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Room No.403  作者: 水月康介
2年次2学期
79/80

百代の言葉

 文化祭の終了を告げる放送が流れた。


『――引き続き、キャンプファイヤーを行います。これは自由参加となっておりますので、参加希望の方はグラウンドに集合してください。なお、このイベントには祭りの始末という趣旨もあります。出し物のために作成した道具類などを燃え盛る炎にくべることで、祭りの終わりと日常の再開のための区切りとする、という意味合いです。皆様こぞって思い出を燃やしましょう』


 空は薄暮。

 キャンプファイヤーの準備は文化祭実行委員の仕事だ。男手の最後の見せ場である。貧弱な坊やの見本であるところの僕も、丸太に潰されないよう気を付けつつ作業を手伝った。


 生徒会長の放送に誘われて、グラウンドに少しずつ生徒たちが集まってくる。思い出を燃やしましょう、という物騒な煽り文句はスルーしているようだ。


 準備がおおむね片付いたところで、僕は人の流れに逆行して、グラウンドから出ていこうとする。


 ゆるい階段を登りきったところで、横合いから声をかけられた。


「キョウ君、 どこ行くの?」


 声のした方を見ると、ジャージ姿の百代が立っていた。

 両手いっぱいにウサミミ付きカチューシャを抱えている。劇中で使った小道具だ。2年1組はそれをキャンプファイヤーで燃やす物に決めたらしい。


「劇を見たよ。百代の演技、すごくよかったと思う」

「そんなストレートに人を褒めれるんだね」


 百代は意外そうに目を丸くする。失敬な反応だった。


「僕だって素直になるときくらいあるよ」

「文化祭も終わりだもんね。そういうときって、しんみりしちゃって、あまりはしゃげなくなっちゃうもんね」


 一瞬、甲高いハウリング。

 キャンプファイヤーの前に生徒会役員が整列して、一人ひとりマイクで謝辞を語り始めていた。


『今回の文化祭も無事に成功、終了できました、これもひとえに、生徒の皆さんのやる気と、見守ってくださる教職員の方々のお力添えが――』


 などと、繭墨が当たり障りのないコメントを述べている。

 それにかぶせるように、百代が言った。


「ヒメと踊らないの?」

「昨日誘って、断られた」


 謝辞を終えた生徒会長が、松明を手に取って火を灯す。


「……それなら、あたしと――」

「でも、もう一度、声をかけてみようと思って」


 キャンプファイヤーに点火、少しずつ火が大きくなっていく。


「昨日の今日で?」

「ちょっと引っかかってることがあるんだ」


 火はやがて大きく立ちのぼって炎となり、グラウンドを赤橙色に照らす。


「引っかかってる?」

「繭墨の行動に違和感があって」


 音楽が鳴り始める。


 スロウテンポなオルガンの音。

 フォークダンスの定番曲、オクラホマミキサーだ。


 キャンプファイヤーの周辺に、散発的に生徒たちがばらばらと集まってくる。

 キャンプファイヤーの実施は宣言したものの、フォークダンスがあるというのは過去の前例から出てきた噂だ。今年もやるのかどうか、生徒会は明言していなかった。


 そんな状態で、しかし音楽だけは流れ始めたので、生徒たちは戸惑いながらも集まってきたのだろう。そうして、少しずつ、散発的にペアが作られていく。


「今、キャンプファイヤーに点火したのって、本当に繭墨かな」

「本当も何も……、生徒会長だからあの場にいなきゃでしょ」


 僕の言葉につられて、百代はグラウンドの中心を見る。

 赤橙色の陰影がついた横顔は、普段の明朗な彼女とは別人のよう。それに見とれないように強く意識する。


「普通はそう考えるよね。生徒会長も、その周りの人間も」


 だけど、繭墨は普通じゃない。

 わたしは誰とも踊らないと繭墨は言っていた。


 彼女の気持ちがどうであれ、生徒会長としてあの場に立っていれば、ひっきりなしに誘いがあっただろう。そんなものからは当然、逃げたいと思うはず。しかし、締めのあいさつは生徒会長の仕事だ。さすがにないがしろにはできない。

