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Room No.403  作者: 水月康介
2年次2学期
73/80

文化祭前夜


 文化祭の前日の放課後。

 といっても今は、午後10時近い夜更けである。文化祭前夜だ。


 2年1組の演劇の準備はすでに完了している。

 道具類は数日前にすべて完成しそうなペースだったのを、前日に泊まり込みしたいというノリのいいクラスメイト数名の主張によってわざと遅らせたくらいだ。


 芝居の方は逆に、切り上げどきが見つからずにギリギリまで練習をしていた。一応の形にはなったのだが、通し稽古をするたびに、アクションを増やしたり、観客からの見栄えのために立ち位置を変えてみたりと、新しい発想が出てきて完成形にたどり着かないのだ。


 これは総合プロデューサー的な人の不在のせいだろう。

 演劇部などなら部長がいるが、僕たちは全員素人なのだ。

 委員長の倉橋や、言い出しっぺの百代などが中心となってはいるものの、二人とも意見を出す側になっていて、まとめ役となる人間がいない。


 まあ、それでもいいかと僕は思う。

 部活の強豪校のような必死さでもってぶつかっているわけでもないし、今さら綺麗にまとめようとしても時間が足りない。そんなことは承知で、みんな騒ぎたいだけなのだ。


 伯鳴高校の文化祭に前夜祭はない。

 この騒々しい空気がその代わりだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんなクラスのノリを斜に構えて見てしまう僕と赤木は、こっそり教室を抜け出して別のクラスの出し物を手伝っていた。

 

 定番のお化け屋敷なのだが、これがまた気合が入っていた。

 小道具類の作り込み、音響や演出のタイミング、お化け役の演技など、あらゆる要素のクオリティが高く、またその組み合わせによる相乗効果も素晴らしい。恐怖に対する感性と、それを最大限に見せる計算の上に成り立つ力作だった。


 手伝ってくれたお礼にと、部外者で最初にそのお化け屋敷を堪能した僕たちは、恐怖感と満足感という相反する感情を抱いて、薄暗い廊下を歩いていた。


「いやぁ、あれはすごかったね」と僕は切り出す。

「まあまあってところだな」


 赤木は強がった返事。お化け役の女子が引くくらい絶叫してたくせに。


「入口でカラスの鳴き声がするじゃない、あそこでつい上の方を向いちゃうんだよね。天井には夕焼け空が描かれてるし」


「マジックとかじゃよくある視線誘導のテクニックだろ」

「あとは和服を着た案内役の、青白い女の幽霊」


「淡々とした語り口で、出てくる幽霊たちの死因を話すやつな。あれは確かに怖かった」

「そうそう。来場客が実は屋敷の主人への食事だっていう設定は面白いよね」


「え? 面白いか? 幽霊たちが実は被害者のなれの果てで、主人に魂を半分だけ食われて無理矢理働かされてるっていう話とか、割とおぞましいモンがあると思うが……」


 そんな風に評価を語り合っていると、突如として校内放送のチャイムが響き渡った。


「ひぃッ……!?」この悲鳴は赤木のものだ。


 夜遅いことを考慮してか、音が出ているのは建物内のスピーカーだけ。それに音量もかなり抑え目になっていた。それでも、唐突なチャイムの音への戸惑いが、廊下にまで伝わってくる。


 時刻は21時55分。

 もうすぐ、文化祭の手引きにあった就寝時刻となる。


『皆さんこんばんわ。生徒会長の繭墨です。本日はお疲れさまでした。まもなく夜の10時です。就寝時刻となります。しっかり休養を取って、明日に備えてください。くれぐれも問題行動を起こさないようにお願いします』

『ヒッ』


 繭墨が言葉を切る直前、息を飲むような、あるいは短い悲鳴のような声が聞こえた気がした。僕と赤木は顔を見合わせる。赤木にも聞こえたらしい。


『……1回目は警告にとどめますが、2回目は反省文提出、3回目はイベント規模縮小と、ペナルティが徐々に厳しくなっていきます。ルール違反は当事者だけではなくその周囲の人までも――』

『み、見逃してください、まだ僕たちは1回目――』


 ――ブツン。


 放送が途切れた。

 マイクのスイッチをオフにしたような、唐突な断線。


「な、なんだよ今の声……」

「さあ……、明らかに許しを請う声だったけど」


『……失礼しました。ルール違反は当事者だけではなく、その周囲の人までも不幸にする愚行です。罪を犯すことのないように。また、意図せず罪を犯してしまった方も、さらに罪を重ねることのないよう、よろしくお願いします。それでは良い夜を』


