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Room No.403  作者: 水月康介
1年次2学期
2/80

昔取った杵柄ってやつかな

 週が明けた翌日は球技大会だった。


 男子は野球とサッカー。

 女子はバスケとバレーボール。


 屋外と屋内で見事に区別された、競技の男女差別が露骨な行事ではあるが、多くの生徒はそれなりに楽しみにしている。体育祭と違って苦役めいた事前練習はないので、それだけで気が楽だ。


 当日も自分の出る試合以外はかなり自由に動けるので、気になるあの子・あいつが出ている試合を観戦するもよし、友達と集まってダラダラするもよし。そんな柔軟なところも、このイベントの人気の理由だろう。地域の広大な運動公園を終日借り切って行われるので、教師の監視の目が行き届きにくいのだ。


 各競技はクラスごとに代表チームを作るが、基本的には1人につき1競技しか出られない。

 僕が選んだのは野球だった。しばらく現役からは遠ざかっていたけれど、野球自体が嫌いになったわけではない。そもそも僕は、足でボールを操るという行為が苦手なのだ。幼少のみぎりにサッカーボールを蹴っただけで足首を痛めたことがあって、それがトラウマになっていた。格好のよろしくない過去なので誰にも語ったことはないが。


 ちなみに、所属している部活と同じ競技には出場できないというルールによって、直路は強制的にサッカーでの出場となっていた。身体が大きく野球では守備の動き(フィールディング)にも定評がある彼はキーパーを任されていた。


 百代の参加種目はバスケ。

 鞠つきのような女子女子(じょしじょし)しくもあざといドリブルを披露していた。チームの勝利への貢献は少なかったものの、観戦している男子生徒への癒し効果は抜群だった。


 繭墨は参加種目はバレーボール。

 いつの間にか落下点に来ている位置取りや、外しはしないもののふんわりしたサーブなど、良くも悪くも目立たないプレイスタイルだった。言われなければコートにいることに気づかないくらいさり気なかった。


 それよりも意外だったのは、競技の外でのこと。

 各試合の結果を取りまとめている実行委員のテントに、繭墨の姿があったのだ。


 途中経過の確認がてらテントに顔を出すと、繭墨の方から声をかけられた。


「阿山君、まずは1勝おめでとうございます」

「どうも。繭墨さんは何やってるの?」

「雑務担当です。わたしは生徒会の役員なので」

「あ、そうだったんだ」


 納得のポジションだった。理知的な容姿や気真面目そうな言葉遣いは、確かに生徒会役員という立場にふさわしい。キャラを作ってるんじゃないかと疑ってしまうレベル。


「阿山君はやはりキャッチャーを?」

「いや、サード」

「4番ですか?」

「〝4番サード〟にピンとくる女子高生ってどうなの。7番だよ。特に主張してなかったらそういうポジションになってた」


 ただし守備はソツなくこなし、3打数2安打2打点と結果を出したので、クラスメイトから向けられる視線は少しだけ好意的なものになっていた。


「大活躍ですね」

「そこまでじゃないよ。直路の方が目立ってた」


 不慣れなはずのサッカーで好セーブを連発し、早くも守護神とか言われるようになっていた。


「進藤君は……、運動に関しては才能の塊でしょう、あの人。きっとどんなスポーツでも、本気で打ち込めば大成するレベルです」

「だろうね」

「うらやましいですか?」


 運動日和の秋の空の下、静かに流れるのんびりとした空気。そんなものは否定すべきたるみであると断ずるような繭墨乙姫の問いかけに、僕は思わず彼女を凝視してしまう。


「ズバッとくるんだね……」

「よく言われます」


 しれっと応じる繭墨に毒気を抜かれて、僕もなんとなく、素直に本心を語ってしまう。


「……そりゃあ、うらやましいよ。さっき僕のこと大活躍って言ってくれたけど、たかが学校行事の1試合だとしても、いいところを見せることができたら、やっぱり気分がよくて……、それを直路は、何度も何度も、ずっと大きな規模で、感じてるのかと思うとね」


「女子にもモテますしね」

「え?」

「クラスの女子から〝キャー阿山君すごーい〟などと声をかけられたのではないですか?」


 平坦な口調で言われてもうれしくもなんともない。


「うん、まあ……ちょっとは」

「歯切れが悪いですね」

「ハードルが上がった。次は、ミスったら〝やっぱたいしたことないね〟って陰で言われるよ」

「そういうプレッシャーを含めての才能ではないのですか?」


 またしても刃物のような率直な物言い。

 返事に詰まっていると、繭墨はさらに続けた。


「持つ者は、多くを得られる代わりに多くを求められます。逆に持たざる者は、それなりにしか得られないかもしれませんが、周囲からの要求もそれなりで済みます。それがバランスというものでしょう」

