悪役令嬢を目指してみた
悪役令嬢ものが好きで自分でも書こうと勢いで描いてみました。
だけど……アレ?ドウシテコウナッタ?
いろいろつっこみどころがありますが、さらさらっと流してお読みください。
斬っ
音を立てて思い切り景気よく、それはいっそ鮮やかに宙を舞ったのは、彼女の長い長い髪だった。
将来の国を背負い支える貴族や、優秀な平民たちが競い合うアバレム学園の玄関先。
折りしも朝から強く吹いていた風に煽られ光にすけるその色は見事な朱金。
護身用の守り刀を握る細い手は労働などしたことが無いと一目でわかるほど、滑らかで手入れがされ、学園の制服を隙間無くきっちりと身にまとい、一部の隙も無い。
剣の鞘は足元に瀟洒な細工を土に汚して横たわり、数瞬のちに、彼女の髪を華やかに彩っていた髪飾りがその身を添えた。
うなじあたりまで短くなった髪と同じ朱金の、燃えるような熱をたたえた瞳がたった数m先で口をぱくぱくさせながら間抜け顔で立ち尽くす5人の青年と一人の少女を見据える。
その周辺には野次馬と化している生徒たちがいるが、彼らも一様に同じ表情であったといっておこう。
「それでは、私イリシュナ=ルカ=ビブリード公爵令嬢の名と権限において第2王子との婚約を破棄します。それでよろしいわね。それではごきげんよう」
ぴしゃりといい捨て、婚約の証として授けられた守り刀を投げ捨て、その身を翻す。
地に落ちた長い髪が風に遊ばれて華のような文様を描いた頃、ようよう正気に戻った彼らの前から、イリシュナの姿はすっかり消え去っていたのだった。
なぜこのような事態になったかといえば、それはたった1年前、一人の少女が入学したことが発端である。
とある貴族の庶子だという少女はひどく可憐で愛らしい容姿と、貴族には無い純粋無垢な性格で以って学園のアイドルに持ち上げられた。
多少自信がなく、それでもまじめで一生懸命な彼女自身に男女問わず惹かれること自体に、問題は無かっただろう。
しかし彼女を気に入り、傍にいるようになった5人の青年。彼らこそが問題だったのだ。
国の第2王子に、騎士団長の息子、宰相の弟子、珍しい妖精の子孫や獣人族の代表としてやってきた族長の息子。
当然文武両道、成績優秀、容姿端麗な彼らに熱を上げていた令嬢たちや、庶子を認めない貴族至上主義のお坊ちゃんたちが反発し、彼女に嫌がらせを始めた。
そしてそのまとめ役とされ、玄関先で追求され、挙句の果てに婚約破棄をたたきつけられたのが、今の今まで静観していた公爵令嬢イリシュナ=ルカ=ビブリードであったということだ。
そして当然彼女は何もしていない。
けれど無駄に優秀な彼らはやっぱり無駄な行動力によって証拠を捏造し、突きつけた。
彼らの後ろでおろおろとしていたアイドルを守るという、自己陶酔によって作られた茶番は、けれどあっけなく崩された。
いくら否定しても聞き入れない彼らの言い分に、イリシュナがありていに言えば、切れた、せいだ。
髪を切るのは、伴侶をなくした者か、親をなくした孤児か、髪を売って生計を立てる貧乏人か、婚約者のいない者のみ。
つまり貴族で髪を短くしているのは、幼い子供か年老いた者か、ワケあり、ということである。
学園で婚約者を見つける者も多いためわりと短い者は多いが、やはり個人の中では一番目立つ髪をいかに丁寧に手入れできるかで男女問わず話題になることは多い。
そして、イリシュカの髪はその中であって、非常に長く、美しかった。
あまり伸びすぎると生活する上で邪魔になるため、大体腰当たりまでしか伸ばさないのだが、彼女は太もも辺りまでの長さを誇っていた。
そして手入れもまた一切怠らず、毛先まで艶があり、まさしく光の輪を形成する彼女の髪に、感嘆のため息が漏れるのは当たり前の話である。
少なくとも10年はかかったであろうその美しい髪を、彼女は切り落とした。
怒りに任せてではない。
彼女は燃え上がる朱金の色彩に対して常に冷静であれと体現するような性格であり、姿勢を持っている。
ならば答えは。
周囲の視線が、ひとつに集まる。
第2王子は、いまだ呆然と口を開けて、しかし視線は地に落ちていた。
風に流されて足に絡みつく数本の、汚れてもその輝きを失わない、彼女の髪に。
