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Room No.403  作者: 水月康介
2年次1学期
34/80

修学旅行の夜のような

――繭墨乙姫視点――



「大丈夫ですよ、千都世さん。この猫はわたしの家で預かりますから」


 困惑する阿山姉弟をよそに、わたしは手早く猫グッズを片付けていきます。曜子も最初は戸惑っていましたが、この状況で猫を預かってもらうのは無理だと理解してくれたようで、パトリシアをキャリーバッグに入れて、一緒に撤収準備にかかります。


 玄関口で阿山君は、こちらを引き止めるような言葉を吐こうとして、それを飲み込み、ありがとう、とだけ口にしました。

 そういう割り切りができるところは、悪くないと評価できます。



 アパートを出ると、わたしは自分の家の方向へと歩き出そうとしますが、しかし、曜子がその場から動きません。


「どうしたの? 忘れ物?」

「あのね、別に、あたしんでもいいよ」


 曜子が少し言いにくそうに、そんなことを口にします。

 猫を預かることを断られたはずの、自分の家へ、猫を連れて行ってもいいという。

 その発言の意味するところを察して、わたしは苦笑いを返します。


「あら、あっさり白状するのね」

「バレてたんだ……」

「なんとなく、よ。気づいたというより、そうした方がヨーコにとって得だと思ったから」

「あ、でも最初から考えてたわけじゃなくて、思いついたのは、お父さんに連絡しようと思ったときだから」


「ヨーコが、猫はやっぱり預かれない、ということになったら、次は自然と阿山君の部屋に矛先が向かう。押しに弱くて断れない阿山君は、なんだかんだ言いながらも、結局預かってくれることになる。そうしたらしめたもの、世話までさせるのは悪いから面倒を見に行くとかなんとか理由をつけて、連休中の彼の部屋に居座ることができる。そういうことでしょ?」

「あぅ……」


 曜子は観念した様子でうなだれます。


 実際のところ曜子は、父親に連絡をしていませんでした。

 それなのに、断わられてしまった、どうしよう、という流れで阿山君に相談をしたのです。目的のために手段を選ばない、なかなかの悪女といえます。


「ただ猫の世話をするだけじゃなく、あわよくば泊り込もうという腹でしょ」

「えっ、なんでわかったの?」

「猫グッズ込みにしても荷物が多すぎよ」

「これでもかなり減らしたのになぁ」

「阿山君は気づかなかったみたいだけれど」


 肉食系の本領発揮の曜子に比べて、阿山君は草食系のくせに警戒心が薄いようです。草食系どころの話ではなく、もはや物言わぬ草の境地に近づいているのかもしれません。


「おしかったわね。千都世さんが来なければ計画は成功していたかもしれないのに」

「うーん、やっぱりズルはできないんだねぇ。でも、お姉さんが来てくれてよかったかも。ちょっとだけ、罪悪感もあったし……、さすがに家族が来てるところに猫を持ち込むわけにもいかないし」

「……そうね」

「っていうかむしろキョウ君はどうして実家に帰らなかったんだろ。あたしたちのせいじゃないよね?」

「予定があればさすがに断ってるでしょ。面倒だから帰りたくなかったとか、そういう理由よどうせ。他所よそ様の家のことをあれこれ考えても仕方がないわ」

「それはそうだけど」


 それはそうだけど気になって仕方がない、と言いたげに曜子は口をとがらせます。

 ここはひとつ、曜子の気をそらすことにしましょうか。


「ねえヨーコ。宿泊のための荷物を持ってるのよね。だったら、うちに来ない?」

「え? ヒメの家? いいの?」

「少し遠いけれど、それでも構わなければ」

「行く行く、ぜんぜん構わないから!」


 わたしの提案に、曜子は身を乗り出し、目を輝かせます。

 キャリーバッグが揺れて、中にいるパトリシアが小さく唸り声をあげました。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 阿山君のアパートから徒歩で停留所へ向かい、他愛のない会話をしながらバスに揺られること約30分。この近辺では高級住宅街に位置付けられている、華々見(かがみ)台という丘のふもとで下車します。


 そこからさらに歩くこと10分、ようやく繭墨の家に到着しました。


 華ヶ見台は丘の頂点に近づくにつれて、一戸ごとの専有面積が広くなっています。庭が広くなり、家も大きく、豪華になっていくのです。頂点を占有するのはわずか数軒の最上位グループのみ。

