第十一話
Ⅳグループの試合が行われる中、
ロドリーは紫翠の隣に座り、周りには聞こえない程度の声で話しかける。
心配せずとも、観客は全員試合に夢中である。
「紫翠はとても強いね。俺でも勝てる気がしない…一応この国のナイトを任されてるけど君に勝てる自信はちょっと無いな。」
「・・・」
「正直言うと、規格外だ。強すぎる。」
無言を貫く紫翠に、彼はぐっと近づいて耳元で話続ける。
海砡のいる耳とは逆の耳で良かった。いや、良くないけども。
「観客席の正面側の少し左下……あの男はビショップを任されてる魔術師だ。あいつは俺が嫌いだからこっちには来ないが、本当はすぐにでも来たいだろうな、君を惑わすために。」
「惑わす?」
「言っただろう?君は強すぎる。そして、魔術が使える。黒に入隊させて使役出来るように今のうちから幻術系の魔術をかけたいだろうな。」
黒の衣を羽織ったビショップはロドリーを睨むかのようにずっとこちらを見ている。
相当嫌いなのだろう。彼は気付いてないが…
「貴方の事を呪おうと術を唱えているように見えるけど。」
「え?マジで?あいつ俺の事嫌いすぎじゃね?」
一瞬ビックリしたようだが、彼はすぐに笑い飛ばした。
先ほどまでの真剣な雰囲気なんてどこへ行ってしまったのか。
「でも無駄無駄。なんでか知らないけど、俺にはそういう類の術効かないんだ。
あいつそれ知らないのかな?今度教えてやろうかな?」
「きっと、黒系魔術が効かないのは護りの術式のおかげ。服の胸元に何か入れてるでしょ?」
ロドリーが胸元をごそごそと漁り、少し薄汚れた紫に金の刺繍が施された長方形の布包みが出てきた。
その包みを見た紫翠は少し感心した様子で何も知らぬであろうロドリーにそれが凄い代物だという事を伝えた。
「随分、高位な術ね。長い年月が経っているように見えるけど、効力はかなりの代物。」
「じぃちゃんから貰ったこのお守りが?『開運厄除』って書いてあるけどマジで効果あんの?」
「貴方のおじい様はとても優秀な術師だったのね。誇って良いと思うわ。」
じぃちゃん、金払っただけだと思うんだけどなぁ…という呟きは突如沸いた大歓声にかき消された。
Ⅳグループの勝者が決まり、審判が中央で観客に静かにするように手で必死に合図をしている。
「これから本戦を開始する。試合はトーナメント方式、まずはⅠ・Ⅱの勝者同士の戦いをしてもらう。
その後すぐにⅢ・Ⅳの勝者同士の試合を始めるので、選手は必ず待機している事。休憩は無い。
そして、本戦はキングとそのご子息達も観戦する。各々健闘するように。」
審判の発言の後、ロドリーが軽く顎を動かして該当の人物の居場所を教えてくれた。
「中央にいる白髪長髪がキング、向かって左側が長男のリック、右側が次男のリアンだ。
後ろに控えているのがルークのディアス。」
小さい声で説明してくるロドリー。
どうやら彼は私がこの国について何も知らないのを察しているようだ。
王族を見て、私は一つだけ疑問を感じた。
そしてその疑問はどうやら私だけではなく彼らのうち1人、リアンだけが気付いたようで私と眼が合った。
彼は信じられないような物を見る眼でこちらを見ていたが、その視線はすぐに逸らされた。
「試合、始まるぞ。見なくて良いのか?」
「……見る必要ある?」
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試合の展開は紫翠の言った通り、試合は見る必要が無いくらいランスがずっと優勢である。
観客席の一番前で応援していたウィルにもそれが分かるようで、紫翠とロドリーの元に移動してきた。
「お姉ちゃん、次の試合頑張ってね。きっと勝っちゃうだろうけど。」
「紫翠が勝ったら、お前はお兄ちゃんとお姉ちゃんのどっちを応援するんだ?」
ロドリーが悪い笑みを浮かべながらしてきた質問にウィルは深く考え始めてしまった。
うんうん唸るウィルに紫翠は別の話題を振ってあげた。
「その子、随分懐いたね。大切にしてくれているのが伝わるよ。」
本当は紫翠には分からない変化だが、左耳にいる海砡がコッソリと耳打ちしてくれているのだ。
『さすがウィル様ですわ。精霊に愛される存在とはいえこんなに早く気難しい精霊を懐かせる事が出来たのは、心の清らかさ故に出来た事。なんて素晴らしく有能な方なのかしら!』
耳打ちの域を超えている気がするが、ロドリーには聞こえていないようなので良しとしておこう。
紫翠の言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべているウィルにロドリーは首をかしげた。
その様子に気付いたウィルがロドリーに見せるように首から下げてる革袋を見せた。
「精霊石を貰ったの。この中に入ってるよ。」
精霊石を貰ったと聞いたロドリーは物凄い勢いで紫翠に振り返った。
それも当然だろう。砡より下位とはいえ、精霊が宿る石は貴重であり、高価な品であるのはこの国でも変わりない。
「私には懐いてもらえなかったのでウィルにあげたんだ。」
「俺は低位の魔石しか使えないから石については詳しくないが…精霊に懐いてもらえないとかあるんだな。」
「私たちは精霊に力を貸してもらっているようなもの。魔力は力を借りる資格があるだけ。どんなに膨大な魔力があっても、力を貸してもらえるかどうかは精霊次第。」
「じゃ、懐かれたウィルは結構凄い事なんだなぁ。」
ほのぼのとした雰囲気で話していると、
ロドリーの両肩を掴んできた人物が1人。
「俺の、応援を、して下さいよぉぉぉぉおおお!」
涙目で揺すってきたランスに笑いながら謝罪する。
彼が観客席にいるという事は、すでに勝者は決まった事になる。
「はははっ、どうせ勝ったんだろ?」
「勝ちましたよ!でもふと見たら、ロドリー様は紫翠を口説いてるように見えるし!
ウィルも見ててくれたのは最初だけだし!なんだか寂しいじゃないですかぁぁぁああ!」
どうやら周りに聞こえないように会話をしている姿が妙に親密に見えたらしい。
ランスの誤解であるが、ロドリーにとってはそれはそれで良いらしく、
「そりゃ、こんな美人を横にして大人しくしてられるか?
いや、お前らの美人の基準がおかしいんだった。言葉を変えよう。めっちゃ好みの女性が隣にいたら口説くに決まっでぇっ!」
肩に置かれた手をつねり上げて紫翠は立ち上がった。
ランスがココにいるなら次の試合が始まるので自分は行かなくてはならない。
無言のまま紫翠は中央へ向かう。
「つれない所も…イイッ…。」
(あぁ、この人はもうダメだ…)
自身の尊敬していた師はどこへ行ってしまったのだろうか。




