一刻の成長
乱れてきた呼吸の中でひたすら走り、階段を上がってからもう数十分か数時間か、もしかしたら数分かも知れない。
走っていると後半は楽に感じると聞いたことがあるがそれは比較的楽の間違いではなかろうか。
結局苦しいものは苦しいのである。
そして遂にナオヤ達は最上階、八十階層へと足を踏み入れた。
そこは最初の部屋と酷似していたので一瞬身構えてしまったが何も起きなかったので安心する。
そう、酷似しているのは内装だけで目の前にそびえる扉は一階には無かったものだ。
とりあえず調べてみると石像もただの飾りで、ステータスも既に減少を止めていた。
中央に集まって作戦会議をする。
「とうとう来ちまったな、最上階」
「ああ、ここからが本番だな」
紫鬼は扉を見据えながら言い、ナオヤが扉の先に待っているボスを想像しながら拳を握る。
「円環ですしこんな迷宮っすからもしかしたら死んだと同時に生き返ってきたりはしないっすよね?」
ジャーフルの言葉に三人の顔が強張る。
否定できない事もないがありえない話ではない。
「数回ぐらいは復活も覚悟したほうがいいだろう」
クロウの言い分は正しい。
ウロボロスがヒントに出てきてるのだ敵は無限を関する不老不死系だと確信できる。
「みんな今の内に休憩と所持品のチェックだけしておこう。パーティー的に人数は少ないがレベルなら他よりも上のはずだ。大丈夫、これでも最前線走ってる自信あるし!俺らTUEEだぜ!」
笑うナオヤの指示と励ましに頷きで返す。
準備や確認をした後、四人はここで三十分程の休憩を取ることにした。
その間に他のパーティーが来た場合は直ぐに扉に入れるように扉の直ぐ傍で休憩をする。
しかしその間に他のパーティーはおろか一人のプレイヤーも来なかった。
そのまま休憩時間は終わり四人が扉の前に立つ。
「行くぞ」
「もち」
「もちっす」
「問題ない」
ナオヤが重い扉を力強く押し開ける。
扉は開き始めると途中から自動で開く。
「うわぁ…」
「これは…」
迷宮ボス初挑戦のジャーフルとクロウが感嘆を溢す。
ナオヤと紫鬼は当然の反応だと思った。
こちらのボス部屋も宝物庫の様に至る所に金銀財宝、見たことないような武器武具、だれが使うかもわからないような巨大な剣や斧が壁にも掛かっている。
兎に角そこら中が眩しい、それらに埋もれてわかりづらかったが部屋の内装がわかってきた。
簡単に言い表すならでかい体育館とでも言っておこうか。
長方形の部屋で奥に子供一人分ぐらいの段差があって左右に半円の階段がありそこから上がれるようだ。
特にロウソク等の灯りというものが無いにも関わらず部屋には十分な光があった。
ジャーフルが金貨の海にダイブして泳いでいたので引っ張り出す。
現状自分達にこの部屋の物の所有権は無いので今はしゃいでも意味がない。
「ナオヤ」
「ああ、わかってる」
紫鬼が用心深そうに話しかける。
ナオヤも分かっているようで辺りを見渡している。
それに気づいてクロウが壁に掛かった剣を見るのを止めてこちらに来る。
「どうかしたのか?」
「どうもこうもボスが出てこない」
流石のクロウもハッとした顔をする。
咄嗟に辺りを見るが以上は感じられない。
「…ナオヤ達の迷宮はどうだったんだ?」
「既に待ち構えてたな」
クロウの質問に騎士王の迷宮での事を話すナオヤ。
もう随分と昔に感じるのはなぜだろうか。
ちょっとしたノスタルジーである。
「上に行ってみるか」
紫鬼の言葉に従い四人は階段を上がって壇上に移動する。
そこも他と同じで財宝などが散らばっている。
そしてそこにイレギュラーなものが一つ、それは他が煌びやかに対して真っ黒で吸い込まれそうだった。
「卵?」
そこには真っ黒な卵があった。
人一人分はありそうな卵だ。
四人は近づいて触ってみる。
普通の卵のような硬さで他に変わったところは無い。
「これが卵なら親鳥が襲ってきそうな展開っすね」
ジャーフルがそう言いながら小突く。
するとそこから卵に亀裂が走る。
「うわっ!?」
突然の事に尻餅をつくジャーフル。
ナオヤ達はそれと同時に後方に下がって距離をとる。
ジャーフルも這いつくばってこっちに来る。
「どうやら卵の中身がボスっぽいな」
剣と盾を構えながらナオヤは言う。
他の三人も各々武器を構える。
次第に亀裂は全体に広がって最後には弾け飛んだ。
中からは真っ黒なリザードマンが出てきた。
生まれたてなのでか体中が濡れていて装備も何もない。
ナオヤはボスであろう黒いリザードマンの名前とレベルを確認する。
「オフィス・リザードマンLv1…」
リザードマンの上位種族が出てきた。
オフィスってなんだ?事務所?会社か?
事務的なリザードマンってことか?