 繭墨家が属するのはその1つ下です。

 第二グループと私は勝手に区分し、名付けています。

 それでも、少なくとも学校周辺の住宅街にある建売住宅より、3倍は大きな家屋が並んでいます。


「ふぁー……」

 と曜子が感嘆? の声を上げながら、繭墨の3階建ての家を見上げています。

「なんとなく、いい家に住んでそうなイメージを勝手に抱いてたんだけど、ホントにお嬢様だったんだね……」

「いい家かもしれないけれど名家ではないわ」

「え? 何が違うの?」

「格式が違うわ」

「ふーん、ね、メイドさんとかいるの? 執事さんは?」

「家政婦さんが1人だけ。その人もわたしたちのお母さんくらいか、もっと年上かっていう年齢よ。ヨーコがイメージしているような、可愛らしい女性や、キリッとした男性はいないわ」


 そもそも、世話をする相手が家にいませんし。


 今現在、母は家を出ています。

 父はときおり着替えを取りに帰ってくるだけ。

 家政婦が週に3回やってきて、掃除や洗濯、食事の用意などをしてくれています。


 家族よりも、家政婦たにんとの接点の方が多い生活。

 曜子を家に呼んだのは、そんな生活の虚しさを、少しでも紛らわせたかったから、なのかもしれません。


 ご家族にゴアイサツを、と畏まる曜子には、両親は旅行中、とだけ説明します。

 不思議そうな顔をしつつも、深く尋ねてくることはありませんでした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 パトリシアを部屋に置いて、猫グッズの用意などをしていると、すぐに夕食どきになりました。

 今日は家政婦の人が来ない日です。

 作り置きの煮物だけでは不足というなら、自分の手で料理をしなければなりません。


 曜子と二人で冷蔵庫の中身をチェックし、料理サイトでメニューを検索、手順に沿ってどうにかこうにか作り上げましたが、正直、味の方は今ひとつでした。

 曜子がいくつかの調味料と手順を省いていたので、おそらくそれが原因でしょう。

 食後のお茶だけはきちんとしたいものです。


「コーヒーを淹れるけれど、ヨーコは何か飲みたいもの、ある?」

「じゃあ、あたしも……、コーヒーでお願い」

「……わかったわ」


 曜子の返事は少し意外でした。彼女がコーヒーを飲んでいるところを、今まで見たことがなかったからです。

 曜子の表情は、食後のブレイクタイムのそれにはとても見えません。

 コーヒーを嗜むのではなく、挑戦しようとしている、そんな決意の表情です。


 何か心境の変化でもあったのでしょうか。不思議に思いつつも、わたしはいつもどおりの手順に沿って、ペーパードリップでコーヒーを抽出していきます。

 抽出されるコーヒーは、基本的に最初が濃く、徐々に薄まっていきます。そのため、1杯目は自分用、2杯目は曜子用にと分けてカップに入れました。

 それでも、コーヒーに不慣れな曜子の舌が、どの程度の苦さをおいしいと感じるのかは未知数です。


「はい、どうぞ」


 テーブルにカップを置くと、曜子の表情がさらに引き締まります。私にとっては落ち着くコーヒーの香りも、曜子にとっては精神をかき乱す刺激臭なのでしょうか。


 そして、曜子は恐るべき暴挙に出ました。ミルクを4パック、角砂糖を4個も投入したのです。……ああ、もはや彼女の目の前にあるのはコーヒーではなく、ただのコーヒー飲料にすぎません。

