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Room No.403  作者: 水月康介
1年次3学期
24/80

おねーさんは嬉しかったぞ


 駅前の喫茶店に4人で入り、奥まった位置のボックス席に腰を下ろす。


 奥の窓側に千都世さん、その隣が僕。

 手前の窓側に百代、その隣が繭墨。


 僕と繭墨、千都世さんと百代が、それぞれ向かい合っている。


 さて、と足を組んで千都世さんが場を見回した。


「初めまして、アタシは阿山千都世(ちとせ)。こいつの、まあ……、姉ってことになるかな。旧姓は出海いずみっていうんだけど、こいつの父親と、アタシの母親が再婚して、今の名字になったんだ」


 千都世さんはさっぱりした口調で、僕たちの家庭事情を明かした。

 繭墨と百代の2人にはすでに話していることだが、それにしても、初対面の場で打ち明ける話ではないだろう。

 あまりに開けっぴろげな第一声に、僕も驚いたし、向かいの2人も目を丸くしていた。


「ちょ、え、それいきなり言っちゃう?」

「なんだよ、いいだろ別に隠すようなことでもあるまいし」

「こっちじゃなくて、相手が困惑するんだよこういう話は」

「ふぅん、相変わらず気を遣うやつだな鏡一朗きょういちろうは」


 と、こちらの注意にも素知らぬ顔の千都世さん。

 ニヤリと口元を上げて、繭墨と百代をジロジロ見まわし、


「で、アンタたちは鏡一朗のなんなんだ?」

「学校の同級生です。わたしは繭墨乙姫といいます」


 繭墨はいつもどおりの落ち着いた声で言うと、百代を一瞥。

 それで続きを振られたことに気づいたのか、百代は姿勢を正して、


「あ、あたしは百代曜子でし」噛んだ。「阿山君にはいつもお世話になっています」


 ああ余計なことを。

 千都世さんは足を組みなおしつつ、腕を伸ばして僕の髪をかき混ぜる。


「へぇ……、こいつはヨーコちゃんに、どんなお世話をしてるのかな?」

「えぅ、それは……」


 百代は右を見たり左を見たり、俯いたりと挙動がおかしい。しどろもどろになっている。どうしたんだこいつ。初対面の相手とはいえ、いくらなんでも動揺しすぎじゃないか?


「そ・れ・は?」


 千都世さんはきっと心の中で舌なめずりをしているだろう。

 追い詰めるように問いかける。僕の頭髪は嵐のようになる。


「――主にテスト勉強などですね」


 代弁したのは繭墨だった。


「阿山君は成績優秀の上、教え上手ですから」

「そ、そうそれ、そうなんです。あたしを赤点の危機から何度も救ってくれたんです」


 身を乗り出して百代が言う。

 しかし、スケールの小さい危機なのであまり大きな声で言わない方がいいと思う。


「ふぅん。じゃあ、今日、この場にいたのはなんで?」

 

 と、千都世さんの次なる質問。


「ぐ、偶然です」

「ホントに?」

「ほ、ホントです! 駅前を歩いていたら走ってくる阿山君を見かけたので、どうしてそんなに急いでるんだろうって気になって、そしたらなんか女の人と抱き合ってたからびっくりしちゃっただけなんです!」


 そこまで言わなくてもいいよ!


「そうかそうか、アタシはてっきり、気になるアイツのホワイトデーの行動が知りたくて尾行してたのかと思ったんだけど、そうか、勘違いか」

「そ、そうです、そんなことあるわけないじゃないですか」


 千都世さんはニヤニヤと笑い、百代はこくこくと頷く。

 そうか、僕は尾行されてたのか……。

 する側ならテンションが上がるが、される側となると、まず尾行される理由がわからないので困惑するしかない。ただ、それ以上に意外だったのは、百代のウソの下手さ加減だ。千都世さんの舌先でいいように踊らされている。


