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Room No.403  作者: 水月康介
2年次2学期
68/80

教えられることはないけど


 ――百代曜子視点――



 学校を出たあたしたちは、100円ショップへやってきた。


 キョウ君は市場調査なんてちょっと利口ぶった言葉を使ってたけど、要は文化祭で使うものを、できるだけ安いところで買いたいっていう、ただの節約志向だよねぇ。


「ホームセンターじゃないんだ」

「向こうの方がちゃんとしたものを置いてるけど、基本、割高だから。そりゃ値段相応に質もいいんだろうけど、長く使うわけじゃないからね」

「そっか、1日持てばいいもんね、極端な話」


 中に入ると、キョウ君はDIYっていうコーナーへ向かったのであたしもそれに続く。なんだろDIYって。DIYダイ……、死……? はdieだから違うし。まあいっか。

 並んでる商品を見た感じだと、日曜大工とか工作に使うものの売り場みたい。


「作るものって、背景用のハリボテくらいだよね」

「衣装もいるんじゃないの」

「でも布から作ったりはできないし」

「とりあえずハリボテ作成用の道具だけ見ていこうか」


 といっても厚紙とベニヤ板と接着剤と、あと色を塗るためのカラーペンくらいしか思いつかない。

 キョウ君は隣のレーンで「カラースプレーが100円?」とか驚愕の声を上げていた。ちょっと恥ずかしいので近寄らないようにした。

 そのあとも、キョウ君の冷やかしが思ってた以上に長かったので、あたしは途中からヘアアクセや化粧品の売り場へ移って時間を潰した。


「いやぁ、お待たせ、ついうっかりいろいろ見入っちゃって」

「女の買い物は長いって男子はよく言うけど、キョウ君も相当長いよね」


「女子の買い物って、あれだいたい自分が身に着けたときのシミュレーションに時間かけてるんじゃないの? 服やら靴やらカバンやら」


「あ、それはあるかなぁ。じゃあキョウ君は何をシミュレーションしてたの?」


「棚とか自作できないかなと思って、頭の中で材料を組み立てたりするんだけど、そういえば工具がない、じゃあ工具を買ってまでやるのか、そこまで金を使ったとしてまともなクオリティになるのか……、って考え込んじゃってさ」


「……出し物の準備は?」

「必要な道具とかはだいたい確認できたよ」

「ふぅん……」


 あたしは視線でさらなる弁解を求める。

 キョウ君は100円ショップの店内を見渡して、


「安さ極まれりって感じだね。それでいてクオリティはむしろ高くなってるときた。市場は消費者の求める方向に進まざるを得ないから、物価上昇率なんて言葉は虚しいだけだよ」


「キョウ君は小難しい言葉を使ってゴマカすのをそろそろやめるべきだと思うの」

「そんな」


 割と本気で嫌がってる声だった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 あたしたちは店の外のベンチに座った。


「ミルクティーでいい?」

「うん」


 キョウ君のおごりでミルクティーを飲む。9月の夕方なんて真夏とそう変わらない。まだまだ暑くて、ミルクティーの甘ったるい冷たさが喉に心地よい。

 キョウ君が買ったのは缶コーヒーではなくなぜかストレートのアイスティーだった。それをあまりおいしくなさそうな顔でちびちびと口に含んでいく。


「とりあえずシーン1、かぐや姫誕生の場面か……」


 台本にペンで色々と書き込んでいくキョウ君。

 シーンごとに使う小道具・大道具を書き込んで、どれくらいの材料や作業が必要なのかをイメージしやすいようにする、ということみたい。


「――シーン4、おじいさんの家。……おじいさんって金持ってる人なの?」

「竹で生計を立ててるんだからちょっと厳しいんじゃないの?」

「じゃあちょっとくたびれた感じで」


「――シーン7、月の宮殿にて、侵略者たちの企ての場面。……これ必要?」

「どうなのかなぁ……、敵役って重要なんじゃないの?」

「月の宮殿のイメージがわかない」

「インドにあったよね、玉ねぎみたいなのが乗ってるお城。あれとかどう?」

「タージマハルのこと?」

「そうそう。よくわかんないけど」

適当テキトーすぎる……。このシーン、もういっそ照明を全部落としてさ、スポットライトだけにしたら? そこで敵の幹部が計画について話をする……、得体のしれなさがアップしていい感じだと思うけど」