「ね、眠れねえよ!」とおびえた声の赤木。

永久とわの眠りにいざなわれてる感じはするよね」


 静まり返った廊下の薄暗さが、途端に恐ろしげなものに思えてくる。暗闇が、単に光の弱い場所ではなく、繭墨の意思によって支配されている領域であるかのような恐怖妄想。


「俺さ、さっきのお化け屋敷はすげえ怖いと思ったけど、今の放送も別のベクトルで同じくらい恐怖を感じちまったよ……」


 同感だった。

 お化け屋敷は恐怖を与える娯楽だが、繭墨の放送は恐怖を想像させる警告だ。


「どっちも演出が上手いよね」

「ああ、就寝時刻が近づいて、これからが夜本番だぜウェーイ、みたいに考えてる連中は、完全に出鼻をくじかれたんじゃね?」


 廊下にいても、各教室がしんと静まり返ってしまっているのはよくわかる。


「放送事故を装った、男子生徒の懇願の声なんか真に迫るものがあったよね」

「いやアレは本気だろ」

「僕は仕込みだと思うけどなぁ」


 確かに声は本気だった。おそらく声の主である男子生徒は何かをやらかし、それが生徒会に見つかったのだろう。

 ただ、放送室に連行された彼を、繭墨は校内放送で晒すと脅迫などはしていない。罪を重くするとも直接は言っていない。彼が勝手にそうされると思い込んで、恐怖のあまり許しを請うただけだろう。

 もちろん繭墨の筋書きどおりに。


 放送終了後は、無罪放免、あるいは情状酌量して減刑――が妥当なところではないか。

 男子生徒に精神的なショックは残るかもしれないが、繭墨の方はそれはそれ、彼自身の責任として関知はしませんと澄まし顔をするところまで想像できた。


「まあとにかく、さっさと教室に戻ろうぜ。巡回あるんだろ。見つかったらヤバい」

「だね」

「阿山は当番じゃないのか? 実行委員なんだし」

「いや大丈夫。クジが外れてくれた」

「俺だったらちょっとやってみたいけどな、巡回役」

「煙たがられるだけじゃないの」

「調子に乗ってるリア充カップルどもをバシバシとっ捕まえたいんだよ」

「なんだ私怨か」

「お前は余裕だよな……」


 赤木が今までの親近感から一転、含みのある物言いをする。


「僕は極力、彼氏彼女がイチャついてる現場に近寄りたくはないし」

「そうだよな、お前もリア充側の人間になっちまったんだよな……」

「どうしたの赤木、なんか粘っこいよ」


 困惑する僕に、赤木は自分のスマホを取り出して何やら操作をし、その画面をこちらに向けた。そこには意外なものが表示されていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



――繭墨乙姫視点――



「はぁいそこまで。両手を上げて、二人とも離れてください。名前と学年と所属を教えてくださいね。こうやって見つかるのは初めて? じゃあちょっと失礼」


 薄暗がりの中でスマートフォンの液晶画面が灯ります。


「20XX年、9月XX日、午後10時41分っと、現在時刻はこれで間違いないですね。はい、相互確認完了です。次にルールの違反が発覚した場合、反省文提出となりますので、注意してください。はい、ではそれぞれ割り当てられた教室に戻ってくださいね」


 こちらの指定した就寝時刻を過ぎた現在。

 生徒会や実行委員、教職員による校内の巡回を行っています。


 わたしは会長補佐の遠藤さんと2人組で、本校舎を1階から上へ向かう巡回中でした。


 現在進行中ながらも着々と成果が出ています。

 もっとも、それは悪さをしている生徒が多いということで、決して良い傾向ではありません。


 1階の階段脇で2名の男女を、2階のパソコン室で2名の男女を、そしてたった今、同じく2階の多目的室で2名の男女を、それぞれ摘発したところです。まったく、多目的という名前の中にそういった目的は含まれていないのですが。


「あれだけ言ってもいなくならないんだねぇ」


 気まずそうに立ち去っていく2年生の男女を見送り、遠藤さんがため息をつきます。


「遠藤さんの手際もよくなったわね」

「そりゃもう、3組目だもん」

「カップルの摘発を楽しんでいるように見えるわ」


「夢うつつでキャッキャウフフしてた人たちが、他人に踏み込まれた途端、夢から覚めたみたいなポカンとした顔になるところって、見てる分にはすごく楽しいよねぇ」


「いいご趣味ですこと」

「えー、会長は違うの?」

「わたしは、余計な手間を増やさないでという苛立ちしかないわ」

「あ、そっかぁ。宿泊OKの言い出しっぺ、最高責任者だもんね」

「そういうことよ」


 問題を起こした生徒のリスト作成、反省文のチェックと管理、さらには3回目の問題を起こした生徒が現れた場合、その生徒の所属する団体に対する処罰。


 それらの面倒ごとがこちらの負担になることなど、彼らは想像すらしていないでしょう。


「そんな怖い顔するなら提案しなきゃよかったのに」

「やっぱり負担になってる?」


「大変なのは会長でしょ? あたしたちは今日と明日、ちょっと巡回が増えるくらいだけど、会長は違うじゃない。悪さをする生徒の数次第で事務作業がどーんと増えちゃうんだから」


