第十話
Ⅰグループの試合が終わった後、早々にⅡグループの試合が始まったが、
(随分とレベルの低い戦いだろうか)
周りの観客は随分と賑わっているが、私には分からない。
小さな子供の試合でも観戦してる気分だが、出場者は全員そこそこ大人に近い者から中年までいる。
何が楽しいのか分からない。
紫翠はつまらなさそうに視線を知っている者たちの方に向けた。
ランスは先ほどの勝利でロドリーに沢山撫でられ、ウィルが持ってきていたお弁当を食べながら観戦している。誰が勝つのか、どんな戦い方をしているのか観察しているように見える。
ウィルは試合にはあまり興味ないようで、首に下げた革袋をニコニコと微笑みながらいじっている。
どうやらロドリーも今の試合には興味が無いようだ…。
ちらりと別の所に視線を移せば、どこから持ち込んだか分からない椅子に座り、
優雅にティータイムを過ごしているロルカム家のご令嬢を見つけた。
周囲には試合よりも彼女に見とれている男が何人もいた。
『お顔は美しい事は認めますが、あの筋骨隆々は…わたくし、この世界の美意識が分かりませんわ。』
海砡の言葉に苦笑していると、歓声がより大きくなった。
どうやらⅡグループの勝者が決まったらしい。
ボロボロ状態の青年が剣を掲げて喜んでいる…かなり苦戦しての勝利のようだ。
「続いてⅢグループの試合を開始する。【3、6、10、15、20、25】該当する番号の者は直ちにこちらに集合せよ。」
審判の声に反応した選手たちは続々と観戦席から入場していく、
紫翠も立ち上がり、会場に足を進める。
彼女が選手と気付いたものは鼻で笑い、受付での出来事を見ていた者は息をのむように黙って見つめ、
彼女を知ってる数少ない者は周囲に負けないくらいの声で応援してくれている。
その様子を見ていたロルカム家ご令嬢は無表情に立ち上がり、紫翠の横に並んで入場する。
ご令嬢の登場に、会場はかなりの大物が来たと沸き立つ。
「わたしは、受付で貴女を見た時に思いました…」
沸き立つ会場で、紫翠にしか聞こえない声で語る。
「貴女と、二人きりで戦いたい……。なので、避けて下さいね。」
口元に笑みを浮かべて離れたご令嬢を見た観客たちは私に何を吹き込んだのか聞こえなかった為、
憶測で私が早々にご令嬢にやられるだろう、と口々に笑いながら述べている。
「6名…全員、揃ったな?では…第Ⅲグループ、試合開始!!」
審判の号令と共に、ご令嬢が持つ巨大な斧の根本に小さな光が灯った。
紫翠以外の選手はご令嬢の攻撃に怯えきってしまって戦えないでいる。
(情けない_。だから彼女は避けろと言ったのか…)
『斧の根元で光っているのは魔石。かなりの高位の物ですわ』
紫翠は無表情のまま高く飛び上がった…ご令嬢のやろうとしている事が分かったからだ。
そして、人の身体の半分位はあるだろう岩がいくつか地面から浮かび上がる。
「避けれない雑魚など、必要ない。」
ご令嬢は呟いたと同時に斧で岩を他の選手に向かって打ち始めた。
物凄い速さでとんでくる岩に慌てて避けるが間に合わない。
たとえ間に合ってもランダムに飛んでくる岩は後を絶たない。
そして、岩を避けることに集中していると、今度は斧で切りかかってくる彼女を避けなければならない。
開始直後、4名があっという間に脱落した。
たった一人、中央に立ったご令嬢のそばに紫翠は着地した。
「これでさっぱりしましたね。改めまして…ラナン・ロルカムと申します。」
「紫翠。」
お互い、名乗ると同時に武器を構える。
青い鉤爪を装備した紫翠に体重を乗せ切りかかってきたラナン。
それを片手で受け止めると地面にヒビが入り足が少しめり込んだ。
「まぁ…見た目によらず、力強いのですね!」
「貴女より、幾分か身体が頑丈に出来ているのでね。」
嬉しそうに声を上げるラナンにつられて少し微笑んで返事をした紫翠。
彼女たちの様子をみて、観客は全く歓声を上げなかった。
「おいおいおいおい、どこの最強ヒロインだよあの子。
ダメだランス。ロルカム家令嬢に敵うかどうかわからんお前が、紫翠に敵うわけないわ。」
「・・・・・・。」
斧を押し返されたラナンが距離を取ると、紫翠はたった一歩で飛ぶように距離を詰めてきた。
繰り出される鉤爪や炎を纏った足の蹴り、避けるのに精一杯のようだ。
その戦い方に会場にいる誰もが疑問を感じた。
紫翠の使う魔術であろう術は見たことがないのだ。
炎を放つ術はあれど、炎を纏う術など聞いたことがない。
単純に術者が燃えてしまう危険がある。
魔石から発する炎に意思はないためである。
それに、魔術師が武術に秀でている事がない。
魔術ができる者は魔術師、出来ない者は武術を磨き戦士に…それが当たり前だった。
「何か肉体を強化したりする魔術が…」
「そんな魔術聞いたことないぞ!魔術はあくまで自然の力なんだから人間の身体能力向上なんて考えられない!」
「じゃあなんであんなに細い体で、ラナン嬢に太刀打ち出来る力を持ってるんだよ!」
疑問が飛び交う観客席をよそに試合は進んでいく。
何度か鉤爪の攻撃、炎の蹴りを受け止めた斧にはヒビが入り始め、しまいには折れてしまった。
そして、首筋に鉤爪を突き付けられた所でラナンは両手を挙げた。
「…降参します。貴女にはこれ以上戦っても勝てる気が微塵もしません。」
笑顔で降参したラナンに、紫翠は微笑んで答えた。
「君はきっとこの国ではとても強いだろうね。」
「貴女の国では?」
「たぶん、弱いと言われるだろう…君の血はちょっと薄いから。」
紫翠は首を傾げたラナンを置いてその場を離れた。
観客席に戻ればウィルが飛びついてきた。
「お姉ちゃん…すごい!そんなに強かったなんて!」
「俺、勝てる気しないわ。マジで。」
兄弟と紫翠の様子をロドリーは一人少し離れた所で彼らを見つめていた。