「手抜き感すごいんですけど……」

「演出の妙と言ってほしいな」


 そうやって全部のシーンの、背景のイメージを台本に書き込んでいく。

 ハリボテ自体は、作るのはそんなに難しくはない。


 問題は衣装の方だ。


「服はどうするの? やっぱりコスプレ?」


 あたしは質問する。


「ちょっと調べたんだけど、コスプレってびっくりするくらい高いんだねぇ。1万越えとか普通みたいだし。スペシャルコース10万とかあったよ」

「ウソ、そんなにする? オーダーメイドとかじゃないのそれ」

「既製品じゃなくて、頼んでから作ってもらうやつ? どうだったっけ……」

「ちょっとお高すぎでしょいくらなんでも」


 と言いながらキョウ君も自分のスマホを操作する。


「あったよ、ほら、既製品で、着物とかも……」


 スマホを覗くキョウ君の声が尻すぼみになって、表情もなんだかまぶしいものを見るような感じになる。


「……どしたの?」


 あたしもひょいっとスマホの画面を見ると、そこには着物――

 ――を着たきれーなおねーさんたちの画像が並んでいた。


 しかも、この着物って、なんか、スソがとっても、短いんですけど。


「キョウ君?」

「いや、違う、これは検索エンジンが、goddess(ゴッデス)先生が悪い」


「別に悪いとは言ってないけど……、でもなんかここに写ってる人たちって露骨に胸とかおっきいよね。胸元も開きすぎ」


「肉感的ではあるけど」


 キョウ君はあいまいな言い方をする。


「あ、そういう風に言えばいいんだ。じゃあ太めの子は?」

「包容力のある人」


「貧乳の子は?」

「すらっとしたスレンダーな体型」


 まあとにかく、とあたしはキョウ君のスマホを奪い取った。

 他の画像も見てみたけれど、ナースとか婦警さんとか、全体的にスカートが短くて胸元が大きく開いてて、とにかく、コスチュームプレイという意味でのコスプレというより、そういう(・・・・)プレイに使うようにしか見えないものばっかりだった。


「とりあえず、ここのサイトのはダメだから」

「ハイモチロンデス」


 キョウ君はすっとまじめな顔に戻って、


「――となると、着物はもう浴衣とかでもいいんじゃないの」

「うん、それなら持ってるよ、夏祭りにも着ていったし」

「あ、ああ……」


 あたしのふとした言葉にキョウ君は固まってしまう。

 その態度で、あたしも思い出してしまった。あの夏祭りを。


 おんぶしてくれたキョウ君の背中の意外な広さとか、暑苦しさとか。

 あたしの告白に足取りが乱れて、その動揺がダイレクトで伝わってきた感覚とか。

 達成感と気まずさの中で、並んで見上げた花火の光とか。


「……ごめん」


 キョウ君がそう口にする。

 ……やっぱり謝っちゃうんだ。

 

「いちいち謝らないで。謝られると、断られたときの感じを思い出しちゃうから」


そう言っても、キョウ君の表情は冴えない。


「キョウ君、ちょっと正座して」


 あたしはキョウ君にスマホを返しつつ、立ち上がって上から言う。


「えっ、……え?」

「ほら、早く」


 ベンチの上に無理矢理正座させる。


「あたしが勉強でキョウ君に教えられることはないけど、でも、それ以外のことでひとつ、アドバイスできることがあります」

「アドバイスって……」

「ズバリ、周りの視線です」


 ズバリ、とあたしはキョウ君を指さす。


「キョウ君はあたしに、友達として今までどおりに、って言ってくれたよね」

「……うん」

「そういうのを、世の中では何なんと言うでしょうか」

「え? ええと……、男女の友情?」

「ブー。正解はキープ、スペア、2号さんなどです」

「そんなつもりじゃ――」


 立ち上がろうとするキョウ君の肩を押さえて、話を続ける。


「キョウ君がどういうつもりで言ったのか、あたしはよくわかってます。でも、周りの人はどう思うでしょうか。それに、あたしの他にも言い寄ってくる子がいるかもしれないし、その子がキョウ君の考え方をちゃんと理解してくれるとも限らないし」


「そう言われても」

「だから、まず謝罪禁止。キョウ君のかがやらしい未来のために」

「かがやらしい?」

「輝かしくもイヤラシイ、ウハウハな状態のこと」

「それはないよ。有り得ない」

「わかんないじゃん」


 弱々しく笑うキョウ君を、あたしは睨みつける。


 自分を卑下するキョウ君。

 自分を卑下するキョウ君を、好きになったあたし。


 どんなキョウ君も許容できる自信はあるけど、でも、あたしの目の前で自分を卑下している今のキョウ君は、ひっぱたいてでも正したいと思う。


 だから、手を出す代わりに、あたしはずっと睨み続けた。


 どれくらい時間が過ぎたんだろう。

 人がそばを通ることはなかったから、そんなに長時間じゃなかったはず。


 やがて、キョウ君が口を開いた。


「有り得ないけど……、でも、百代の言いたいことはわかった。ありがとう」


 その表情はまだ晴れやかとは言えないし、しぶしぶ折れた感じが見え見えだったけど、でも、今はこれで良しとしておこうと思った。


 恋に破れた胸の痛みよりも、一緒にいることの楽しさの方が、ずっと大きい今のうちは。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日の休み時間、あたしは倉橋に声をかけた。

