第一話
___来るもの拒まず、去る者は追わず。
いつの時代も、そうやって私たちは生きてきた。___
民を見下ろし、そう呟く彼女は悲しそうに目を伏せていた。
「だが、今__この国に侵攻し、私たちの富と…血肉を得ようとしている者たちがいる。それは、許される事ではない。これから先、この国は戦争に入る。けれど安心して欲しい。私の命を賭しても、この国を守り切る事を約束しよう。」
白銀の髪を靡かせ、彼女はまだ言葉を繋ぐ。
「そして、どうか分かってほしい。全ての人間が悪いのではない。良い人間もいる。
人間だからと言って、むやみに迫害したり、殺しはしないでほしい。悪に感化され、皆の心まで悪に染まって欲しくはない。」
彼女の言葉に民は皆頷き、歓声を送る。
だがそれと同時に戸惑う者もいた。
この国に滞在していた人間__。
彼らはまさか人間がこの国の者たちに危害を加えると思っていなかったのだ。
「あんた人間だろう?」
近くにいた中年くらいの男が声をかけてきた。
この国の王はあのように述べていたが、実際はどうなってしまうのか…
不安になりながらも小さくうなずく青年に周りの者たちは、
「この国に住まいがあるのか?ただ立ち寄っただけなら急いで他の国に行ったほうがいい」
「馬はあるかい?無かったら、うちの息子に近くまで送らせるよ?」
「この国にいちゃ間違って殺されちまうかもしれねぇ…人間って俺たちと違って種族の見分け出来ないんだろ?」
この国の者たちは、攻めてくる人間と同種な自分に何を言っているのだろう…
「あの…なぜ助けるのですか?人間なのに…」
そんな自分の言葉に周りの目はきょとんとしていた。
「…お前さん、今丸腰じゃないか。どう見ても俺たちに敵わんけど…戦うつもりで来たのか?」
「いえ、ただ仕入れに来ただけでそんなつもりは毛頭ありません…」
「じゃ、問題ないだろうに」
「あの、諜報員とか…」
「そうなのか?」
「いいえ」
「問題ないじゃねぇか」
危機感がないのは何故なのか、この国は不思議だ。。。
自分達の強さに自信がある故の余裕なのだろうか…。
___聖羅国。龍への変化が出来る種族、龍人族の国____
人間はそんな種族への侵攻を開始した。
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布陣の中央、
聖王に呼ばれた私は膝をつき、頭を下げた。
カチャッと防具と地面が当たる音…、旗が風に煽られる音…
聖王は音に耳を傾け、目を閉じていた。
「今回の戦いは嫌な予感がします。くれぐれも注意を…」
目を開け、紺碧の瞳を私に向けて言った。その目は不安な感情が含まれている。
「心得ております。朱里、聖王のことは頼みました。」
「お任せを。炎龍の名誉にかけて…」
大きな斧を持った彼女は胸を張ってそう答えてくれた。
「…黒騎。姉は心配してるのですよ?」
「何をです?」
黒騎と呼ばれた私は立ち上がりつつ質問をした。
聖王であり、自身の姉でもある彼女に私はいつも通り、姉に接するように態度を少しだけ崩した。
「いくら妹のあなたが国随一の騎士とはいえ、妹ですもの。怪我をしたらどうしましょうと…。」
「回復魔法をかけて差し上げてはいかがでしょう?聖王様は魔法に特化しておられるのですから、他の誰よりも綺麗に傷跡すら残さず回復できましょう。」
「まぁ朱里…傷跡はもちろん残さず回復してあげられるわ。でも怪我は痛いでしょう?」
心の底から不安そうに声を出す姉に、本当に彼女は聖王なのか時折不安に駆られる。
「姉上、いくら私が軽装備とはいえ…私が人間に遅れは取りません。」
「ですが、、、一部の龍人族が行方不明になっているのを知っているでしょう?貴女が負けるとは思わないけれど、どうか気を付けて。」
そう、人間を送ると言って国外へ出た者が未だ戻らない。
兵ではないとはいえ、彼らも龍人族。そこら辺の人間に劣るとは思えない。
1体に対して数十名、魔術に長けている者がいたら確かに龍人族に勝てるかもしれない。
だが行方不明は3体。内1体は魔防持ちもいたはず。
聖王はこの件がどうも気になっていた。
「黒騎様を相手にして勝てるのは聖王様くらいですよ。黒騎様…飛龍隊から敵陣が動き始めたと連絡が入りましたので、お戻りを…」
黒騎の配下、虚空が膝をついて知らせてきた。
「わかった…。姉上、私たち龍人族は人間より強く生まれた種族。単純に考えてみれば人間は我々の10倍ほどの兵力を集めなければまず勝機はありません。」
それでは…と言って私は自身の配置に戻る為にその場を後にした。
「聖王様…」
「えぇ。」
聖王は自身の魔力を自身の冠に施された砡に集中させた。
___我が屈強なる兵たちよ___
聖王の言葉が戦場に来ている全ての龍人族の頭に直接語り掛ける。
___幕は開けました。さぁ行きましょう。___
その声と共に戦場には雄たけびと、龍の咆哮が響き渡った。