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Room No.403  作者: 水月康介
1年次3学期
21/80

1つの情報を得るために

 繭墨の相談というのは、やはり生徒会関係のものだった。

 以前の、サボりがちの副会長のことで百代が先生に突っかかり、ちょっと職員室をバタつかせてしまったあの話の、ある意味では続きだった。


「単純な話です。副会長をきちんと出席させたいのです」

「まだサボりは続いてるんだ」

「週1回の会議を欠席するのは別に構わないのですが……、さすがに2月は多忙ですから」

「なんか行事あったっけ。生徒会主催でバレンタイン会でもするの?」

「頭にチョコが沸いているのですか?」

「病名は糖脳病、なんちゃってあ嘘ごめんなさい真面目に聞きます」


 繭墨の鋭い視線をヘコヘコとかわす。


「生徒総会ですよ。2月末と7月末の、年2回の」

「ああ」


 夏休み前にそんなイベントがあったことを思い出す。


「さすがにこの時期まで同じ調子でサボってもらっては困りますので」


 繭墨の表情は真剣そのものだ。

 副会長の行状に、やや苛立っているようにも見える。これはとばっちりが来ないように気を付けないと。


「サボりについて、生徒会長の方はなんて言ってるの」

「特に何も。諦めている様子ですね」

「先生は?」

「何度か、話をしてはいるようですが」

「本人と話は?」

「していません」

「そういえば、一緒にサボってた人がいたよね。取り巻きの二人」

「はい。遠藤さやか さんと、近森あずさ さんですね」


 その2人のうち片方は、僕も知っている人物だった。

 遠藤さやかはクラスメイトだ。


「遠藤なら放課後になっても学校で残ってることが多いかな」

「近森さんとよく一緒にいるようですね」

「あ、そうそう。普段から仲がいいみたいで、百合疑惑があるレベルだよ」

「阿山君と進藤君は薔薇疑惑が持ち上がっていましたが」

「え」

「ではさっそく、話を聞きに行きましょうか。よく見かけるのは教室ですか?」

「え、ああ、うん、たぶん……。………………薔薇ってマジで……?」


 僕は呆然としつつ、繭墨についていく。

 そういえば以前、直路からも似たような話を聞いたことがある。


 同じ話題を、一度ならず二度までも耳にしてしまった。

 となるとこれは、けっこう陰で噂されている話なのではないだろうか。人の相談に乗っている場合ではないのではないだろうか。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 深い苦難を抱えたまま僕は繭墨についていく。

 1-1の教室にはすぐに到着した。

 中に入ると女子が2人、西日の差す窓際で雑談に興じていた。

 遠藤さやかと近森あずさの二人だ。ドンピシャであった。

 教室の中に百合百合しい雰囲気はない。

 

 遠藤は普通に椅子に座っているが、近森はだれかの机の上に座っていた。ちょっと、スカートの中が見えそうで見えないぎりぎりの姿勢なので、僕は極力近森の方を見ないよう、気を使わなければならなかった。


「あれっ、繭墨じゃん、どしたの?」


 近森がくだけた口調で話しかけてきた。

 髪は比較的短く、格好もボーイッシュ。その容姿どおりの話し方である。


「副会長のことで、少しお聞きしたいことがあるのですが」


 さっそく繭墨が切り出す。


「副会長……、よくサボってるから、そのこと?」


 遠藤が首をかしげる。

 西日に透けて栗色に見える髪には、緩やかなウエーブがかかっている。髪もゆるふわ、容姿も雰囲気もゆるふわ、筋金入りのゆるふわガールである。


「ねえ、サボってるのってこの二人も同罪なんじゃないの」


 僕は小声で繭墨に話しかける。


「いえ、遠藤さんと近森さんは今年に入って欠席はありません」

「そうなのか」

「……あれぇ? まやまくん? どうして繭墨さんと一緒にいるの? 男女交際?」


 遅れて僕に気づいたのか、遠藤がそんなことを言う。

 同じクラスで1年近くいるというのに、この子はいまだに僕の名前を間違い続けている。こっちが訂正していないせいでもあるのだが、僕は何か、遠藤のツボにはまってしまっているのだろうか。彼女の忘却のツボに。


「内緒にしておいてくださいね」


 繭墨は人差し指を唇の前で立てる。そういう誤解を招く言い方はやめてほしい。


「こんな日に校内で逢引きとは、目立たないくせにやりますなぁ、しかもお相手は我らが来季の生徒会長サマとは」


 近森が僕の方を見ながらニヤニヤと口元を上げている。

 逢引きという古風な単語を使うとは見た目の割にやりますな、と心の中で皮肉を返してみる。逢引き、皮肉……肉といえば、今日のラッキーマートのチラシ、合い挽き肉が安かったな。


