事後処理も騎士の仕事
ジェイドは二人の騎士と共に抉られた大地に落ちていく。
この二人はパルディオ聖騎士団ではなく普通の騎士団の騎士だが、聖騎士団の候補生でもある。
言わばこれは仮体験のようなものだ。
ジェイド達三人は深い深い溝にどんどん落ちていく。
ナオヤの攻撃で多くの犠牲が出た。
やつは危険だ。龍人であることから隣国のセルピエンテに関係があるとジェイドは踏んでいる。
王もそれは重々承知のようで今日偶然この国へ来ている第一王子に話を聞くようだ。
聖竜騎士団の副団長という話ではあるがおそらく王の足元にも及ばない弱者だろう。
幾ら竜人と言えど英雄にして勇者であるエスクード様の子孫である王の前ではひ弱はトカゲも同然だ。
万が一にも危険はない。
ジェイドが落ちていくとしばらくして底が見えてきた。
ジェイドは二人の騎士に衝撃吸収のマジックアイテムの使用を指示すると自分はそのまま着地する。
騎士になってからこの程度の事は造作も無くなった。
ジェイド達は着地すると辺りを見渡す。
深い故に太陽が届かず暗い、おまけにひんやりと冷気が漂っている。
「これは居るな」
「ええ、そのようですね」
騎士がジェイドの言葉に賛同する。
そう、ここには何かがいる。
ジェイド達はランタンを付けて底を歩いていく。
一本道なので別段迷うということもなく進む。
するとそこにはモンスターが居た。
言うまでもなくアンデットモンスターのスケルトにゴーストにゾンビだ。
こいつらは市民の成れの果てとでも言おう。
ナオヤの放った一撃で殺された人々がこの底で成仏できずに溜まりモンスターと化したのだ。
「やるぞ」
ジェイドの言葉で騎士二人が剣を引き抜く。
この件は見た目こそ普通の騎士剣だが教会の祝福を宿した対アンデッド用の剣なのだ。
ジェイドも自身の剣を引き抜く。
こちらも二人と同じ剣だ。
普段使っている剣は必要ないと思って置いてきている。
三人が突撃してモンスターに斬りかかる。
祝福がかかっているだけあって通常斬撃も打撃も効かないゴーストを一発で消滅させられる。
スケルトンもゾンビも一突きで倒れていく。
斬られた所から徐々に燃えていくので後処理も不要だ。
しばらくアンデッドモンスターを除去していくと中腹、一番深いところだ。
そこに大型のアンデッドモンスターが現れた。
見た感じで種位は中か上、良くて最上…はっきりと言って敵ではない。
姿は一言で言うと肉塊だ。
出来の悪いゾンビのキメラといったところか。
丸っこく、至る所に顔や手足が飛び出ている。
よく見ればチラホラと骨が見える。
もしかしたらスケルトンも混じっているかもしれない。
しかし対アンデッド用の武器を持ったこちらの敵ではない。
そもそもジェイドの敵ではない。
「二人共、私抜きでアレとどこまで戦えるか見せてみろ。力量次第では直ぐに聖騎士団に入れてやってもいいぞ」
その一言で二人の騎士はやる気を一層増す。
二人共ジェイドの前に出て剣を構える。
「エスクド王国、ネセス騎士団所属、コルファス・イガリマ行きます!」
「同じく、イチカ・バルトロイ行きます!」
黒髪短髪のコルファスと赤髪短髪のイチカがモンスター目掛けて走る。
狙うは敵の足だ。
先に足を切り落とせばもうそれは本当にただの肉塊に成り下がる。
近づくに連れてそのでかさもわかってくる。
全長三メートル、球体の体に人の手足が生えている。
コルファスは右足、イチカが左足を狙う。
「ハァッ!」
「セァッ!」
二人が滑り込んでキメラの両足を切り落とした。
不細工な悲鳴を上げてキメラが倒れる。
これで正真正銘の肉塊だ。
二人はブレーキをかけて足を止める。
間髪入れずに突撃する。
するとキメラはあろう事か動いた。
そう、転がったのだ。
器用に自身の体を動かして巨大な岩のように転がって向かってくる。