「そこはわが校の生徒の素行の良さを信じるわ」

「素行ねぇ……」

「せめて痛い目を見れば、これ以上の抵抗はなくなるはずよ」

「それって信用じゃなくて恐怖支配……」


 わたしたちはそれ以降、違反者を発見することはありませんでした。

 1・2階はこの時間、基本的に無人となるため、悪さをしたい生徒たちはまずここでコトを起こそうと考えるからです。


 生徒たちが就寝中のはずの3・4・5階は先生方が巡回中です。

 この時間帯の巡回を切り上げて、わたしたちはいったん、生徒会室へ戻りました。


 わたしはテーブルに座り、違反者のデータ整理にかかります。


「違反者の数は、想定内といったところかしら」


 遠藤さんは飲み物を口にしつつ、ニヤリと笑いかけてきます。


「初っ端の恐怖放送が効いたのかもねぇ」

「あんなもの、ただのハッタリでしょ」

「それは相手の受け取り方次第よぉ。あの会長なら秘密裏に何人か消しててもおかしくない、って噂されてるし」

「そう……」

「あれ、ちょっとショック受けてる?」

「いいえ、でも、否定するよりはノーコメントを貫いた方が、効果はあるのかしら……。噂の操作は難しいものね」

「みんな本当かどうかよりも、面白いかどうか、の方へ動いちゃうもんねぇ」


 遠藤さんはそう言いながら、スマートフォンの画面を操作します。


「何か面白い情報があるの?」

「うん。はいこれ」


 こちらに向けられたスマートフォンの画面には『伯鳴高校ミスコン・ミスターコン投票結果発表』の文字が。


 投票権は伯鳴高校の現役生であることのみ。

 ただしこの投票の面白いところは、各クラスに散らばった有志が、クラスメイト一人一人に接触して票を募るというアナログな手法をとっている点です。


 この方法ならば、有志が信用に足りるという条件付きで、イカサマは発生しません。


 上位者に対して景品があるわけでもなく、ステージで表彰されるわけでもない、この結果発表がすべての娯楽です。票の操作によって上位に来たところで、少し騒がれただけで終わりですし、また、順位と容姿が合っている・いないで騒がれるくらいなら、そっとしておいてほしいと思う人も多いでしょう。


 イカサマの労力に見合ったリターンがない、という理由から、結果に関してはそれなりの信用があるようです。大々的に注目を集めているわけではない、ちょっとした話題のたねていどのイベント。そのスタンスによって公平性・中立性が保たれているのでしょう。


「ああ……、去年も確かやっていたわね」

「興味ない?」

「わたしは去年、2票だったけれど」

「票が入ってたんだ」


 得票数2で確か30位台タイの順位だったはずです。

 わたしは、去年は進藤君に投票しました。今年は無記名でしたが。


「去年は1位の人でも、得票数20も行ってなかったでしょう」


「今年もそんな感じかなぁ。この手の投票ってぇ、上位の10人くらいはそこそこ有名どころだから、逆に、2・3票入ってるけどまったく顔も知らない、くらいの位置の人の方が興味湧かない?」


「わたしはあまねく男性の顔面を評価することに興味が湧かないわ」


「ふふん、浅はか(・・・)なり、生徒会長」


 と遠藤さんは肩をすくめます。


「こういう投票ってね、変な利害が絡まないぶん、学生たちの胸の内に秘められた想いをさらけ出すステージになるのよぉ」

「でも匿名だから伝わらないわ」

「伝わらなくてもいいの、ただ意識してくれるだけで。自分のことをどこかで見ている人がいるという、その事実を」

「どうしたの遠藤さん。やけに熱が入っているわ」

「あたしの勘だと、下位の得票数2とか3は、上位の10票よりも本気度が高いと思うの」

「そうかしら」

「それを踏まえて、ほら、男子の結果をクリックしてみて」


 と遠藤さんが急かします。何か面白い結果があるのでしょうか。ちなみに、クリックではなくタップですね、スマートフォンなので。


 男子部門1位は、想像のとおり進藤君でした。

 これは単純な見た目以上に、甲子園出場でハクが付いたおかげでしょう。


 特に投票したい人がいない場合、とりあえず有名な人の名前を書いておこう、という適当な心理が働きます。そして、この学校で最も有名な男子生徒の一人が進藤君です。そういった理由から票数が伸びたのでしょう。


