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床屋
「いらっしゃい。」
何時もの店内。
顔馴染みの客と顔馴染みのカット面。
使い込まれた商売道具。
聞き慣れたBGM。
俺は何時ものように客のために笑顔を振りまき髪を切る。
ここは俺の働く床屋「M」。
街中でよく見かけるありふれた床屋、という訳ではなく、少しお高いオシャレな床屋。
男性を専門にした男のための男しか入れない床屋である。
カットも昔の角刈りやスポーツ刈りなどは殆どやらずに、メンズヘアならばほぼ全てをハイクオリティで提供している「つもりでいる」もしかしたら勘違いかもしれない危うい床屋だ。
それでもそれなりに売上には伸び悩むこともなく、生きていく上でそれなりに困らない程度には小銭を稼いでいる。
俺はそんな日々を子供の頃から憧れていて、そして今この店で店長として働いている。
そう、なんの不自由もない、むしろ他からみてみればやりたい事をやりたいようにやれている俺は、さぞかし幸せ者なのだろう。
そして俺自身、多少の不満はあるものの、現状の生活に大方満足しているのだ。
そう。
満足していると言い聞かせているのだ。