第十三話
会場内から聞こえる悲鳴に紫翠は無表情を貫いたまま考察をしていた。
何故、この男は龍化をしたのか
何故、皆が悲鳴を上げるのか
何故、私という存在を理解している者が少ないのか
そこから導き出される答えは一つ。
「あぁ、お前たちは私以上に己の事が理解できないほど衰退していたのか。」
紫翠の立っていた場所に龍の腕が振り下ろされ地面が抉れる。
だが、その地にすでに紫翠の姿は無かった。
紫翠はさも最初からそこに立っていたかのように振り下ろされた龍の手の上に立っていた。
「おかしいと思ったんだ。何故お前たちが王族ともてはやされているのかと。」
自身の手にのられ苛立つリックは紫翠を退けようと掃うかのように反対の手で攻撃をする。
衝撃で土埃が舞い視界が悪くなった中、何かがぶつかる衝撃音だけが会場に響いた。
泣きそうになりながらもウィルは会場の中心に目を凝らした。
「一つ聞こう。国民は誰一人として龍へ変化する事が出来ない。そりゃそうだ…血が薄い。
だが稀に血が濃く現れる場合がある。その場合、儀を執り行わずに放っておけば力が暴走を始めてしまう。
お前たちは血の濃い者をどうしていたんだ?」
会場の中心では片手で龍の手を受け止める紫翠の姿が合った。
だがその姿は先ほどまでの紫翠と異なる。
その姿に全ての者が息をのむ。
「角・・・?」
漆黒の角が彼女の頭から2本生えていた。
「察するに、お前たちの血が他の者より濃いという点を考えると子孫繁栄の為に捕獲。
必要のない性の者は殺すか捨てるか…それは私が彼に出会った所と関係ありそうだがな。」
紫翠の龍の瞳に宿る怒気にあてられ、リックは恐怖心からくるパニック状態になってしまった。
取り乱し、荒れ狂い、やみくもに攻撃するも全て紫翠には当たらない。
紫翠の声が聞こえない観客席では荒れ狂う龍の姿に怯え、逃げ惑い、混乱に落ちていく。
だがその中でごく一部の者は疑問を感じていた。
「ウィル坊…紫翠について知っている事を全部話せ。」
ロドリーの言葉にウィルは視線を合わせて頷く。
口早に知っている事を全て話すウィルに耳を傾けるロドリーとディアス。
ランスは殆ど把握しているが知らない部分が無いかどうか軽く聞いて意識は会場の中央に向けている。
ウィルの知りうるすべてを聞いたディアスはロドリーに目配せをし、自身の所有している魔石に魔力を注ぐ。
『白のポーン兵、観客を中央広場まで誘導を、黒はそのサポートと念の為魔法壁の準備。外への被害は最小限に抑えろ。』
ディアスの声が会場内に響き渡る。
彼の持つ魔石は拡声器のような役割を果たすようだ。
「俺はキングとリアン様の元へ戻る。」
真剣な眼差しで去っていくディアスを見送り、会場中央に目を戻した。
今もなお、リックは暴走を続けている。
「安心しろ二人共。俺の予想だと、紫翠は負けん。」
ロドリーはウィルの不安を少しでも無くそうと笑顔で話す。
その予想通り、しびれを切らし始めた紫翠がふわりとリックの顔の前まで飛び上がり蹴り飛ばした。
「私に対して正気も保ってられん下級龍が…お前では話にならん。」
観客が避難し終わった席に叩きつけられたリックはピクリとも動かなくなってしまった。
観客はもういない。
今いるのは国軍と王族、それと紫翠を知っている兄弟のみ。
「その力はなんだ?」
しん_と静まり返った会場内に、低い声が木霊する。
ずっと玉座に鎮座していたキングがゆっくりとした動きで立ち上がる。
「愚息とはいえ龍の血を引く者をこうも容易く……それにその姿。漆黒の角と翼、血が濃いだけでは説明つかん。」
「私は純血、混血のお前たちに負けるはずもない。」
血について何も知らない者たちは純血がどうのという話は分からない。
だが純血という言葉を聞いた時、王族である二人は眼を見開いた。
「純血だと?そんなはずはない。純血の龍など、この世にもう存在などせん。
濃い血同士を掛け合わせても血の維持しかできん。……それが嘘か誠か、どちらにしろそなたはここで死んでもらわなくてはならん。」
「…勝てると?」
「刺し違えてでも。」
傍に立っていたリアンの腕をつかんでディアスに押し付ける。
眼を見て理解したディアスはリアンを担いでその場から離れる。
「待ってくれディアス!」
「なりません。」
会場から去るディアスは一瞬ロドリーの方を見た。
眼が合うとロドリーは頷き、兄弟の肩を抱く。
「僕は行かないよ。二人で行けばいい。」
「…行かねぇよ。俺も確かめたい事があるからな。」
額に汗がにじんでいるが、ロドリーは真剣な眼差しで答える。
ウィルは会場から視線外さない。
そんな二人に、ランスは不安になりながらも会場を見つめた。
観客席から飛び降りたキングは着地すると同時に周辺が土煙で覆われた。
「王族以外、その力…持ってはならない!」
龍の雄たけびと共に聞こえた低い声。
土煙が晴れた時、その巨体が現れた。
「赤い龍…」
リックとは二回り以上大きい真っ赤な龍。
大きな牙の間から口内が常に火で満たされているのが分かる。
「火龍か、息子の抓龍より上級種だが…」
火龍の口から業火が紫翠に向けて放たれる。
何の防御もせずに受け止めた紫翠だが、無傷で業火の中から姿を出す。
「我が祖国では…他種族との交流は認めていたが男女関係を禁止していた。何故だと思う?」
黒い翼を羽ばたかせ、火龍の大きな瞳の前に立つ。
そして光の無い、冷めた眼で言葉を繋ぐ。
「人は過ぎたる力を持つと、他種を侵略し、争いを生む。そして、人間のその性質が我ら龍人族の血を穢し…心を穢す。」
「俺たちが穢れているというのか!」
背後から意識が戻ったリックが鋭い爪で切りかかる。
紫翠は振り返る事も無くそれを片手で受け止める。
「逆に何故穢れていないと思える?お前たちは民を欺き、己の権力を守るために民に同士討ちさせてたのだろう?」
「どういう事だ!」
民を守る者として、ロドリーは身を乗り出して紫翠に問う。
観客席から聞こえた声にリックは聞かれてはまずいと思ったのか雄たけびを上げながら観客席にいた三人に切りかかる。
だが次の瞬間、リックの爪は切り落とされ、その巨体は何者かに弾き飛ばされた。
「わたくしの眼が黒いうちは、ウィル様に手出しはさせませんわ。」
「俺の後ろにいろ。お前たちを守る事など容易い。」
巨大な青い鷲と赤い狼が三人の前に現れた。
海砡と炎砡がリックの攻撃を防いだのだ。
それを見守っていた紫翠は先ほどの続きを話し出す。
「見た事が無かったので初めは気付かなかったが、クァバリ…あれは血の濃い者が力を暴走させ、自我を失い、陽の光を浴びる事も出来なくなってしまった姿。」
「は…?」
「わからぬか?アレは、お前たちが必死に守っていた元国民だ。」
「待てよ!クァバリはまるで人の姿をしていなかったぞ!」
ロドリーの脳裏に浮かぶのは身体のあちこちから骨が露出し、腐敗臭のする異形の姿がよぎる。
彼の言葉を聞いて、紫翠は悲しそうな眼をして告げた。
「私もウィルもランスも国民すべてが、そなたとは違う。人間ではない…」
ロドリーの眼が、絶望にそまった_。