 まあ、いいでしょう。それでもまだ辛うじて、コーヒーの魂は残っているはず。せめて曜子、あなたのその舌で、漆黒に波打つ魂の残滓を感じ取ってくれるといいのですが。


 曜子は恐る恐る、カップを口元に運びます。

 わずかに傾くカップ。曜子の眉がピクリと動きます。


「どう?」


 カップをテーブルに戻した曜子に尋ねると、


「ん……、なんか、甘苦い……」

「それはそうでしょうね」あんなに砂糖とミルクをぶち込んでは。「それから?」

「ん……、……それだけ?」


 と首をかしげる曜子。


「そう……」


 わたしは向かいの席に腰を下ろすと、カップを手に取ってコーヒーを口にします。

 きちんとおいしかったのですが、心なしか、いつもよりビターにも感じました。


 味覚など人それぞれですから、仕方ありませんね。

 曜子もきっといつかわかってくれるでしょう。


「ところでヨーコ、どうして急にコーヒーを飲もうなんて思ったの?」


 わたしの疑問に、曜子は苦笑いを浮かべます。


「だって、ヒメもキョウ君も、いっつもおいしそうに飲んでるから、もしかして今ならあたしも行けるんじゃないかって思っただけ。ダメだったけど」


 と、今度は寂しそうな苦笑。


「苦味なんて慣れよ、わたしも最初は、砂糖もミルクも入れていたもの」


 小学校4年生までですが。


「そっかぁ、でもね、別にコーヒー飲めなくてもいいの。ちょっと気が楽になることがあったから」

「何?」

「キョウ君ちで飲み物を頼んだとき、あたし、ミルクティを頼んだんだけど、それが普通に出てきたの」


 猫カフェと化した阿山君の部屋で、わたしたちがくつろいでいたときのことですね。

 わたしはコーヒーを、曜子はミルクティを頼んでいました。


「それのどこが?」

「だって、キョウ君って今まで――あたしが知ってる限りだけど、ミルクティなんて飲んでなかったもん。冷蔵庫に入ってるところも見たことないし。でも、今日は頼んだら出てきたんだよ? これってつまり、あたしのために用意してくれてたんじゃないかな」


 わたしや阿山君がコーヒーを飲むのと同様に、曜子はミルクティを愛飲しています。

 それに気づいた阿山君が、曜子のためにミルクティを前もって買っておいた――それはあり得る話です。


 実績もあります。


 初めて阿山君の部屋にお邪魔したとき、彼の部屋には多人数でできる娯楽がありませんでした。それを気にしてのことでしょう、翌日にはさっそくトランプを購入するという、意外な行動力を発揮していました。


 そんな阿山君の性格ならば、事前にミルクティを用意しておいたとしても不思議ではありません。わたしたちが来ることはわかっていたのですから。


「長居するな、みたいなこと言っておいて、素直じゃないよねぇ」


 曜子はとてもうれしそうに、歯を見せて笑っています。


「気づかなかったわ。意外と鋭いのねヨーコは」

「むぅ、意外とって何よぉ……、でもこれからは女探偵って呼んでもいいのよ。恋する探偵……恋愛探偵、これね!」


 何が〝これね〟なのかはわかりませんが、恋愛探偵というフレーズは実に陳腐です。

 ドラマのタイトルだとすれば、完全に深夜の色物サスペンス枠ですね。


「どしたの? ぼんやりしちゃって」

「意外と鋭いヨーコに比べて、阿山君はどうなのかなと思っただけよ」

「あぁ……」


 わたしの言いたいことを察したようで、曜子が苦笑いを浮かべます。

 つまり、阿山君は曜子のことをどう思っているのか。


「案外、思いを告げたらあっさり片が付くんじゃないかしら」

「嫌われてはないと思うんだけど、今、告白をしてもダメなんじゃないかなぁ」

「どうして?」

「実際あたし、今までも結構好きだってバレバレの態度とってきたんだよ? 言葉にはしてないけど……、それでもキョウ君の態度はいつもと変わらないから、こう、決め手に欠ける感じなの」

「そう? わたしにはそのあたりの機微がよくわからないけれど」


 状態が停滞しているのならば、告白こそが曜子の言う〝決め手〟になるのではないかと思いますが。


「とにかく、あたしは一時いっときの感情に身を任せた軽薄な行動はとらないって、心に誓ったの」

「そうですか」


 わたしはゆっくりとうなずきます。

 きっとクリスマスの後悔が曜子をそうさせているのでしょう。

 曜子が決めたことならば、わたしからそれ以上、何も言うことはありません。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そのあと、食後の一服を終えたわたしたちは、順番にお風呂へ入りました。

