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Room No.403  作者: 水月康介
2年次1学期
31/80

繭墨の高重力トレーニング

 僕が栄えあるクラス委員長になった、その翌日。

 いつも通りの時間に登校すると、校門前に繭墨が立っていた。


「ヒーローのお出ましですね」

「あ……、おはよう繭墨」

「はい、おはようございます、一つ上の阿山君」

「……まさかイジり一番手が繭墨とは思わなかったよ」


 僕の揶揄に、繭墨は心外ですとばかりに口をとがらせる。


「これはわたしなりの気遣い、思いやりなんですよ」

「へえ、気遣いね」

「はい。高地でのトレーニングのようなものです」

「その心は」

「高地の厳しい環境に耐えることができれば、平地ではより高いパフォーマンスを発揮できます」

「高地?」僕は繭墨を指さす。

「はい」


 女子の高地といえばまあ、はい、すいません、ある一点に目が行ってしまう。

 だが、繭墨は、はっきり言ってそれほど標高が高くはない。

 高地とされる水準には達していないが、それは置いておこう。


 繭墨によるイジリ――もといトレーニングによって、今後想定される、クラスメイトからの揶揄や中傷に耐えられるよう、精神を鍛え上げようということだろうか。


 そう理解して、再び繭墨の顔を見る。

 それが合図だった。


「阿山君はヨーコのことが好きなのですか?」

「……僕はクラス委員長の座がほしかっただけだよ」

「ではクラスメイトの公僕としてどんな要求にも従うと?」

「それが委員長の職務の範囲なら」

「あのキャラづくりはどうかと思いますよ」

「あれしきのもの、僕が持つ数多の仮面の一つに過ぎない」

「格好いいと思っているのですか?」

「滑稽さの自覚こそ真の道化の条件」

「少し脱線気味ですね」

「うん」


 二人してうなずき合い、しばしクールダウン。


何も知らない赤の他人(・・・・・・・・・・)への建前は、盤石ということにしておきましょう」


 繭墨の視線が鋭さを増す。


「ここからは、本当の動機についてのお話です」

「本当も何も」

「ヨーコをかばった理由を、自覚していますか?」

「まじめな話?」

「まじめな話です」


 赤の他人ではなく、僕や繭墨、百代や直路の間でだけ通じる、話のことだ。


「僕のお節介が、百代と直路を別れさせてしまったかもしれない。だから、その罪滅ぼしにっていう自覚はあるよ」

「それだけですか?」

「あと、ホームルームの直前に、倉橋に呼び出されて聞かれたんだ、百代と直路がヨリを戻したんじゃないかって。そのときすでに、百代が攻撃される可能性に気付いてたら、もっと上手に対処できたはずだから」


