第十五話
正直、実感がない。
自分が人間では無い事に。
でも真っ白の精霊も、紫翠のお姉ちゃんも、この国の人達は人間では無いと言った。
まだ半信半疑な気持ちのまま、ウィルはロドリーにしがみつく。
全力で走り続けるロドリー自身も気持ちは複雑だった。
「ろ…ロドリーさまぁぁあ、あてはあるんですかぁああ?」
「ディアスの事だ…まずは中央広場に誘導した国民の様子を見る為に寄るだろう…
もうすぐだ!舌噛むから閉じてろよ!」
ランスの声に、悩んでいる暇が無い事を思い出し、心を奮い立たせる。
広場が見え、人影が見えたロドリーは脚に力を込めて大きくジャンプする。
中央にある噴水の装飾に器用に着地した。
「ここに、ディアスはいないか!?」
突然現れた三人に周辺の国民達は驚いて後ずさる。
ロドリーの突然の出現に驚きつつ、白のポーン兵は彼の質問に答える。
「ディアス様ならそこの角の教会内に…リアン様と一緒におられます。」
その声を聞いたロドリーはまた大きくジャンプして教会前に着地する。
ドアを強く叩くと中から黒のポーン兵が顔を出す。
ロドリーだと確認すると中に招き入れた。
「ロドリーか…向こうはどうなっている?」
「最悪だ…だが悠長に話している余裕はない。リアン様。」
奥の席に座るリアンに近づき、立ったまま話し出そうとする。
その様子に、ディアスはルークとしてロドリーに注意しようとするが、リアンが片手をあげて制した。
「ロドリー、きっと君は知ったのだろう…。王族の残忍さを…。
僕が謝ろうと、長い年月をかけて積み重ね続けた王族の罪は消える事無い…。」
リアンの言葉にロドリーと兄弟以外は首をかしげている。
話のほとんどを知らないディアスも同様に眉をひそめている。
「父と兄は死んだのだろう…。」
「良く分かったな。」
「僕は龍と言ってもそんなに強くはない種なんだ。代わりに、感知する能力が王族の中で一番高い。
二人の気配が消えた事はここからでも分かったよ。そして、あの純血種がどういう訳か力を暴走させているんだね。」
「そこまで理解出来てるなら話が早い。」
ロドリーは早口で必要な事のみを簡素に伝える。
それを聞いた周りの兵は狼狽えているが、ディアスとリアンは真剣に聞き続けた。
「分かった。それが僕に出来る唯一の事…外に出よう。ココでは狭くて儀が執り行えない・・・広場もなるべく広くあけて欲しい。後は…大きな布も出来れば用意して。」
ポーン兵が広場に集まっている国民に対して誘導し、場所を広く開ける。
その間、ディアスはロドリーから聞かされた言葉を頭の中で復唱し、考えていた。
王族の長きに亘る隠蔽工作
それに加担していたのがビショップなのは明らか。
つまり民を守るはずの王も、軍も、裏切っていた事になる。
この事実を知って、国民に理解を得られるとはとても思えない。
今は会場で起きている危機を乗り越える事が先決ではあるが、
その後、この国はどうなるのだろうか…。
「ディアス、これが終わったら話がある。一緒に来てほしい。」
リアンの今までとは違う凛とした様子に驚きつつ、ディアスは頷いた。
そしてリアンは準備の出来た広場に立つ。
「ごめんね。僕はあまり人前で龍化するのに慣れてないから隠させてもらうよ。」
そう言って大きな布を頭からすっぽりと被った。
最初は人型とわかる膨らみだったが、徐々に大きく、そして長く、布は膨らんでいく。
王族はめったに国民の前で龍化しない。
しかもリアンは家族以外の前で龍化する事が初めてだった。
そのせいもあり、国民も兵士もリアンに視線を集中させている。
「父や兄のように立派な姿では無いから、あまり期待しないでおくれ。」
そう言って布の中から出てきたのは、
蛇のように長い身体に赤い鱗を持った龍だった。
四肢は巨大な身体を支えるには細く感じ、龍としての力強さは感じない。
だが、その姿は艶美さを感じさせる。
「ウィル、こちらに…。」
リアンの言葉に従い、恐る恐るウィルは前に出る。