 キョウ君がいろいろ書きこんでいた台本を見せて、必要な小道具類や衣装、そのために準備する材料なんかをざっくりと説明してみた。


 材料費は思ったよりかからない想定。あちこちのスーパーを回ってダンボールをもらえばハリボテを作るのは問題なさそう。ただ、作成期間のことを考えると、今から取り掛からないといけない。ギリギリになるとどうしても雑になっちゃうし、手直しができなくなる。


 だから、1シーン分の背景を作るのに2日かかると考えると、今日から取り掛からないと間に合わない、と説明しておいた。実際はいくつも使いまわしできるからかなりのどんぶり勘定なんだけど、こういうのは大きく言って脅しといた方がいい、というのがキョウ君からのアドバイス。


 衣装類は基本、それぞれが持ち寄る方針。作務衣や浴衣とかでも十分和服っぽく見えるし、主役級の人たちに派手な色のものを着せれば、それで目立って舞台映えするはず。


 それらの説明を終えると、倉橋はキツネっぽい目をさらに細めて、


「これ、阿山が考えたんだろ」

「あ、やっぱりわかっちゃう?」

「そりゃ昨日の今日だし」


 キョウ君からは、ぜひとも百代の手柄にしてよ、なんて言われてたんだけど。

 あたしはそういうのには興味ないし、むしろキョウ君の手柄として広まってほしいなって思ってるくらいだった。


「ね、みんなにこの話を説明してよ」

「なんで。自分で言やいいっしょ、百代でも阿山でも、どっちでもいいから。間違った内容じゃないと思うし」

「あたしたちじゃ発言力が弱いから」

「なんだそりゃ」


 と倉橋が首をかしげる。


 キョウ君が言っていた。

 説明するなら倉橋がいい、って。

 演劇の、全体的な進行状況を説明して、理解してもらったうえで、みんなに発破をかけてもらえばいいって。声が大きくて顔が利くあいつが適任だって。


「だって、あたしの話よりも、倉橋の話の方が、みんな耳を傾けるでしょ、倉橋ってクラスの中心の立ち位置だし、委員長って立場もあるし、……カリスマ性? っぽい雰囲気のものを若干、持っているような気配も漂ってる感じがするし……」


「どんどん薄まってんだけど」


「とにかく、あたしたちよりも適任ってこと。だからお願い。キョウ君の案を、倉橋も間違ってないって思ってるならさぁ」


「……百代必死すぎ、ちょっと引くわー」

「ええ、そう……?」

「やっぱ阿山が絡んでるから?」


 あたしが返事をしないでいると、倉橋はさらに問いかけてくる。


「でも阿山って繭墨にべったりっしょ。無理めじゃね?」

「……その辺は、やっぱりわかっちゃうんだ」

「見てりゃモロバレ。夏休みの同棲騒動みたいなのがあったし、みんな一応気ぃ遣って触れないようにしてるだけなんじゃないの」

「うわぁ」

 

 その優しさはちょっと辛い。

 ほらキョウ君、言ったとおりじゃん、周りの視線に全然気づいてないじゃん。


「でもまあ、なんだ。百代があれを好きな理由は、なんとなくわかった」


 倉橋は台本をめくりながら、そんな爆弾発言を繰り出した。


「……え、な、何言ってるの、ダメだよ倉橋」

「ダメって何が」

「キョウ君はたぶん倉橋みたいなのタイプじゃないから」

「はあ? なんであれの好みの話が出て……、あ、やめて、その勘違いイラッと来るからサスガに」

「キョウ君の格好良さに気付いちゃったわけじゃないの?」


「いいところゼロってわけじゃないのがわかっただけ。どういう耳してんのアンタ。色恋でイカレるのは目だけじゃないのかよ」


「うわ、ひっど! そういう倉橋はどーなの。そっちの考えるイケメンを出してもらわないと、あたしも引っ込みがつかないんですけど」


「ああ? ……1組はイケメン不在、いい男率だと今は2組がアツくて……」


 倉橋は鬱陶しそうな顔をしながらも、自分が今気になっている男子生徒について語ってくれた。そのほとんどはちょっと暑苦しい系の男子ばっかりで、あたしとは趣味が合いそうになかった。


 それでも、倉橋は委員長として、演劇の進行状況をみんなに説明し、ちゃんと危機感をあおっていた。


 大勢に対して物怖じせずに発言できることは、それだけで立派な才能なんだということが、倉橋を見ているとよくわかった。

 発言の中身は別の人に考えてもらえばいいんだから、正しいアドバイスを受け入れれば、もっとたくさんの人を動かせるようになるのかな、なんて漠然と思ったりする。



 ――適材適所とか、相性とか。

〝持ってない〟あたしは、自分にもちゃんとした居場所がいるのかな、ふさわしい相手がいるのかな、って、つい考え込んでしまう。


 だから〝持ってる〟人も悩むんだっていう当たり前のことに、気が回らなくなっていた。

 いつもなら気づけたかもしれない、ちょっとした変化に気づけなかった。



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