帰還
大国エスクドの王直属騎士団、パルディオ聖騎士団は魔獣討伐を中心に活動をする騎士団である。
一度領土内に魔獣が現れれば騎士団がそれを葬ってきた。
時には竜を、時には身の丈が山ほどある巨人を。
地上最強、大陸の覇者、世界の守護者等と謳われ、富と名声を欲しいままにする様はまさに魔王を倒した英雄エスクード・パルディオの後継を名乗るに相応しかった。
近隣諸国の騎士団長や腕に自信がある猛者が聖騎士団の騎士と戦った記録が多く残っているがそのどれもがパルディオ聖騎士団の勝利に終わっている。
しかも相手をしたのは末端の、騎士団内では下位に位置する者達に敗れているという話しだ。
そんな状態が続き、もうこの数年は彼らに挑戦するような者はいなくなっていた。
人々は口々に言う。
無謀、勝てるわけがない、彼らとは次元が違う、好き好んで無様を晒すのはゴメンだ。
また、それらを従えている国王はその騎士団長よりも強いという噂まである。
どの国もそんな大国エスクドに戦争を吹っかけることはなかった。
逆に属国となり、己の国を延命させる方法を取る国の方が多かった。
多大な金貨や物資などを要求されるが見返りとして騎士団を派遣される。
パルディオ聖騎士団とは違う普通の騎士団ではあるがその実力は折り紙つきだった。
その騎士団の一人一人が騎士団長クラスの強さを誇っているのだ。
更に魔獣が現れた際には聖騎士団が討伐に向かう。
これだけでも多大な対価を払う価値があると国々は言う。
しかし、何故エスクドの騎士達がここまで強いのかわかっているものは騎士達以外、いや、騎士達ですらその全容を知る者は少なかった。
そして、その誉れある地上で最も力を宿した聖騎士達が首都シュナイデンに帰還したのだ。
市場や住居区、貴族の住む貴族街、エスクドの王が住む城へと一直線に通った大通り、現在彼らがいるのは市場ぼ大通りだ、まだ首都に入って間もないが巨大な荷台を体のでかい象型のモンスターに引かせてそれは入ってきた。
最初に目に入ったのは手足を巨大な杭か何かで固定された全長数十メートルはある巨人種の魔獣だった。
足は正座の様な形で固定され、手はその横で固定されていた。
そして最も印象的なのは頭から垂直に突き刺された巨大な杭、いや槍だ。
彼らはそれを魔獣に突き刺したのだ。
そのせいで巨人種の顔は見るも無残に潰れていた。
さらには巨人が着ていたであろう鎧の類はひしゃげ、原型がわからない程のものまである。
あれほどの巨槍と破損である。騎士団の凄さが伺えよう。
拍手喝采、歓声と共に馬に跨って一身に浴びる聖騎士達は皆笑顔で手を振り民衆に応える。
聖騎士の中には女やまだ幼さが残る青年や少年がいることに他国から来た商人や間者が驚きをあらわにする。
が、しかし、彼らの度肝を抜くのはまだである。
巨人の後ろから、先程よりも一際大きな荷台が現れたのだ。
それを見た人々の表情たるやいなや、どう表せばいいのか分からない程であった。
街は一瞬にして静寂に支配された。
こんなにも人々が密集し集まっているというのに声を出すどころか呼吸音すら聞こえない有様だ。
しかしその静寂も終わりを告げる。
一人が絶叫と共に歓声を上げると一人また一人と伝播して膨れ上がる。
あるものはそのまま腰を抜かした。またあるものは失禁し気を失う。
気を失い倒れるものが続々と出る。
それは何故か、答えは目の前にある。
人々は興奮を超えて狂気を出す。
それ程までに今回、パルディオ聖騎士団が討伐した魔獣は壮絶なのだ。
そう、それは…。
龍だ。
この世界、生物の頂点として名高い竜の更に上、神々と同等かその頂きに手を掛けることができる唯一種である龍だ。
その力は神代と言われる第一の時代より古文書で知られている。
地を裏返し、天を切り裂き、空間すら砕く。
そんな力の権化たる龍種をパルディオ聖騎士団はあろう事か倒し屠って見せたのだ。
嘘を言っていると余人は言うだろう。
しかしここに証拠がある。確固たる証拠がある。
何者にもこの事実を覆せる者はいない。
荷台に運ばれてきた龍は首と胴を切断されていた。
その巨躯は金色に輝く鱗に覆われていた。
今は至る所が傷つき、血や泥で汚れているが綺麗に磨けばさぞ光輝な輝きを見せてくれるだろう。
しかしその龍の胴と首の切断面や傷口は何故か炎が上がっていた。
切断された頭は力無くその顎門を開き舌をだらりと垂らし、その力有った双眸に既に生気は無く白く濁り淀んでいる。
それで生きている生物など喩え神と謳われる龍種であると存在しないはずだ。
しかしソレは未だに息吹いてるかの如く断面や傷口から炎を吐き出していた。