ナオヤはサラリーマンの格好をしたリザードマンを想像する。
やっぱりわからん。
「避けろナオヤ!」
バカなことを考えてるんじゃなかった。
此処が何処なのか失念していた。
オフィス・リザードマンが近くに落ちていた剣をナオヤに投げつけたのだ。
咄嗟に盾でガードする。
流石にレベル1なので弱い。
こちらにダメージは無かった。
「すまない!大丈夫だ!」
「しっかりしろよナオヤ!」
紫鬼が杖を掲げてマジックショットを放つ。
弾はオフィス・リザードマン目掛けて迫る。
そしてマジックショットの後ろにジャーフル、右にクロウ、左にナオヤと挟み撃ちを仕掛ける。
マジックショットが当たり衝撃が弱まったところで三方向からの同時攻撃。
ジャーフルの短剣が胸を、クロウとナオヤが腕を切り落とした。
いや、落とせてしまった。
「キシャァァァァァ!!」
オフィス・リザードマンは絶叫する。
そのままナオヤ達を他所に走り去っていく。
しかしここには逃げ道はなくオフィス・リザードマンは段差を降りて部屋の中央で止まる。
「…なあ、弱すぎないか?」
「ああ、それに今回はNPCっぽいな」
ナオヤと紫鬼の会話に二人が疑問符を浮かべる。
「えっと、前に潜った迷宮にはボスに自我…っていうか中に人間が入ってたんだ」
「つまり同じプレイヤーってことっすか?」
「そういうこと」
「今回に限りなのか前回が特別だったのか…いや、前回はイレギュラーがあったからやっぱり前回限りだと思う」
と、オフィス・リザードマンの様子が変わった。
切断された腕が徐々に生えてきたのだ。
その再生速度は次第に早くなり完治する。
「再生した!?」
「驚くのはまだ早いぞ、レベルも見てみろ」
驚く三人にクロウがレベルを見るように促す。
言われた通りに視界に敵の名前とレベルを表示する。
「なっ!?」
オフィス・リザードマンLv.36…37…。
オフィス・リザードマンのレベルがどんどん上がっていく。
「まさか成長していくのか?」
「一秒につき1レベずつ上がってやがるっす…」
これはまずい、このままでは直ぐにこちらより強くなってしまう。
何としてでも倒さなければいけない。
そう結論づけた瞬間走った。
「あぁぁぁぁ!」
咆哮を上げて突撃する。
遅れて紫鬼とクロウも突撃をする。
クロウは飛行して空中からの攻撃を始める。
「キシャァァァ!」
オフィス・リザードマンも近くにあった槍を手に取って攻撃してくる。
盾で防ぐが徐々にその強さが増して来て厄介だ。
レベルも目に見えて上がる。
既に50を上回っている。
アビリティを駆使して闘いを続ける。
紫鬼も接近戦をしている三人にマジックブーストをかけ、離れて体制を立て直そうとすればファイア、アクア、サンダショットを駆使して補助を徹底する。
ジャーフルは目にも止まらぬ速さでオフィス・リザードマンを翻弄していた。
しかしそれも長くは続かなかった。
オフィス・リザードマンのレベルが80を超えた辺りで光り始めたのだ。
勿論三人共紫鬼の所まで後退する。
「今度はなんだ!?」
ナオヤの言葉を他所にオフィス・リザードマンの姿が変化したのだ。
先程よりも筋肉が付き、一回り大きくなった。
オフィス・ハイリザードマンLv.1…2…。
先ほどのオフィス・リザードマンが中位種であると仮定した場合。
目の前に現れたオフィス・ハイリザードマンは上位種になる。
圧倒的差がそこにはある。
「む、無茶っす…」
ジャーフルが膝を付きそうになったのをナオヤが支える。
「ナオヤさん…」
ナオヤの顔を除くジャーフル。
その姿に前回の自分を重ねる。
ナオヤは真っ直ぐにボスを見ると言う。
「ジャーフル、まだだ、ギルドにいれて欲しいんだろ?なら諦めんな、自分が作るギルドに弱虫は入れてやらないぞ」
ジャーフルは自身の足で立つと短剣を握り締める。
どうやら心が折れる前に助けられたようだ。
「そうだぞジャーフル、敵は強ければ強いほど燃えるってな!」
「それに同感です」
紫鬼もクロウも己の武器を握り締めてまだ戦えると示す。
「行くぞ!」
「おう!」
ナオヤの合図に三人の声が重なる。
「キガァァァァァ!!」
迷宮ボスの咆哮が部屋に轟く。
先程と違って刃が通りにくくなっているが攻撃は通っているようだ。
「良いか!極力敵の攻撃は避けろ!絶対に当たるのよ!」
「ああ!」
「くそっ!なんで僧侶がいないんだこのパーティー!!」
注意を促すナオヤ、今更遅い事を言う紫鬼。
今のところ五分といった戦闘を行っているナオヤ達。
しかし、ナオヤ達は更なる進化の前に敗れ去るのだった。
オフィス・ドラゴンLv.34。
竜種へと進化を遂げた敵は最初に素早いジャーフルを尻尾で薙、そのまま壁に叩き込み潰した。
その光景を見ていたクロウは不意を突かれて口から放射された黒炎に燃やされていった。
残ったナオヤと紫鬼は懸命に戦ったがその圧倒的な力の前では為すすべもなく、防戦を強いられた。
そして体力が削られ、紫鬼も魔力が尽き、二人共黒炎の中で消えていった。