「この姿が怖い?ごめんね。儀は本来『祝福の儀』と言って、新たな龍の誕生を他の龍が迎えるのが本来の内容で、迎える側の龍は龍化が絶対なんだ。」
「ちょっと待て、紫翠が儀を行わないと力が暴走すると言っていたが…もっとこう…深刻そうな内容じゃないのか?なんか…成人式みてぇなんだけど。」
「儀が行われない龍は祝福されない龍。疎まれる存在として堕ち龍になり下がる。自我を失い、陽の光を浴びる事が出来なくなる。」
その言葉を聞いて、ウィルの顔が曇る。
「堕ち龍となった人も僕も疎まれる存在だったんですか…?」
「それは違う。父や兄を含む歴代の王族が行ってきた卑劣な行為は人の上に立つ者として、やってはいけない事。同じ王族であったくせにそれを止める事が出来ず傍観していた僕も同罪だ…。それより、純血種の力が少しずつ強まっている…急ごう。」
リアンは頭を下げてウィルに角を触らせる。
茶色い角は表面が滑らかでツルツルした感触…ほんのり温かいのはリアンの体温が伝わっているのだろう。
ウィルが角の感触を味わっていると足元に小さな光が集まり、やがて円を描きはじめ、魔法陣となった。
「我が種族の血に祝福を…。」
リアンが呟いた時、足元の魔法陣はガラスのように割れ、粉々になった魔法陣はウィルの身体に突き刺さる。
そしてウィルの身体に吸い込まれるようにして消えていった。
「…終わりか?」
「終わりだ。」
あまりにもあっさりしているのでランスが確認するが、終わりで合っていたようだ。
弟が突然龍に変身するのかとドキドキして待っていたので拍子抜けしてしまった。
「砡に力を込めるのは向こうについてからの方が良い。いくら儀を受けて力を解放させたとしても、砡は負担が大きい。」
「ウィル坊、ランス、俺に捕まれ。さっさと行こう…オコジョが心配だ。」
頷いた兄弟をがっしり掴むロドリーはディアスを振り返る。
眼のあったディアスは意図を察して頷く。
「こっちの心配はいらん。…死ぬなよバカ息子。」
その言葉を聞き、ロドリーは口元に笑みを浮かべて全速力で去って行った。
屋根の上を軽々と飛び越えていく姿を見送り、ディアスはリアンに向き合う。
未だに龍の姿のままのリアンはディアスに馬に乗るように指示する。
「王宮へ・・・見てほしい物がある。民はこのまま非難を。最悪の事態を想定して海岸まで下がらせた方が良いと思うのだがどうだろうか。」
「異論ありません。全ポーン兵、警戒体制を取り、国民を海岸への誘導を開始、国民の安全を第一に考えて行動せよ。」
馬に跨るディアスの指示により、ポーン兵は動き出す。
国民は戸惑いながらも指示に従う。
民を見守るようにリアンはふわりと宙に浮いた。
「この姿は便利でね…羽が無くても飛べるんだ。行こうディアス。」
初めて見たリアンの龍化にディアスは戸惑いながらも王宮を目指して馬を走らせた。
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先ほど通った道を全速力で駆け抜ける三人。
兄弟はしがみつくのに必死だったが、ウィルが何かを感じ口を開ける。
「なんか!すっごく!嫌な予感がするよぉぉおおお!」
「なんかってぇぇええ、なんだよぉぉぉぉおお!」
力を緩めると振り落とされそうな速度に、自然と二人の会話は叫びながらとなっている。
ロドリーは慣れているので普通に話せるが彼らは今日が初めてなのだから仕方ない。
「嫌な予感て…あれか?あの、会場から飛び出てるでっかい翼の事か?」
建物の屋根の上を走っているので自然と目線が高くなったおかげか、会場の様子が少しだけ見える。
会場を出た時にはなかった漆黒の翼が見えるのだ。
もしもあれが紫翠の龍化だとしたら、あの精霊は本当に無事なのだろうか…。
出せる限りの全速力で会場に向かう。
そして、会場に着いた時に見えた姿を見て思った。
「おいおいおいおい……どこのダンジョンのラスボスだよ。」
彼らの目の前にはキングが龍化した火龍の何倍もの大きさの漆黒の龍が居た。