床屋…?
朝早くから開店する俺の店「M」
そして予約で来てくれる顔馴染みの近所の公務員の20代の新人君。
いつも朝1番に来てくれる彼は、何時も少し疲れた雰囲気を醸し出しながらも俺に愚痴を吐いていく。
そんな愚痴を聞いてあげながら、せめて髪型だけでも彼の好みになるように、出来ることならどこに出ても恥ずかしくないように俺は彼の髪を切っていく。
「今日はどうしましょうか?」
何時ものように俺が尋ねる。
「最近暑いので少し短めにお願いします。それより、聞いてください、最近ウチの上司がほんとにどうしょうもなくて…」
髪型はもはやなんで良いのではないかと思う位適当だ。
だけどそこは俺の腕次第。
信頼してくれていると思い込み、常連の彼の髪を切りそろえていく。
自然に流れのある様な、ビジネスマンに合う様な髪型でありながら、オフの時には少しラフに出来るよう、適度な長さに切りそろえながら俺は彼の愚痴を聞いていく。
そしてトップの部分、旋毛周辺を少し動きが出るように間引いていた時だ。
目の前が一瞬白黒になる。
「ちょっとごめんね…」
少しよろめいて俺はフラつきながら後ろの道具の置いてあるワゴンに手をついて目を瞑る。
ほんの5秒も経たない出来事。
そしてすぐに振り返り
「ごめんねちょっとふらっとして…て?」
目の前には空気椅子をした状態の、化け物が座っていた。
「あの、切る髪が無くなってしまったんですが…」
人間は想像以上のことが起きた時訳のわからないことを言うという迷信をこの身で体験してしまった。