第十二話
Ⅳの勝者と紫翠の戦いはあっけなく終わってしまった。
正直言って、この大会一番の強者はラナン・ロルカムであり、他選手は彼女に勝てるかどうかわからないくらいの実力しかない。
本戦から観戦している王族達は紫翠の存在に驚いた。
そして、その強さに違和感を感じていた。
「ルーク、あの女は何者だ?」
「…見ない顔なので他国から来た者かと。」
恨めしそうに紫翠を睨んでいるリックに対し、キングとリアンは無言であるが、
リアンは明らかに何かに怯えた目をしていた。
それに気付いたリックはリアンの胸倉を掴んで問いただす。
「お前ならこの違和感の原因がわかるのだろう!?あの女は何者だ!」
「……僕たちより、ずっと濃い血の持ち主です。」
それを聞いたリックは眼を見開いて信じられないという顔をしていた。
胸倉を掴んでいた手の力も抜けてしまっている。
無表情で無言を貫くキングが手でルークを呼ぶ。
「ビショップをここへ。」
「はっ。」
軽く頭を下げて去っていくルークに視線すら向けずに無表情で会場を見据える。
キングの様子を見てこれ以上は騒がないようにリックもなるべく平静を装う。
そして、これから行われる試合に意識を向けた。
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「確か、君の師匠の武器は刀だったかな?」
冷や汗を掻きつつも眼からは闘争心が感じられるランスに、
紫翠は少し微笑んで話かけた。
「ロドリー様の事か?刀という名前だと聞いた事があるが…それがどうした?」
「彼の戦い方は知らないが、たまには別の手練れと手合わせするのも君の糧となる。」
いつの間にか腰に装備されていた刀を鞘から抜き構える。
青い鞘と刀身でそれが海砡である事はランスにはすぐに理解できた。
観客席では先の試合までは鉤爪だったのに今度は剣を使用する事に驚いている。
「ウィル坊、なんで紫翠はあの武器を持っている?」
「えぇと…僕にもさっぱり…(お姉ちゃん、砡だって事隠すの忘れてない!?僕隠しきれないよ!)」
ランスは持ち前の剣技で攻めるが、紫翠は最小限の力と動きで綺麗に受け流してしまう。
どんなに重い一撃だろうと、流されてしまえば意味はない。
ならばとランスは刃になけなしの魔力を流し込む。
パチッと小さな音に反応した紫翠が刀に変化している海砡をほんの少し振り上げる。
するとランスの頭上にそこそこ大きな水の玉がふよふよと浮遊し始めた。
頭上なせいか本人は全く気付いていない。
そのまま突進してきたランスに紫翠は無表情のまま刀を振り下ろす。
頭上の水の玉が割れ、ランスはずぶ濡れとなった。
「ぁいってぇ!」
全身が濡れた事により、剣から手に静電気が伝わったのだ。
それに気付いたランスは魔力を止める。
だがそんな事をしてる間に紫翠によって剣を弾き飛ばされてしまった。
「自身の術を浴びた感想はどうだ?」
「地味に痛かったです」
そう答えながら、ランスは両手を上げる。
降参の合図である。
優勝者が決まったと観客が沸き立つ中、審判に黒のポーン兵が近づく。
「あいつ…」
何かに気付いたロドリーが右手を刀に添えて場内に入ろうとした時、誰かにグッと肩をつかまれた。
イラつきながら振り返ればそこには硬い表情をしたルーク、ディアスがいた。
「邪魔するなディアス。嫌な予感がする…」
肩に置かれた手を振りほどき、再度場内に踏み込もうとした時、
頭に強い衝撃が走った。
「てめぇ父親を呼び捨てたぁいい度胸してんじゃねぇかゴルァ!」
「いてぇなこの暴力ジジイ!今はお前に構ってる暇ねぇんだよ!」
「あ゛ぁ!?口の利き方がなってねぇなぁあ!」
首根っこをつかまれうつ伏せに倒されたと思ったら、
上に跨って両足を捕まれた。
「ぎゃぁぁぁあ!逆エビ固め決めてんじゃねぇぇぇえ!!」
「んで?お前、あの女とどんな関係だ?息子どもが騒いでたぞ?知ってる事洗いざらい吐け。」
「話すから、まずは、離せよ!!」
足を解放されたロドリーは肩で息をしつつ、「知ってるのは名前だけだ」と言う。
その言葉を聞いてディアスはまた足に手を伸ばしたが、
「でも!惚れた女は大事にしろってお前言ってただろ!」
今度は引っ張り起こされ、肩を組むようにして引き寄せられた。
「お前、あーゆーのが好みだったんか。どおりでいくつも縁談を持ってきても成功しないわけだ。」
「言っただろ、華奢な子が良いって。」
「まぁ、好きな女が出来たのは良かったが…諦めろ。お前が今から出ても無意味だ。」
その言葉を聞いて場内中央を急いで振り返る。
そこには紫翠の前に立つ、第一王子のリックの姿があった。
「これより、特別にエキシビションマッチを開始します!お相手は、リック様です!」
「たとえお前でも、俺でも、王族に敵う奴などおらん。」
そうだ。俺はナイトと言えど、所詮は人間。
俺では王族には敵わない。一瞬で殺されるだろう。
だがこれは…
「戦って、疲れさせて、抵抗力の落ちた時にビショップの術をかけるってのか…?確かに紫翠は魔術が使える!でも、剣術と体術も使えるんだから黒じゃなくてこっちでも!」
ディアスの胸倉をつかんで何とかこの試合をやめさせようと試みる。
だがディアスは眉間にしわを寄せ、苦しそうに答えた。
「キングの指示だ。俺にそれを覆す力はない。あの紫翠とやらがリック様に勝ち、ビショップの術を跳ね返さない限り、この場は乗り切れん。」
そんなの無理に決まってると言おうとした瞬間、観客席がざわめきだした。
傍にいるホーク兄弟は身を乗り出して心配そうに中央を見つめる。
ロドリーの振り返った視線の先には、硬い鱗と鋭い鉤爪を持った巨大な赤黒い龍が紫翠の目の前に立っていた。
龍に変身する王族に、俺が敵うわけない。
それでも、これからいたぶられ、洗脳されると分かっている者を見逃せと言うのか…。
葛藤するロドリーの肩を掴んだディアスが中央を見据えながら言う。
「お前は俺の息子だ。無謀な戦いなどさせん。」
「ディアス様!」
ウィルが泣きそうな表情でディアスに駆け寄り、嘆願する。
「お姉ちゃんは僕を助けてくれた恩人です。この試合を止めて下さい!」
その言葉を聞いてさらに辛そうな表情をしたディアス。
だが頭は横に振られた。
ランスも辛そうな表情で中央を見つめる。
他の観客も複雑な心境なようで、誰も歓声を上げない。
ただ一人、ビショップだけがいやらしい笑みを浮かべて王族のそばに立っている。
そして_、試合開始の合図が審判から下された。




