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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2017

The Catchers in The Miller House

作者: 鷹参

きらきらと光る万華鏡のよう。

合わせた鏡のどこまでも続く世界で。

歪む私たち。

小さく映った人。

大きく映った私。

裏野ドリームランドのミラーハウスで私は夢を捕まえた。



「中学生の時だったかしら。みよちゃんのお母さんがタイムセールのワゴンから花柄のワンピースを手にした時にね! あのビッグな体に兎柄のワンピースはどうかと思うんだけど。みよちゃんが言うには、昔はそんな趣味なかったけど突然可愛いものが好きになったんですって。兎かわいい。それでちょうど同じワンピースを反対側から掴んだ人がいたんだって! ねえ、マンガみたいよね。それからどうなったと思う? ひっぱりあって、喧嘩になって、びりってさけちゃったの。兎が真っ二つ。なーんて展開じゃないのよ。あっと驚くことが起きたのよ! そういえば、こないだランチの時に私もびっくりな……ねえあなた、どうしたの?」


私のおしゃべりにいつも、「うん」と相槌くらいはうってくれる夫は、なぜか開いた新聞に目を落として黙り込んでいた。

休日の遅い昼食後のテーブルで、私も夫もパジャマのまま。

子供は遊びに行くと出かけて行った。

私は再び同じ内容を喋ってみたが、夫は何かの記事を見つめて考え込んでいる。


「あなた?」

「ん、どうした」

夫がぱっと顔上げた。

不思議なものだ。あれだけ話しかけていた時は全く反応しなかったのに。

「どうしたの。何か気になる記事でも載ってた?」

「ん。ああ。ちょっとボケっとしてただけだよ」

新聞を閉じてコーヒーカップを手にする。

「ふうん。そう……えいっ」

私はさっとその新聞を取った。

「あっ」

夫は慌てた様子だったが、私は新聞を開いて記事を読み始めた。

「……えっ。まだ電気代上がるの?! なんでよ、もう。こないだ上がったばっかりよね。そういえば、発電所って行ったことある? あるのね。私も! 学校の社会見学で行った筈だわ。でも、何発電だったか覚えてないのよね……そもそも何を燃やしているのかしら」

「石油や液化天然ガスだね。石炭って場合もあると聞いたけど」

夫は物知りだ。

「石炭?! 真黒にすすけそう。お洗濯大変だわ。お洗濯しなくちゃ。あら、何の話してたんだっけ。そうよ、新聞の記事よ」

夫は視線を外してコーヒーを啜る。

それからいくつかの記事を読み上げて、やっとその記事を見つけた。


「裏野ドリームランド跡地。再開発が決定、ね」

裏野ドリームランド。

かつて私と夫が住んでいた地方にあった遊園地。

随分前に廃園となり長く放置されていたが、記事によると再開発が決まったらしい。

「懐かしいわね」

「ん、んん」

夫は曖昧な返事でコーヒーを啜ろうとして、カップが空になっていることに気が付いたようだ。

「懐かしいわ、結婚前に一度だけ二人で行ったわよね」

「そうだ、ね。うん」

夫は私と自分のカップにコーヒーを注いだ。

「ね。忘れちゃったの?」

「ううん。覚えてるよ。その。行ったっていう記憶はある……」

私はじっと彼を見つめる。

「ごめん、ちゃんと覚えてなくて」

夫は申し訳なさそうに謝った。

「あ。もしかして。別の誰かと行ったんだろうか、だったら黙ってないと。とか考えてたわけ?!」

行った記憶はあるけれどあいまいで、もしかしたら他の女性との思い出かもしれない。夫はそう思って考え込んでいたのだろう。さっと流せばよかったのに。

「う……ごめん」

俯いてしまう。

私はテーブルの上の夫の手を握った。

素直で嘘がつけなくて気が弱いけど、とても真面目で優しい人。

「大丈夫。ちゃんと私と二人で、結婚前に一度行ったわよ」

「そうか。よかった!」

安堵して明るい表情を見せる。

私だけを愛してくれる人。

「僕には、昔も今もこれからも、君だけだよ」

夫は真っ赤になって照れながらも、両手で私の手を包んでぎゅっと握った。



夫が洗い物をしてくれている間、私は洗濯機を回す。

ごうんごうん、と洗濯機から低く繰り返す単調な音を聞きながら、私は昔を思い出す。


結婚前の夫は最低のクズだった。

粗野で教養も無く、私に手を上げることもあった。

器の小さい、自分を強く大きく見せたいといつも虚勢を張っている馬鹿な男。

どうしてこんな男にと自分でも思うが、私は耐え煽てた。

そしてどうしてもお願いと懇願して、あの場所でデートをした。

裏野ドリームランドのミラーハウス。

入ったのは子供の頃以来だった。


裏野ドリームランドには、密かに囁かれる噂があった。

「ミラーハウス」から出てきた人のうち、それまでと違ってしまった人がいるって。

全ての人ではないけれど、中身だけが入れ替わったかのように全く別人みたいに人が変わってしまったという。ミラーハウスには怪物がいて、中に入った人と入れ替わろうと鏡と鏡の間に潜んでいる。捕まえて中身を食べて――

もちろんただの噂。子供の好きそうな怪談話。


休日のとろけるような気だるい午後。

私は幸せをかみしめる。

DVとは無縁の穏やかな日々。

優しい真面目な夫。

かつて幼い私と母親に暴力を振るい暴言を吐いてた継父は、家族のためなら何でもしてくれる優しい父に、孫好きの良いお祖父ちゃんになっている。


「ふふっ。二人とも、あのミラーハウスを出てから」


そして私はふと思った。

将来、子供がとてもよくない子になっても。

あの場所には二度と行けないのだと。

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