「千都世さんはなぜホワイトデーにこちらへ?」


 劣勢の百代に、繭墨が助け舟を出した。

 質問によって会話の流れを取り戻す、賢明な判断だ。


「ん? アタシ? そりゃあもちろん〝お返し〟をもらうためだよ」


 千都世さんはそう言ってまた僕の髪の毛をかき回す。

 無造作ヘアーという名の髪型も、それなりにコントロールされたものなのだと思い知った。今の僕の頭髪は無造作を通り越して無秩序になっていた。不毛でないのが救いだ。


 髪の毛のことを考えていると、3人の視線がこちらに集中していた。

 今はじめて話題の中心になっているらしい。

〝お返し〟について、何か説明を求められているのだろうか。


「えっと、何?」


 とりあえず僕はすっとぼけた。

 ホワイトデーのお返しなんて、ごくプライベートな事柄だ。こういう場で話すようなものじゃない。

 しかし千都世さんは手のひらをこちらに向けて、


「ほら、もらってやるから」

「え、ここで? なんで?」

「アタシは忙しいんだ。すぐ帰らないといけないからな」

「ええ……」


 つまり可及的速やかにこの場でバレンタインデーのお返しであるところのホワイトデーのプレゼントを手渡しせよ、と命じられていた。

 しかも同級生二人が見ている前で。


 普通なら断っている。

 いくら僕が千都世さんに逆らえないとしても、こんな羞恥プレイは断固として断っている。

 しかし、今回は事情が事情だ。

 千都世さんはこのためだけに遠路はるばるやってきたという。

 それを手ぶらで返すのは、無情というものだろう。

 羞恥に耐えてでも、やらなければならない。


 僕は意を決してカバンからプレゼントの箱を取り出した。


 底辺が4×3センチ、長さが20センチくらいの箱だ。

 まさか箱の形だけで中身がバレることはないだろう。


 横目で繭墨と百代を見ると、二人とも、視線がちょっと冷たい気がした。


「ん、サンキュ」


 そう言って千都世さんは、僕が手のひらに置いた箱を突き返してきた。

 意図が分からず、そして少しの動揺に声が出る。


「え?」

「つけてくれよ」

「え?」


 二度目の「え」は困惑。

 装身具の類だと、どうしてわかったんだろう。


「ネックレスだろ? これ。つけてくれよ」

「え……」


 3度目の「え」は逡巡。

 だってほら、同級生が二人、明らかに冷たい目でこっちを見ているんですが。


「ほら、早くしないと列車が来ちまうだろ」


 千都世さんは上半身をひねって僕に背を向け、首筋にかかる髪の毛をよせて、うなじのあたりを露出させる。


 ホームで発車ベルが聞こえた気がした。

 もちろん、千都世さんが乗ろうとしている列車のものではないのだけれど、そのベルに急かされて、僕は意を決してプレゼントの包装を破った。

 ケースを開けてネックレスを取り出し、チェーンを外すのに手間取り、外したら外したで、次は首に巻く仕草がまるで後ろから抱きしめているようだと思って戸惑い、それでもどうにかチェーンを回し、うなじに触れないようにと気を使いにつかってなんとかチェーンをつないだ。顔が熱い。

 千都世さんから離れる。


「……できたよ」

「おっ、よしよし」


 千都世さんがこちらを向いた。

 ネックレスのヘッド――アルファベッドのCをかたどったものだ――を顔の高さに持ち上げ、


「どう? 似合ってるか?」

「いいと思います」

「つまらない返事だなぁ相変わらず」

「いいでしょ別に、ほら、列車、急がないでいいの?」


 通路側の席の僕は立ち上がってそう促す。

 しかし千都世さんは腕組みをして、


「んー、そうだなぁ、鏡一朗が思ったよりモタつかなかったから、まだ時間が残ってるな」

「ってもたかが知れてるでしょ」

「んー、あと5時間くらいかな」

「じゃあ今の必要なかったよね!?」

「いやいや、おねーさんは嬉しかったぞ」

「くぅ……」


 この人を相手にしてはダメだ。

 僕は助けを求めて繭墨たちの方へと視線を向ける。


「こ、こういう人なんだ、あまり言うことを真に受けない方がいいよ」

「いえいえ、仲睦まじくてうらやましい限りです。わたしは一人っ子なので、お二人のような関係に憧れます」


 繭墨は相変わらずの冷たい視線でそんなことを言う。もちろん、うらやましさもあこがれも、みじんも感じ取れない表情だった。


 すがるように百代を見る。


「あたしも弟にもうちょっと優しくしてやった方がいいのかなぁ。ねえ阿山君はどう思う? 弟の立場としては、お姉さんがスキンシップ取ってきたら、やっぱりうれしいのかな?」


 当初の緊張はどこへやら、百代は自然な笑顔が出せるようになっていた。

 でも言葉は自然体なのに言ってる内容は刺々しいだなんて、そんな高等テクニックを身につけなくてもいいんだゾ?


 姉にイジられ、繭墨と百代には責められ、足元が揺れているような錯覚があった。

 なんだろうこの扱い。

 プレゼントの差がまずかったのだろうか。


 繭墨と百代には、普段のおやつでは絶対に食べないような、そこそこ高級なクッキーを贈っている。3倍返しとはいかないが、2倍くらいの倍率にはなっているはずだ。


 それでも――

 千都世さんへのプレゼントは、ネックレスとしては比較的安価だとしても、お菓子より高価であることは確かだ。

 そこははっきり、二人よりも高価なものを、と意識して線引きした。


 でも仕方ないじゃないか。最初は郵送のつもりだったのに、いきなり当日にこちらへ来るとか言い出したから急いで受け取りに行って、それだけでも結構焦ったのに、さらに百代と繭墨に見つかるし、それじゃあ飽き足らずに2人の前でプレゼント贈呈させるとか、千都世さんは僕に恨みでもあるのだろうか。いや、久しぶりに会ってテンションが上がっていつも以上に無茶振りのハードルが高くなっているのだろう。そういうことにしておこう。だからといって何も解決はしないけれど。


 僕はもう一度、3人の顔を見て、それから店内を見回して、


「……ちょっと、トイレ行ってくる」



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