 そのほか、上位に並んでいるのは、運動部で有名な選手たち。あるいは外見に気を遣い、遊ぶことに熱心なグループの人たち。お決まりの生徒が並んでいます。


 そうやって順位を見ていく中、思いのほか早く〝その名前〟を発見してしまい、画面をスライドさせる手が一瞬、硬直してしまいました。


「あっ、会長、いま止まったでしょ」


 嬉しそうな声の遠藤さん。

 これを見せたかったのでしょうね。


 15位タイ:阿山鏡一朗…………得票3


 意外と言うほかありません。

 曜子の1票が確実なので、ランキングに乗っている可能性は考慮していましたが……、残りの票はいったい誰の手によるものでしょうか。

 2票目の投票者はまったくの謎。3票目に至っては自演を疑ってしまいます。


 このランキングは、対象者の性別については考慮されていません。投票者が匿名である以上、同性への投票も、自分自身への投票も可能なのです。これは仕様上の問題であり、性的マイノリティへの配慮云々という近年の風潮とは全く関係ありません。


「会長ってもしかして阿山君に」

「わたしは無記名でした」

「えー、ホントにぃ?」

「本当です」


 断言すると、遠藤さんはつまらなそうに口を尖らせます。


「でも、それなら残りの1票って誰なんだろ……」


 それは意外なつぶやきでした。

 残り1票。つまり遠藤さんは、投票者のうち2人には心当たりがあるということです。


「……知っているの?」

「あ、会長も興味あるんだぁ」


「奇特な知人に特別な感情を持っている可能性のある、奇特な人物というのは誰なのかしらと若干の関心があることは否定しないわ」


「回りくどくてめんどくさい会長らしさが凝縮された発言ねぇ」

「無理に聞き出したいわけではないから気にしないで」


 とさして興味のないわたしは突き放すのですが、遠藤さんは構わず話を進めます。


「ひとりは阿山君のクラスメイトの……ほら、百代さんだっけ?」


 それは知っています。わたしは視線で続きを促します。


「そ、そんなに睨まないでよ……」

「睨んではいないわ」

「もう一人は、実はあたしです」


 と小さく挙手する遠藤さんを、わたしはつい凝視してしまいます。


「……そう」

「阿山君が2票取ってるのを見た会長がどんな反応するのかなぁと思ったら、つい投票しちゃった」

「胸の内に秘められた想いとやらはどこへ行ったの」


 遠藤さんの動機の軽さに、わたしはため息をつきます。


「でも、3票目が会長じゃないならいったい誰なのかなぁ、という謎が残ったのです……」

「別にどうでもいいことだわ」


 わたしがこの話を切り上げて雑務に戻ろうとしたところで、生徒会室の戸が開きました。

 特別教室棟を巡回していた二人が帰ってきたのです。


「ただいまー」と副会長の近森さん。

「も、戻りました……」と同行していた1年庶務の女の子。


「あ、ねえねえあずさ、ミスターコンで阿山君に投票した人に心当たりある?」


 遠藤さんがそう呼びかけると、近森さん――

 ――の隣の庶務の子が、びくりと肩を震わせました。


 わたしたちは顔を見合わせました。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 そのあと庶務の子に、ごくごく軽く、ほんの少しだけ、嫌ならば構いませんからと、卵を扱うかの如く、やんわり過ぎるほどやんわりと事情を尋ねました。


 彼女が語ったところによると。

 たびたび生徒会室を訪れて作業を肩代わりしてくれる、部外者であるはずの上級生を、いつしか憧憬に似た思いを持って見つめるようになっていた、とのこと。


 そう。ただそれだけの、ありふれたストーリー。


 それを聞いた遠藤さんと近森さんは、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべて、明日憧れの先輩を誘っちゃいなよ、などと庶務の子にけしかけたりしていました。


 わたしへの挑発が多分に含まれていることは理解しています。

 あの二人は以前から、わたしと阿山君の関係を疑っていましたから。


 翌日からの文化祭を誰と回るのか。

 それは多くの生徒にとって大きなテーマなのでしょう。


 しかし、わたしのやることは変わりません。今さら変えられませんし、開催中は運営の管理以外のことに手を回す余裕もありません。

 曜子でも庶務の子でも、自由に回ればいいんです。わたしにそれをとやかく言う権利はありませんから。



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