「沈まれ民よ!」
熱狂に包まれたシュナイデンに響き渡るかのような号令を出す男がいた。
その声の主は荷台に横たわる龍の胴に立っていた。
太陽の光りに反射して輝く金髪を靡かせ、済んだ翡翠の様なの碧眼は力強く、その身に纏う白銀の鎧や剣、深紅のマントは彼を只者ではないことを示していた。
「私はパルディオ聖騎士団団長のジェイド・イスリオーデ・ブランカッツェである!!」
高らかに名乗るその姿は神々しさを兼ね揃え、まるで王族かその血統に連なるものと勘違いしそうになるほどだ。
団長と名乗ったのは明らかに二十代前半か半ばといった風貌の青年だった。
しかし民衆はそれを疑うことはしない。
この街、いやこの国に住んでいるのなら彼の名を知らぬ者は殆どいないからだ。
歴代団長の中でも国王を抜かし、その強さは勇者に最も近いと言われる存在。
それが彼、ジェイド・イスリオーデ・ブランカッツェだ。
民衆の声が静まり、視線がジェイドに集中する。
「皆、今帰った。ただいま」
そう挨拶をすると人々がお帰りなさいと待ってたぞ等と返答をする。
ジェイドが手を上げると再び静かになる。
「今回、討伐したのは二匹の魔獣である!どれも手強く、騎士団は苦戦を強いられた。しかし、こうして倒し帰ってきた!!」
腰に吊らされた鞘から剣を引き抜いて高らかに掲げる。
湧き上がる歓声。
ジェイドはそれに満足すると剣を鞘に収める。
最初にジェイドは巨人種の魔獣を指差す。
当然人々の視線もそちらに移る。
「この魔獣は今まで倒してきた魔獣とそう変わらなかった。種位、超位種、種族名をグランドジャイアント。固有名バウワウ。我ら騎士が見事討ち取った!」
先ほどとは比べ物にならないほどの歓声が響く。
今、ここにいる人々は一丸となって騎士を讃えている。
歓声が収まると次にジェイドは自身の下で横たわる龍を指差す。
「この魔獣は今まで倒してきた魔獣の中では最も手ごわかったと言う他ない、我々の騎士団の中からも多くの犠牲者が出るほどにだ…」
ジェイドの悲しみに満ちた顔に涙する者も出る。
「だが、我々は勝った!同胞の屍を超えてこの龍の首を取ったのだ!」
悲嘆が表情から消え、ジェイドは高らかに吠える。
両手を大きく伸ばし、俺はやったぞと、俺たちは同胞の仇を見事勝ち取ったぞと。
歓声に浸ったジェイドは落ち着くと口を開く。
「この魔獣の種位は神位種」
その単語にどよめきが走る。
やはり神に匹敵する種だったと。
それを倒したジェイド達を崇拝に似た敬意をもって感謝する。
「種族名を不滅の炎金龍。固有名ジャーフル。我らパルディオ聖騎士団が見事勝ち取ったぞ!!」
ジェイドはマントを翻して両手を力強く腰辺りまで上げる。
まるでその下に横たわる龍の亡骸を示すかのように。
喝采に次ぐ喝采、歓声に次ぐ歓声、最早音は膨れ上がり過ぎて耳が認識できない程までになっていた。
まるで爆音、まるで轟音。
目の前で爆弾でも爆発しない限りそんなことにはならないだろう。
それが長く続く、耳から血が流れたとしても不思議には思うまい。
ここまでの光景を見ることが今後あるだろうか。
神位種などこの現に現れることがそうそうない。
数千年に一度か二度、多くて三度。
厄災と共に現れる彼らを、騎士団は討伐したのだ。
正義の名の下に!
次の瞬間、ジェイドの右手が根元から吹き飛んだ。
空中を旋回するジェイドの右腕は後方の街道に落ちて転がる。
「な…に…?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
女性が悲鳴を上げる中、ジェイドは自分の消失した右腕の根元を見ていた。
瞬時に周りに居た騎士たちが剣を引き抜き警戒態勢を取る。
一瞬にして辺は静寂になる。
皆動けない。
動こうにも街中に漂う神威とも言うべき覇気に当てられて足が動かないのだ。
まるで蛇に睨まれた蛙である。
いや、蛇であるならまだ救いがあったかもしれない。
巨躯、金色の龍にも引けを取らない青黒の鱗を持った龍がその巨躯に相応しき双翼を広げ、ジェイドの目の前に突如として現れた。
その龍の下には潰れた肉塊肉塊肉塊肉塊肉塊肉塊肉塊肉塊肉塊肉塊肉塊肉塊肉かいにくかいにくかいにくかい…。
先程までそこに立っていた人々だ。
いや、既にだったが正しい。
龍は睨む。
ジェイドを。
己の同胞を無残な亡骸とし、嘲笑う劣等なる種を。
動けない、誰も、騎士も、聖騎士も、ジェイドも、その場にいた誰もが。
龍は一言。
「その足を退けろ」
憤怒に包まれた声色で言った。
帰還というサブタイトルは聖騎士団の帰還とナオヤ自身の記憶の帰還を表しています。