直撃すればひとたまりもないのは一目瞭然だ。
こちらもあの肉塊の仲間入りをしてしまう。
が、しかしそのようなことには決してならないのがエスクドの騎士だ。
他国の騎士ならいざ知らず。
それはもう圧倒的と言えるだろう。
二人は勢いを止めないまま剣を横に振るう。
見事に左右対称に繰り出された剣撃がキメラを胴体から両断した。
そのまま崩れ落ちる上半身。
「まだ生きているのか」
「存外しぶといものだなアンデッドは」
「それがアンデッドと言うものだ」
蠢くキメラに感想を言う二人にジェイドが近づいてくる。
「ジェイド様、どうでしょうか?」
「そうだな、悪くわないがまだまだ甘い、これでは聖騎士になっても直ぐに死ぬ」
コルファスの問いに厳しい採点を言うジェイド。
「そう…ですか」
ジェイドはまだ残っているキメラに軽く剣を一振り振るう。
すると太陽にでも当てられてかのように蒸発してしまった。
「このぐらいは出来ないとな」
幾ら祝福を受けた騎士剣でも軽く降っただけであれほどのアンデッドを一撃で倒すなど今の二人には到底無理だった。
「出直します」
「ああ、期待して待っているとも」
コルファスとイチカが揃って言うとジェイドは満足気に頷く。
「では早速戻るとしよう」
そう言うとジェイドは壁を交互に蹴って上へ上がっていく。
二人もそれに倣って上がる。
落下時よりは時間がかかってしまったが十分もすれば出口が見えてきた。
既にジェイドは上で待っているようでこちらを見ているのが伺えた。
それから数分後には二人共陸に上がっていた。
太陽も既に真上に上がりきっていた。
息を整え終わるとジェイドが労う。
「二人共良く頑張ったな。では最後の仕上げだ。この溝を埋めるぞ」
この広く深く穿たれた溝を埋める。
どうやって?
答えはジェイドの手の中にあった。
「それは?」
コルファスの問いにジェイドが手にあるスクロールを二人に広げて見せる。
「国の魔術師達が組み上げた魔術のスクロールだ。急増で作らせたそうなので真価がどれほどか分からないが試してみる価値はあるだろう」
ジェイドはスクロールを握り締めて起動するための魔力を流す。
スクロールの良い所は魔術を自分で編まないことと起動時に必要な魔力を流すだけである。
それだけで一般人が上位の魔術を使うことだってできる。
まあ、そんなスクロールが一般に出回ることはないが。
ジェイドのスクロールに魔力が流れると魔法陣が反応してスクロールが燃え尽きる。
これが発動の合図だ。
スクロールに描かれていた複雑な魔法陣が巨大な溝の中心から超広範囲に展開する。
そして次に地が揺れる。
すると溝のそこから大地が隆起してくる。
見る見る内に溝は塞がって行く。
ジェイド達はこれを行うために下で湧いたアンデッドを除去していたのだ。
除去せずにこれをすれば街にアンデッドが溢れてしまう。
しばらく揺られていると地面が元通りになり揺れも止まる。
「完璧ですね…」
その光景に圧巻される二人。
しかしジェイドにとってはあまり珍しい光景では無い。
日々の魔獣との戦いで見る光景でもあるからだ。
「だが建物や民が戻ることは無い」
そう言うとジェイドは報告をするために王城へと歩いて行った。
現在、街の大工が現在復興に勤しんでいるが元通りになるまで時間はかなりかかるだろう。
これも全てナオヤと言う龍人のせいだ。
おそらく王はこの不祥事をセルピエンテに追求するだろう。
相手がどう出るかは分からないが次こそは聖騎士団の総力をかけて倒してみせると誓うジェイド。
奴らは野放しにしていい連中ではない。
この世界に現れる奴らのせいでこの世界はあるべき姿を見失った。
それがこの現状だ。世界だ。
「侵略者共め…」
ジェイドは拳に力を入れる。
「必ず見つけて葬ってやる――!」




