表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

イタズラ王、慎んで春を待つ

作者: かすたどん

コンセプト:明るく読める王道ボーイミーツガール

文字数1万ちょい。

楽しく読んでいただけると幸いです。

 


 その日、職員室は混乱に包まれていた。


「誰だ、俺のヒジに『ヒザ』って落書きしたヤツは⁉︎」

「円座クッションの真ん中が塞がれてる⁉︎」

「スマホのホーム画面がエヴァ◯ゲリオンに⁉︎」

「ひどい……一体だれがこんなことを」

「決まっているだろう。こんなしょうもないことをするのはヤツしかーー」

「バカな! ヤツがいたのはほんの1、2分ですよ⁉︎」

「それでもやるんだよ、ヤツは……イタズラ王は」


 イタズラ被害者の教師たちは、一斉にヤツの名前を叫んだ。


「「「桜井湖畔(さくらいこはん)、どこに行ったぁぁぁぁぁぁ⁉︎」」」


 それはもう大きな声で。

 はるか真上の屋上階まで届くほどに……。



 ★★★★★★★★★★



 桜井湖畔、どこに行ったぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎

 たぁぁぁぁぁぁぁ〜。

 ぁぁぁぁぁぁぁぁ……


「お、やっと気づいたか。待ちくたびれたっての」


 真下の職員室から聞こえてきた俺の名前と絶叫。

 イタズラの成功を察して俺はゆっくりと体を起こした。

 場所は職員室の真上に位置する屋上。

 冬が目前に迫っているので寒いのだが、職員室の悲鳴を聞くにはベストポジションなのだ。

 机で寝てた先生のヒジに刻まれた『ヒザ』の文字。

 中心の穴を塞がれ、ただの座布団と化した円座クッション。

 急激にオタクっぽくなった体育教師のスマホ。

 その一つひとつを思い出し、反応を想像して笑いが止まらない。

 やっぱ、ヒマな時間はイタズラで潰すに限るよな。



 俺の名前は桜井湖畔(さくらいこはん)

 ちっちゃな頃から悪ガキで、6つで不良と呼ばれた現・高2の男子。

 趣味・特技はイタズラ。

 将来の夢はドッキリ番組の落とし穴を掘る人。

 ついたあだ名は『イタズラ王』。

 畏怖の念と多大なる敬意を込めて、そう呼ばれている。

 ……と、信じたい。


「さて、逃げるか」


 新たなイタズラ伝説を残したところで俺は立ち上がる。

 逃走ルートを3つほど頭に浮かべながら階段に続く扉へ。

 イタズラ後の逃走経路確保もぬかりはない。

 まさにイタズラの王。

 自画自賛しながら階段に続く扉に手をかけーー


「誰かいるのかい?」

「うわっ!」


 ーーようとした瞬間、扉がひとりでに開いた。

 涼しい顔をした女子生徒と鉢合わせる。


「おや、失礼。ん……誰だろう?」


 彼女は戸惑う俺にグッと顔を近づけてくる。

 端正で優雅な顔立ちに、アーモンド型の目。

 白く透き通るようにキメ細かい肌。

 凛々しいサムライポニーテールが俺の視界の端でゆらゆら揺れる。

 テレビに出てくるアイドルや女優とは一味違う華やかさのある人だった。

 リボンの色は……上級生(さんねんせい)