 部屋に戻ってパトリシアの相手をしつつ、雑談を少々。やがて曜子が大きなあくびをしたのをきっかけに、ベッドに入ることにしました。

 キングサイズなので、二人が並んでも、空間的には問題ありません。

 ただ、誰かがすぐ隣で寝ているという状況は、やはり落ち着かず、わたしはなかなか眠りにつくことができませんでした。


 時計の秒針の音。

 曜子の寝返り。

 パトリシアの動く音。

 遠いサイレン。


 いくつかの音がわたしの意識を必要以上に刺激しますが、きっと、眠れない理由はそれらの音ではなく――


「ね、ヒメ、起きてる?」

「……ええ、起きてるわ。眠れないの?」

「うん、ちょっと、気になってることがあって」


 それは、わたしの眠りを妨げている心配事と同じものでしょうか。


「何?」

「ヒメの好きな人は誰なのかな、って思って」


 違いましたが、しかし眠気を吹き飛ばすには十分すぎる、インパクトのある質問です。

 居るのか、ではなく、誰なのか。


「……好きな人がいることが、前提になってる聞き方ね」

「いるんでしょ?」

「……ええ」


 まるで修学旅行の夜のようなやり取り。

 その連想に背中を押されます。――もっとも、わたしは実際にこのような話をクラスメイトとしたことはありませんが。


 わたしは少しだけ間をおいて、今なら白状しても大丈夫だろうという打算も込みで、その名前を口にしました。


「わたし、進藤君が好きなの」

「あ、やっぱり、そうなんだぁ」


 曜子の表情はわかりません。暗闇の上、背を向けあっていますから。


「気づいていたの? いつから?」

「一年の夏ごろから、かなぁ……。教室にいるとき、ヒメの視線の先にいる人ナンバーワンだったから。もしかしてそうなんじゃないかなって」

「そんなにわかりやすかったなんて……」


 私は落ち込んだ声を作って、動揺を隠しました。

 わたしが進藤君に好意を持っていることに気付いていながら、曜子は進藤君に告白し、恋人同士になった。

 傍目には、想い人を横取りされたようにも見える構図です。


 ですが意外なことに、それについて驚きはあっても、裏切られたという感覚はほとんどありませんでした。それどころか、曜子のしたたかさを好ましくさえ感じています。


 曜子と進藤君の関係がもう終わってしまっているからでしょうか。

 まだ交際が続いていれば、もっとネガティブな感情を抱いたのでしょうか。


 よくわかりません。

 しかし、今後は教室で進藤君を目で追うのは控えないといけませんね。


「あ、でもね、今のクラスに上がってからは、ちょっと変わってきたのかなぁ」

「それはどういう風に?」

「進藤君の方を見つつ、その奥のキョウ君にも目が行ってるみたいな感じがする」

「気のせいよ」わたしは即座に否定します。

「えー? そうかなぁ?」

「進藤君を視野に入れたら、位置関係的にどうしても阿山君も入ってしまうでしょ? 富士山を撮影したら富士の樹海も枠に入ってしまった、それだけのことよ」

「キョウ君は樹海かぁ……、樹海ってちょっと……」


 曜子がベッドの中で笑いをかみ殺しています。

 とっさの比喩でしたが、思いのほか的を射てしまいましたね……。


 それから、すっかり眠気が覚めてしまったわたしたちは、日付が変わっても恋愛トークを続けました。お互いの想い人の、いいところ、悪いところ。そのほか、クラスの誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っているだとか、誰と誰が別れそうだとか、そういった、ごく普通の女子の内輪話を。



 ですが、語らなかったこともあります。


 私は意図的に話題から外していました。

 ヨーコもそうだったのでしょうか。


 今日、再び訪れたあの人。

 阿山千都世という、彼に最も近い彼女のことを。



 わたしのかんがえたしんばんぐみ


 番組名

 恋愛探偵モモシロ


 あらすじ

 百代曜子は恋に恋する探偵である。

 その鋭い観察眼は恋愛対象のみに発揮されるため、普段はストーカー一歩手前の危険な女性でしかない。しかし、その恋愛対象が不審な行動をとるとき、百代曜子の恋する瞳は、卑劣な犯罪を見抜く真実の目となるのである。


 コンセプト

 チンケな犯罪を犯すダメ男にばかり恋をする恋愛探偵。

 毎回、犯人=思い人が牢にぶち込まれるため、週替わりで失恋してしまう。


 キャッチコピー

 〝恋した男の犯した罪を、罰することも愛なのか〟

 〝――さようなら、愛しい人。刑期を終えたらまた会いましょう〟


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