 繭墨は、僕の言葉を咀嚼するように、ゆっくりとうなずいた。


「つまり、2つの後悔が動機だということですね」

「そうだよ」

「まだほかに語っていないことはありませんか?」

「ないよ。……っていうかその2つだって相当踏み込んだ打ち明け話なんだけどね」

「そうですか。では、わたしは阿山君を外側から見ていきましょうか。

 ……客観的に見て、阿山君は、ヨーコを守りましたね」

「そうだね」

「進藤君は動きづらかったでしょうね。倉橋さんは進藤君に好意を持っていますから、進藤君がヨーコをかばえば、倉橋さんの反応は激しいものになったはずです」

「だろうね」


 去年も同じクラスだったせいか、繭墨は事情をよく知っている。


「ということは、阿山君は、進藤君に代わってヨーコを守った、ということになりますね」

「……結果的にはね」

「誰もが一目置く進藤君にさえ、できなかったことを、阿山君はやり遂げたわけです。

 ――その事実に、優越を感じませんでしたか?」


 後ろから鈍器で殴られたような気分だった。


 ……何が高地トレーニングだ。


 これは、そんな生易しいものじゃない。

 某バトル系マンガでおなじみの〝重力10倍〟系のトレーニングだ。


 繭墨の言葉はワンセンテンスごとに僕の精神を圧迫していった。

 特に、最後の質問は過酷極まる。

 無自覚がゆえに強烈な、身構えることもできない羞恥。

 僕はその場に立っているのがやっとだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 続いて直路。

 グラウンドの脇道を、精神的ダメージを回復しつつ歩いていると、デカい声で呼び止められた。

 そして僕たちはフェンス越しに話をした。


「キョウお前もしかして、百代のこと、好きなのか?」

「なんで」

「だってあんな、バカみたいな芝居までして……」

「バカみたいとは何さ」

「じゃあナニか? お前まさかあれ格好いいと思ってんのか?」

「んなことはない、僕だってわかってやってるんだよ」

「そうか……、ならよかった」


 直路は割と本気で心配しているようだった。

 申し訳ないと思う反面、その融通の利かなさをうっとうしくも思う。

 少しは冷静でいられたのは、繭墨の高重力トレーニングのおかげだろうか。


「で、話はそれだけ?」

「いや、あの猿芝居のことはどうでもよくて」

「じゃあ何」

「だから、百代のことだ。オレとあいつはもう切れてるんだから、昔のことは気にするなって言いたかっただけだ」

「その言い草は自意識過剰だよ。僕はそんなこと気にしてないし、だいたい言われるまで忘れてたくらいだし、それに百代はもう直路の所有物じゃないし」

「お、おう……、でも、委員長になって内申点がほしいとか、本気で言ってるわけじゃないんだろ。それってつまり、やっぱ百代のこと――」

「だとしても直路が口を出すことじゃないだろ」

「おう、そりゃそうだ。でも、そうか……、お前が百代のことをなぁ」

「だとしても、って言ったじゃないか、仮定の話だよ」

「そういうことにしといてやるか」

「んじゃ僕はもう行くよ」


 不毛なやり取りを打ち切って、僕はフェンスから離れようとする。

 

「あ、待て待て、ちょっと相談があるんだ」

「えぇ……」

「つい二日前に入ったばかりの新人なんだが、そいつがオレに対して妙に馴れ馴れしいんだよ。うまい注意の言い方とか、思い浮かばねーか?」

「舐められてるってこと?」


 伯鳴高校ウチの野球部は、体育会系とはいえ雰囲気はユルかったはずだ。上下関係にも厳しくなく、下級生がレギュラーをとってもそれほど妬まれることもない。まあ、すべて直路から聞いた話だ。こいつのような圧倒的な実力があれば、先輩だって文句は言うまい。


 ただ、そんな絶対的エースに対して舐めた態度を取る一年生というのは、どういうやつだろう。


「実力に自信があるタイプ? 俺が勝ったらエースナンバーはもらいますよ、みたいな感じで突っかかってきてるとか」

「いや、そういうんじゃないんだが……、まず距離が近い」

「うん」

「あと、身体をべたべた触ってくる」

「ほう」

「腕を揉んできて、うわぁ先輩いい身体してますねぇ、って」

「うほっ」

「なんだ、うほって」

「お気になさらずに」


 僕は咳ばらいを一つ。


「……馴れ馴れしいってのは要するに、ベタベタしてくるってだけのことなんだね」

「ああ。礼儀とかはちゃんとしてるんだが……、やっぱりほかのメンバーよりも明らかにオレだけこう、特別扱いなんだよな。周りの目も厳しくなってきたし」

「そりゃあそうだろうね」


 グラウンドでバラの開花宣言なんかされた日には。


「ドリンクの補充とかもオレ最優先だし、ストレッチのとき強引に割り込んできたりして、……やっぱ身体が密着するだろ、1年とはいえそれなりに出てるところは出てるから、ちょっと目のやり場に困ったりするし」

「ちょっと待った」

「なんだ」

「さっきから話してる馴れ馴れしい1年っていうのは、ひょっとして女子マネのこと?」

「ん? ああ、言わなかったか?」


 僕は沈黙した。

 直路の苦労に同情しつつ、その受難を上から見て楽しんでいたというのに、認識が反転してしまった。

 結局、ただのモテ自慢だったわけだ。

 

「ドラッカーの〝マネジメント〟って本でも読ませたらいいよ」

「なんだそりゃ?」


 首をかしげる直路を置いて、僕は今度こそグラウンドをあとにした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 教室に入ると、先に来ていた赤木が話しかけてきた。


