を上る。
門兵は人間4人、犬一匹、小鳥一羽、鼬一匹という異形な組み合わせではあるが、
ナイトであるロドリーが連れている一行という事で安易に王宮内に入る事が出来た。
「お姉ちゃん、なんだか不思議な感覚なんだけど…。」
子犬姿になった炎砡を抱えたウィルが首を傾げながら王宮の中を見つめる。
「王宮内にぼんやりと気になるというか…違和感というか…変な感じがする所がある。」
「それはこっちか?」
紫翠が王宮の右斜め前の壁を指差すとウィルは頷いてみせた。
その様子を見ていた海砡が紫翠の肩から喜びの声を上げる。
「素晴らしいですわ!まだ儀から数時間しか経っておりませんのに、感知する事が出来るなんて!」
「そのうち違和感からはっきりとした感覚になっていくと思うが、ウィルの感じている違和感は同種の気配。つまり、私やウィルと同じ龍化の力を目覚めさせている者という事になる。」
紫翠が歩きながら龍人族についてウィルに一つ一つ教えていく。
感知の力は儀を受けたあと一番に習得する能力であるが能力には個体差が発生する。
翼を持ち飛行に特化した飛龍種、
硬い鱗で防御に特化した硬龍種、
鋭い爪で攻撃に特化した抓龍種、
魔術・魔防系に特化した陀龍種、
この中で一番感知能力が上昇しやすいのは陀龍種。
リックの龍化は抓龍、攻撃に特化しているが下位の龍種。
キングの龍化は抓龍の上級種になる火龍となる。
龍種は派生が多いが例外である最上位の種以外は基本的に4つの種に属する。
「さっきウィルの儀をやってくれたリアン様は感知する能力が高いって言ってたけど陀龍種になるのか?」
「陀龍種は蛇のように長い胴体が特徴だ。私は見ていないが、三人は見たんだろう?」
「リック様と違う細長い胴体だったから陀龍種だろうな…。」
「綺麗な赤い鱗の龍だったよ。」
兄弟がリアンの龍化を思い浮かべながら話す。
話ながらも歩みは止めず、紫翠とウィルはとある扉の前で停止する。
中からは複数の女性の声がかすかに聞こえる。
「ここは…浴場だな。なんでココで止まる?」
唯一、王宮内を知っているロドリーが頭を捻る。
しかもここは女浴場である。
「それは…多分すぐ理解できる。」
紫翠が答えた時、カチャリと扉が小さく開き、赤い瞳がチラリと此方を覗きうかがう。
紫翠とウィルの姿を確認し、赤い瞳の女性は扉をちゃんと開いて姿を現す。
「もしかして、ディアス様の言っていた王族を上回る力を持った龍の方ですか?」
「こっちの黒髪の女がそうだが、君は誰だ?メイドでも見た事ない…。」
ロドリーが警戒し、手をそっと腰の刀に添える。
「君のような知り合いがいるとはディアスから聞いていない。それに国民の顔は見覚えがあるかどうかぐらいならわかるが、君を見た事は無いと断言できる!そのルビーのような赤い瞳、白くて滑らかな肌、細い手足…。君のような女性を、この俺が、忘れるわけない!」
真剣な顔で発言するロドリーを一行は引いた眼差しで見つめていたが、
赤い瞳の女性は顔を真っ赤にして眼を潤ませている。
その表情は実に悔しそうな、怒っているようななんとも言えぬ表情だ。
「ロドリー様!この方々はディアス様がお連れになったのは確かですよ!」
奥から筋骨隆々なメイドが4人もぞろぞろ現れた。
メイドの後ろには赤い瞳の女性同様、線の細い女性が5人もいた。
ただ彼女と違うのはまるで人形のように、自身の意志で動いているように見えない事。
「あまり良い食事を与えられておらず、皆このようにやせ細っておいでなのです・・・。
こちらのルージュさん以外の女性達はもっと酷い目に遭われたようで…湯浴みのお手伝いをしておりましたが心が痛くて痛くて…。」
その女性達を見た時、ウィルは胸が締め付けられるように少し苦しさを感じた。
王宮の入り口からずっと違和感として女性達の存在を感じていた。
そして目の前にして、自分と同じ力を持つ存在だという事がひしひしと伝わる。
これは龍人族としての本能なのかは分からない。
それと同時に、心から湧き上がる感情。
つらい。
やせ細った女性達を見て、ウィルの瞳からはぽろぽろと小粒の涙がこぼれていく。
ウィルの様子を見た赤い瞳のルージュは視線を紫翠に移す。
「この子はまだ目覚めたばかりだから、いろんな感情を受け取ってしまいやすいんだ。
君にも経験があっただろう?」
それを聞いたルージュは納得した様子で綺麗な布でウィルの頬を拭うために膝を折る。
そしてなだめるように微笑みかけた。
「泣けなくなった彼女達の代わりに泣いてくれてありがとう。」
その言葉を聞いてウィルはやっと理解した。
何故か湧き上がる辛い、悲しいといった感情。
それはやせ細ってしまった同族の女性達の外に出なくなった感情。
深く辛い悲しみは、涙として消費する事しか出来なかった。