「第2王子様」
その背に声が、ひとつ。
「リカヒナ?」
「騎士様、お弟子様、妖精様、獣王様」
振り向いた先、いつもうつむき加減だった小柄な少女が彼らに視線を合わせるほどまっすぐに顔を上げていた。
そして未だぼう、とした頭で、彼女は俺の名前を呼んだことが無いな、と思考が浮かぶ。
彼女は、まるで子供の癇癪をなだめるような苦笑を浮かべ、優しい声を続けた。
「私はこれまで、たくさん皆様に助けていただきました」
「生まれは貴族の庶子でも、私は平民の育ちで、馴染めなくて」
「でも、皆様を通じて、クラスのみんなとも仲良くなれましたし、勉強も楽しくなれました」
「だから、もう、だいじょうぶです」
「リカヒ、」
「もう、英雄ごっこは、終わりにしましょう?」
その言葉が、すべての茶番に終わりを告げた。
途端、ぱん、と頭に衝撃が走る。
まるで、ずっしりとした重荷を取ったように思考が勢いよく回り始め、無意識で違和感を追求する。
気づいたのは、彼だけではない。
何かを振り払うように首を振って周囲を見渡す、宰相の弟子。
婚約者の名を一心不乱に呼びながら走り出す騎士団長の息子。
首を捻ってふらりと歩き出す妖精族の子孫。
ばたん、といきなり倒れて救護されている獣人族の代表。
周囲の彼ら彼女らも、まるで鳩が豆鉄砲を食らったように目を瞬かせ、現状を理解しようと周りと話し込んでいる。
「リカヒナ?」
「私は、わがままでした。このままじゃいけないと思っていたのに、一人でいるのが怖くてたくさんの人を狂わせてしまいました。ついには何の関係も無いあの方も傷つけて。……謝って、許されることじゃないと知っています。でも、ごめんなさい」
「……リカヒナ」
「さっきも言いましたけど、もう、私は大丈夫なんです。こっちに来る前は、人なんて信じられなくて引きこもってましたけど、でも、やっぱり私は人が好きです。人を信じて、笑っていたいんです」
「そうか」
「はい。ですから私のことはもう、お気になさらずに。それより早くあの方の傍へ行って上げてください。大事なことを言ってないでしょう?」
「…ああ!感謝する」
守り刀を拾って、振り返らずに走り出した。
幼い頃から幾度と無く話し、触れ、時には喧嘩して仲直りした大切な婚約者。
彼女のことなら、手に取るようにわかる。
「……っく……ひっ……ぃっ……」
ああ、ほら、やっぱりここで泣いていた。
足音を立てず近づいた生垣の奥にあるちょっとした空間。
彼女はこういう人気の無い狭い場所でしか弱音を吐いたことが無い。
あるとき、非常に厳しく理不尽な性格の家庭教師が彼女についたことがある。
その課題はまだやっと二桁に差し掛かった彼女にはあまりに重く、けれど彼女はそれを必死にクリアし続けて。
その家庭教師が、あえて厳しい問題を出して、間違ったら手に持つ鞭でいたぶるのが大好きな変態だと気づいてやめさせるまで、彼女は俺にも隠れてここで泣きながら頑張っていた。
だから、きっと彼女は知らない。
俺がどんなに、その姿に救われていたかなんて。
次代の王を支えるために、次々と襲い掛かる課題や行き着く間もない日常で、同じ存在がいたことが、どれほど俺の心を軽くしただろう。
だから今度は、俺の番だ。
「……っく……ば、かっ………ばかばかばかぁ………」
「馬鹿、とはひどいな」
「!!?」
びくん、と跳ねるように立ち上がった朱金の髪。
残念だ。あれがさらさらと光にきらめく様を見るのが大好きだったのに。
真ん丸くなった目が、真っ赤になったままギン、と細められた。
久しぶりに本気で怒ってる。
「何かご用件があって、来ましたの?」
「ああ」
「そう、ではどうぞ」
鬼でも殺せそうな形相なのに声だけ平静なのは見事というべきか笑うべきか。
すこし口の端が上がって、視線が鋭くなる。
けれどそれ以上何も言わず、持ってきた守り刀で、己の腰ほどの髪を、
「っなにを……!!」
彼女と同じ、うなじ当たりでざっくり切り取った。
ばらり、と纏めていた手から零れ落ちた髪が数本風に持っていかれるが、そのまま彼女に突き出した。
見開いた視線が幾度か髪と顔を往復する。
本当にきったのかを確かめるような仕草に、俺はもう一度、ぐい、と手を突き出した。