 

 ダンスの誘いを受けることなく、職務を全うする。

 そのためには、当人があの場に立つことなく、しかし不在を咎められることもなく、謝辞を述べなければならない。


 少々、面倒な条件ではあるが、それでも手はある。


 日が沈んで薄暗くなっているが、今日はグラウンドの照明は落とされている。キャンプファイヤーの点火から炎上までを印象的に見せるための演出だ。この暗がりで遠目から個人の判別をするのは難しい。


 長い髪やメガネ、制服のスカートの長さといった特徴を押さえた人影が、生徒会長のポジションに立っていれば、それが繭墨だと誰もが思うだろう。そして、声だけを届ける手段ならいくらでもある。


 証拠は何もない。

 ただ、繭墨ならば、かなりブラックな手を使ってでも、この場所から距離を取りたがるはずだ。替え玉の候補は、背格好の似ている庶務の揺浜さんか。役職のない彼女なら不在を気にする生徒も多くないだろう。


 ふとキャンプファイヤーの中央を見る。

 生徒会役員の立っている辺りに、男子生徒が何名か集まっていた。

 

 詰め寄っているわけではなく、トラブルめいた雰囲気もない。首をかしげているのはたぶん会長補佐の遠藤だろう。男子生徒たちはやがて、グラウンド内の四方へと散らばっていく。


「誰か探してるみたいな感じ」

「だね」


 連中の動きを見て、僕は自分の考えが正しいと確信した。


「というわけで、僕は行くよ。百代の言うとおり昨日の今日だし、どうなるかわからないけど」


「ね、キョウ君ってヒメに直接告白したの? じゃなくて、それより僕と踊りませんかって誘っただけ?」


「後者だけど、でもそんなの、この状況じゃほとんど告白みたいなもの――」


「はんっ」


 百代が鼻を鳴らす。

 え、何その反応。


「ねえキョウ君、あたしがキョウ君を好きなこと、いつごろから気づいてた?」


 百代はこちらを見据え、答えにくい質問をズバンと投げつけてくる。


「えーと、まあ、ゴールデンウイークの猫騒動の頃には」

ニブ

「え?」

「気づいてても、あたしがチョクで何か言ってこない限りは、そのままにしとこうと思ってたでしょ?」


 それは全く否定できない。

 百代の好意に気づいていながら、僕はそれを自意識過剰だの、こちらからアクションを起こすのが恥ずかしいだのと理屈を並べて、何もしなかったのだ。


 僕が黙っていると、百代はすぐに言葉を続ける。


「ヒメだってそれと同じよ。〝ほとんど告白〟なんて相手に逃げ道を与えるだけなの。そーゆーことだから、まっ、頑張ってね。……どしたの、妙な顔して」


「いや、なんかずいぶん、応援してくれるなと思って」


「〝ほとんど告白〟が逃げ道になるのって、ヒメだけじゃなくてキョウ君にとっても言えることだし」


「僕にとっても逃げ道……?」


「キョウ君はヒメに振られたと思ってるけど、まだ行けるとも思ってるでしょ?」


 それも正解。

 だから僕は昨日の今日で、性懲りもなく、再び繭墨に挑もうとしている。


「はっきり告ってはっきり振られてないから、そんなあきらめの悪いことになってるんじゃない。ちゃんとトドメを刺されてもらわないと、あたしが困るの。現状、入り込む余地がないってことなんだもん。よーするに――」


「――これは応援じゃなくて、地雷原へ向かって突っ走れって言われてるわけだ」


 言葉を先取りされた百代は頬を膨らませる。


「……そゆこと」


 百代の態度は、表面上は突き放すようだけれど、その実、どこまでも肯定的だった。


「ありがとう」


 僕はそれだけ言って、再び歩きだす。


 これ以上、百代の言葉を聞いていると、失敗してもが保障されているかのような、そんな軽薄な気持ちになってしまいそうだった。



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