「繭墨って生徒会長になるの?」

「庶務の3人の中じゃ、一番それっぽいっしょ」


 僕の疑問に近森が答える。

 この場にいる女子3人は、現在の生徒会の1年生。次代の生徒会を担う人材だ。

 3人を見比べると、確かに近森の言うとおりだった。

 この3人の選挙ポスターを並べたら、まず得票率1位は繭墨で間違いないだろう。


「まやまくん、なんだか失礼なこと考えてる感じがする」

「僕のクラスでの振る舞いは知ってるだろ。僕ほど礼を失することのない男子はいないよ」

「うん、だからぁ、上っ面が丁寧なぶん、中身は何考えてるかわかんないね、ってみんな言ってるよ」

「えっ」


 硬直する僕。

 繭墨の表情には同意の色。

 近森は大げさなリアクションで手を叩いて笑う。


「あーそれ容疑者の昔の知り合いのコメントでよくあるやつだ、おとなしくて礼儀正しいけど、何を考えてるのかよくわからないやつでした、っていうあれ!」


 僕は繭墨へ協力したことを早くも悔やみ始めていた。

 厳密には、この二人に話を聞こうという提案をしてしまったことを、だ。

 話が脱線しまくって先に進まない。


「阿山君、話が大きく逸れていますよ」


 繭墨が小声で指摘してくる。


「最初にルートを切り替えたのはそっちじゃないか」


 内緒にしてくださいね、というあのポイントが間違いだったと僕は思う。

 繭墨も人が少ないところだとそれなりに冗談を口にするのだ。


「……話を戻すけど、副会長のこと。2人は、副会長のサボりの理由って知ってる?」


 強引に話を戻すと、近森と遠藤は顔を見合わせ、「ううん」「いんや」と否定した。


「でも、去年の11月ごろかな、副会長と一緒に週イチの会議を休んだりしてなかった?」

「あー、あれね。何回か、ちょっと、頼まれてなぁ」


 ばつが悪そうな口調で近森が言う。


「頼まれた? 副会長に?」

「そうなの、会長をちょっと困らせちゃえ、みたいなノリだったよ」


 ゆるい口調で遠藤が言う。

 実際、副会長に加えて遠藤と近森の3人が一緒になってサボったのは、僕が呼ばれたあの件を含めて2回だけで、あとは遠藤と近森はきちんと出席していたそうだ。繭墨もそれは認めた。


「副会長派ができてるって話は?」

「成立したものが立ち消えになるのはよくある話です」


 繭墨は僕の追及をサラリと流した。


「やっぱさぁ、2回もサボったら罪悪感がわくじゃんか」

「今さらだけどごめんねぇ繭墨さん、迷惑かけちゃって」


 近森と遠藤が申し訳なさそうに言う。ここで僕が被った迷惑や、百代の暴走によって負荷がかかった精神的な圧迫について申し出るのはやめておこう。僕は空気が読める男だし、そもそもそういうことを言う立場じゃない。


「構いませんよ。わたしは負担なんて受けてませんから」

「え、それ副会長がいてもいなくても関係ないってこと?」


 と僕が聞くと、繭墨は首を振った。


「違いますよ。副会長の穴を会長が十二分に埋めているということです」

「あそう」副会長の穴を会長が埋める、ですか……。


 遠藤と目が合った。


「あー、まやまくん、今なんか変なこと考えてるー」

「な、ちが……」


 一瞬の間。

 繭墨は冷たい視線を僕に向けつつ1歩遠ざかった。

 近森はよくわからない様子で首をかしげている。


 なんかもう……、何これ?

 何このいたたまれない感じ。


「よし! 参考になったよ、ありがとう。それじゃ!」


 僕は片手を上げて礼を言いつつ教室を脱出した。

 廊下に出ると全力で走った。

 教室内のかしましいやり取りが聞こえてこない場所までエスケープした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 数分ほどして、メッセージアプリに繭墨からの着信があった。昇降口で合流する。


「お待たせしました」

「ちょっと気になったんだけど、副会長のサボりに不満を訴えてるのは繭墨で、一番シワ寄せが来てるはずの生徒会長はサボりを黙認してるっていうのは、どういうことなんだろうね。会長はいい人だから、って説明だけで片づけていい話じゃないと思うけど」


 出会い頭に疑問をぶつける。

 繭墨は目をしばたかせて、値踏みするようにジロジロと、珍しくねちっこい視線を向けてくる。

 そして数秒の沈黙のあと、まあいいでしょう、許してあげましょう、という感じのため息をついた。


「そうですね……、問題なのは、会長の実務能力が高すぎて、副会長不在でも回せてしまうことです。周囲に負担が行かないから、わたしたち1年生はおかしいと思いつつも明確な不満を口に出せずにいました。実害がなかったからです」

「じゃあ繭墨が今になってこの話を出したのは、単純に忙しくなってきたからってことか」

「はい。生徒総会の準備は予算関係の計算が多く、裏方の負担が大きいですから。文化祭ほど周囲は盛り上がってくれませんので、協力が期待できないという事情もあります」

「ああ、確かにね」


 僕は去年の7月に行われた前期の生徒総会を思い出す。

 会場の生徒たちの大半の心境である、なんでこんなことやってるんだ、という白けた雰囲気が会場に充満していた。

 そんなイベントの協力を生徒に求めようとしても難しいだろう。


「会長はおそらくデータを持ち帰って家で作業をしていると思います」

「すでに社畜の片鱗が……。じゃあ副会長がサボってる理由とか、あの二人はなんか知ってた?」

「いいえ、何も。阿山君が逃げ出したあとはただの雑談でしたから」

「に、逃げてないし。あと、僕がいたときもほぼ雑談だったよね」

 

 1つの情報を得るために10の雑談を乗り越えなければならない。

 聞き込みという仕事のつらさの一端を垣間見たよ。


「あとはもう明日にでも、会長と副会長にそれぞれお話を聞くしかないのでしょうか」


 繭墨がメガネの位置を直しながら言う。


「いや、まだ一人、話を聞ける相手がいるよ」

「えっ?」

「というか相談相手ということなら本来そっちが先だよねっていう」

「……誰ですか?」

「生徒会の顧問の、国沢先生だよ」



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