「阿山お前、男だな」

「そう信じて今まで生きてきたけど」

「性別のことじゃなくて、心意気っつーか男気があるってことだよ」

「ああ……、そう見てくれるのはうれしいけど、あまり広めないでよ。バカが調子に乗ってバカをやっただけ――そういうことにしておいた方が、倉橋たちも対処に困ると思うから」

「わかった。でもあのキャラはないわー」

「作り込む時間がなかったんだよ」


 例外的に理解を示してくれている者もいたが、クラスメイトの反応は大別すると以下の3つだった。


 百代との関係を疑う者。

 内申点に執着する成績優秀者、というキャラづくり説を推す者。

 本気で内申点が欲しいだけのいけ好かないガリ勉、と見る者。


 いずれも腫れもの扱いであることには変わりなかった。

 百代との関係を疑う、というのは比較的健全に思えるが、実際は倉橋との敵対という面倒ごとがついてくるため、やはりクラスメイトはあまり近寄りたがらない。


 教室内にいるとはっきり見られているとわかるほどだった扱いも、ゴールデンウイーク前には落ち着いていた。

 七十五日しちじゅうごにちの半分もかからなかったのは、時代の変化だろうか。

 昨今のコンテンツ大量消費時代においては、人の噂のサイクルすら高速化されているのかもしれない。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 ところが、噂は消えても、敵意は消えなかった。

 あるいは単純な思い付きなのかもしれない。ちょっとした面倒ごとができた、そういえばあいつ気に入らないからこれをぶつけてやれ、という程度の軽い気持ちで。



 ゴールデンウイーク前の、最後の平日。

 朝のホームルーム終了直後。

 クラスメイト達はみな、連休の予定を楽しそうに語らっている。


 赤木はデートの予定を話していた。

 途中からそれが虚構であることには気づいていたけれど、僕は決して事実を暴くことはしない。聞き流しながら、


 彼女は妄想、

 ルートは空想、

 感情が暴走、

 したあとで失笑。


 などとバイブスのアガるクールなライムを心の中でフロウさせたりしていた。

 そんなときだ。


「ねえ委員長」


 倉橋が僕に声をかけてきた。

 クラス委員を決めた、あのホームルーム以来だ。

 取り巻きの3人を引き連れて、座ったままの僕を見下ろしてくる。


 隣の赤木は観戦モードだった。目が楽しそうだ。


「倉橋さん。どうしたの」

「あたし、連休中に海外旅行いくんだよね、ヨーロッパ」

「バッキンガム宮殿はいいよ」とっさに思い浮かんだ名所を口にする。

「はぁ? あんたのおすすめとかどうでもいいし」

「そうだね、僕はどうでもいい男だよ」

「でぇ、ウチって猫飼ってるんだけど、さすがに連れていけないし、クラスを代表する委員長に、ここはひとつ、預かってもらえないかなって」


 どこまでが本気かわからない発言に、僕は倉橋のキツネ顔を見上げた。

 僕の反応を可笑しがっているような表情。


 これは様子見と判断。

 受けてくれれば、いやな奴に面倒ごとを押し付けることができて万々歳。

 断られた場合は、クラス委員のくせに困ってる生徒を見捨てるのか、などとむちゃくちゃな理屈で批判を展開して、気晴らしにするという使い方ができる。

 どっちに転んでもいい、実にお手軽な嫌がらせ。


 倉橋も本心では僕が受けるなどとは思っていないだろう。だから実質、完全なる嫌がらせだ。少しでも困っているそぶりを見せてくれたら、こっちだって助けてやらないでもない、という気持ちが湧き起こらないでもないかもしれないというのに。


 そうだな、「アタイの猫の面倒を見てほしいコン、お願いするコン」と語尾をキツネ語にするなら考えてやらんでもない。そういえばキツネって本当にコンって鳴くのかな。


 そんなことを考えていると、横合いから声がかかった。


「あ、あのっ、倉橋さん。……あたし、見ようか?」


 百代だった。

 僕と倉橋がにらみ合う側面で、おずおずと手を挙げている。


「はぁ?」


 倉橋が素っ頓狂な声を上げた。



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