我ながらよく手入れされた髪は侍女たちが必死になってくれたもので、きっと悲鳴を上げられるだろうが、今はどうでもいい話だ。
「侘びにならんかも知れんが」
「…ぇ?……、え?」
「俺は確かにお前を貶めた。それがどんな理由であれ、否定はせん」
「…そ、れがどうかしましたの?」
傷ついたような表情が一瞬、浮かんで消える。
「だがな、俺はお前の髪が好きだ」
「?」
「女の髪は命ともいう。男の俺では命にならんが、侘びくらいにはなるだろう」
「……っだから!!」
「もう一度、婚約者になってくれ。俺と共に生きてくれ。俺は、お前にもう一度惚れ直したんだ」
「 」
「おい、口を開けるな。淑女がみっともないぞ」
「 ……は?」
そうだ、俺は彼女なら俺と生きてくれると思ったんだ。
誰にも見つからない場所で泣きながら、それでも目を真っ赤にしながら後悔しないように必死に歯を食いしばって生きてきた彼女だから、俺は好きになったんだ。
支えるでもなく、依存するでもなく、ただ隣にたって、手を握って、一緒に生きたくて。
「愛している。イリシュナ=ルカ=ビブリード。もう一度俺に、チャンスをくれないか?」
きっと正気に戻った彼女は烈火のごとく怒るだろう。
その朱金の髪を振り乱し、同じ色の瞳を鮮やかに燃やしながら。
いいや、何気に泣き虫な彼女のことだから、泣きながら怒るかもしれない。
あるいは理解しきれず逃走かもしれないが、そのいずれのどれかだろうと、逃がす気は無いし、逃がそうと思わせる気も無い。
そうしてたくさん喧嘩して、話し合って、あるいは俺といい勝負をする彼女と試合してもいいかもしれない。
触れ合って、離れて、お前のいろんな面を見たい。
まずは笑顔を見せてくれるまでどれぐらいかかるか己の中で賭けをしながら守り刀を放り投げ、かちこちに固まって思考停止した彼女をおもいきり抱きしめた。
ぱぁ、と空に広がる髪が今までの自分の重みごと連れ去っていく。
これから背負う髪の重みはきっと、誇らしく胸を晴れるはずだ。
彼女が隣にいてくれるなら、その夢も、遠くない。
END
『………あれで、よかったのかしら?あなた、あの男の嫁になりたかったのでしょう?』
「ええ」
『今ならまだ修正できるわよ?』
「いえ、いいんです。物語は、ゲームという限らせた世界の設定で作られたキャラだからこそいいんです。そこにイレギュラーが入れば、それは物語ではありません」
『そう。まあ私は楽しかったから満足だけれど』
「なら、よかったです。会うのも、これで最後でしょうから」
『まあね。物語は終わりを告げてしまったわ。そしてあなたが拒否するならこれ以上私は介入することはできず、あとは彼らとあなた次第』
「はい、わかっています」
『ねぇ、本当にいいの?今なら出血サービスするわよ?』
「それなら………っていうのはできますか?」
『まあ、それくらいならいいけど』
「ふふっありがとうございます」
『あなたも随分明るくなったし……あーあ、これからどうしようかしらねぇ』
「そういって、またわたしみたいなのを助けてくれるのでしょう?」
『あぁら、私があなたを選んだのはたまたまよ。あなたみたいに根暗でうじうじしてる引きこもりで、おまけに身内がいないからあっちから持って来やすかったのに』
「もう。随分な言い方ですね。本当のことですけど」
『否定しないのね。……っと。そろそろ行かなきゃ』
「もう時間ですか?」
『ええ、物語が終われば私がこっちにいる名目はないからね』
「じゃあ、今まで色々ありがとうございました。また会える時は……ないでしょうけど、お元気で」
『ええ、あなたもあなたの人生を楽しんで頂戴ね』
「はい」
『ばいばい、リカヒナ。……日当 里香。あなたに、幸福があらんことを』
深夜、学園から少しはなれた小高い丘の上。
きらきらと光が柱を作って遠ざかっていく。
見送った少女は光が消えた後もしばしその場に立ちつくしていたが、やがて丘を下り、学園の寮へと向かっていった。
その背は姿勢よくぴんと伸び、少しずつ伸びていく髪が弾むように跳ねていた。
今度こそEND
お読みいただきありがとうございました。