「繭墨さんの言うとおり……だから、無いものねだりだよ」

「やっぱりモテたいんですね」

「その話題から離れてもらえるとありがたいんだけど……」


 僕は逃げ道を探して時計を見ると、そろそろ次の試合開始が迫っていた。口実ができた。


「あ、それじゃあもう行くよ。実行委員がんばって」

「はい、たかが(・・・)学校行事ですが、責任を持って取り組みますよ」


 自然な口調で根に持っていることを伝えてくる。冗談か本気か区別がつかなくて、僕は聞こえないふりをした。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 午後の1試合目をこなしてグラウンドの隅でチームメイトとダラけていると、通りすがりの百代が話しかけてきた。


「阿山君、調子いいみたいじゃん」

「昔取った杵柄ってやつかな」


 フェンスにもたれて座っている僕を、体操着姿の百代が覗き込んでくる。僕は顔を上げるが、百代の距離が思ったよりも近くて、すぐに顔を逸らしてしまう。


「昔とったきねずか……? トッタキネズカって何?」


「杵柄っていうのは、杵の柄――持つところ、取っ手のことで、杵っていうのは木槌のこと。餅をつく臼と杵の、あれだよ。昔取った杵柄っていうのは、昔やってたことだから久しぶりでもそれなりに上手にできるっていう慣用句。身体が覚えてる的な意味で」


「あー、そういう意味なんだぁ」


 僕は頬が熱くなるのを感じつつ説明した。ふと会話に混ぜた慣用句やことわざが、相手に伝わらなかったときの気まずさというのは、ギャグがスベったときの恥ずかしさに通じるものがある。


「百代さんの方は?」

「あたしたちは1勝2敗だから、もう勝ち上がりは無理かなぁ」


 僕たちのチーム『1-1野球』は2勝1敗。

 総当りのリーグ戦のあとで、各リーグの上位チームによるトーナメントが行われることになっている。全勝なら確実に上がれるだろうが、この成績なら他チームの結果次第だ。


「直路の方はどうなってた? 最初の試合しか見てなくて」

「すごかったよぉ、ナオ君、チョー活躍してた。ばしばしシュート止めてたもん」


 百代は身振り手振りで直路の勇姿を再現しようとする。しかしその動きは猫じゃらしを追う猫のジェスチャにしか見えない。ほほえましい。


「でも負けちゃったんだけどね」

「キーパーが活躍するってことは自陣に攻め込まれてるってことだから……」

「ね、ヒメの試合は見た?」


 百代がどこか期待を込めたまなざしでそんなことを言うので、先日の繭墨の言葉を思い出してしまう。わたしとあなたをくっつけようとしている節もあります――というアレだ。


「そっちも最初の一試合だけ」

「どうだった?」

「どうって」

「ヒメの活躍っぷりは?」

「驚くほどに目立ってなかったよ」

「そう! ヒメはね、陰からそっと気配りができる子なんだよ。生徒会にも入ってるし」

「へえ」この褒め上手め。

「2歩後ろを付き従って、男を立てる女みたいな感じの……」

「男女平等主義の人に目をつけられるよ」

「はーい」


 謎の繭墨推しに困惑していると、放送のチャイムが鳴り響く。


『各競技別の、トーナメント参加チームを発表します。まず男子サッカーから……』


 繭墨のバレー、百代のバスケ、直路のサッカーは、いずれも呼ばれることはなく、予選リーグで敗退していた。身内で呼ばれたのは『1-1野球』のみ。決勝トーナメントまで進んだのはウチのチームだけらしい。


「やるぅ、あとでナオ君と応援に行くね」

「ん、よろしく」


 口では軽く応じたものの、あまり乗り気はしなかった。直路の超高校級のプレーを見慣れている百代が、素人に毛が生えたレベルの僕のプレーを見てどんな印象を抱くのか。


 そう思うと、別に来なくてもいいのに、とついネガティブに考えてしまう。自意識過剰なのはわかっているが、いちいち比較してしまうくらいには、進藤直路の存在は大きいのだ。


 そして、百代曜子の分け隔てのなさもまた、僕にとっては眩しいものだった。

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