 どこかで見覚えがあると思ったら、生徒会のメンバーだった気がする。

 彼女は純粋な疑問を顔に浮かべてゆっくり首を傾げた。


「やあ。こんなところでどうしたんだい?」

「べ、別に。アンタには関係ないだろ」

「確かにそうだけれど、煙草とかお酒とかやってたら()めさせないと」

「そういうのはやってねーよ」


 粋がったタメ口で言い放ちながら、自分でも説得力がないと思った。

 放課後の屋上で一人って立場が逆なら俺でも疑うし。

 さてなんと言ってごまかすかなと考えていると……


「そっか、なら安心した」


 なんか信じてくれた。

 信じてくれたのはいいが調子が狂う。

 独特なペースとリズムのある人……らしい。


「私は久玉日向(くだまひなた)。ヒナタって呼んでね」

「……どーも。俺は桜井湖畔」

「さくらい、こはん? どこかで聞いたような……」

「あー、いい。思い出すな」


 どうやら俺のことを知らないらしい。

 チャンスだ。

 警戒されずにイタズラできる……。


「コレ食ってたんだよ」


 俺はポケットから取り出した板ガムの包みを見せ、右手で一枚取り出した。

 そして彼女の視線がそっちに行っている間に左手で「仕掛け」る。

 仕込みの時間は一瞬。

 必要なのは片手だけ。

 それでもクオリティは落とさない。

 それがイタズラ王の手口。

 何も言わずにガムを咥え、準備万端のブツをヒナタに差し出す。


「アンタも食う?」

「うん? ありがとう」


 なんだいいやつじゃないか、と笑みを浮かべて手を伸ばすヒナタ。

 細長い指がガムの先端をつまんだ。

 甘いぜ。

 思い知れ、イタズラ王の悪意!



 ぱちっ!



 会心の音がして、ガムの先に電気が流れた。

 イタズラ七つ道具の一つ、ガムパッチン。

 ダミーのガムを引っ張ると痛い目を見るアレである。

 しかも今回は電流が流れるハードタイプ。

 不意打ちを食らおうものなら悲鳴を出さずにはいられない衝撃だ。

 さぁて、どんな反応を見せてくれーー


「…………(ヒナタ)」

「…………(俺)」


 え、無反応?

 ヒナタは表情を硬直させたままぱちぱち、とまつ毛を動かすだけ。

 こっちから『感想は?』と聞くわけにはいかないので俺も黙る。

 結果、寒空の下にある屋上に沈黙が舞い降りた。

 やがてヒナタは指をゆっくり耳たぶに持って行き。


「…………いたっ」

「反応うすっ!」


 耳たぶをさすさすしながら眉をひそめるのだった。

 ……一応、成功はしたハズなのだ。

 被害者(ヒナタ)に「いたっ」と言わせたのだから。


「静電気かな? 今日は乾燥しているし……ああ痛かった」

「…………」


 なのに、なぜだ。

 あのうっすい反応。

 ぜんっぜん面白くない。

 むしろ虚しい。

 てか今の反応からして、イタズラされたことにも気付いてないよね⁉︎


「ところでさ」

「ちょっと待て……5文字で受け流さないでくれ……」

「よくわからないけれど落ち込んでる?」

「ああ、割とマジで」

「人生楽なことばっかりじゃないよね」

「慰めんな余計みじめになるだろコノヤロウ」


 優しさは時に厳しさよりも人を傷つけるんだぞ。


「じゃあ話題を変えるけど……今のショックで思い出したよ、君のこと」

「ようやく思い出したか。ならば名乗ってやろう、俺こそ今世紀最強のイタズラ王こと桜井こーー」

「さっき、先生たちが君の名前を叫んでいたっけ」

「はん……だぁー! やべえ完全に忘れてた!」


 挫折と苦悩をほどほどに、深刻な状況を思い出して跳ね起きた。

 このままでは校門の前で張られてしまう。


「くっ! 急用思い出した! じゃあなっ!」

「うん。車に気をつけてね」


 イタズラ被害者に道中の安全を心配されるという新鮮な経験。

 ますます強くなる敗北感を味わいながら、俺は廊下をダッシュした。



 ★★★★★★★★★★



 その日、その時、その瞬間の出来事は俺の心に深い傷を刻んだ。

 ガムパッチンは圧倒的鈍感力を前に功を奏さず。

 イタズラ王の名誉は地に落ちて。

 俺の目の前に立ちはだかる久玉日向という3年生。

 何が起きても微動だにしない、あの余裕。

 周囲の人間を巻き込む、あの天然。

 倒さねば。

 ヤツを倒さねば(イタズラ王)に未来はない……


「ーーというわけで俺と勝負だ、久玉日向!」

「不束者ですが、末長くよろしく」

「いえいえご丁寧に……って、どうしてそうなる⁉︎」


 イタズラ王が枕を涙で濡らした夜は6時間前に終わり、現在昼の13時。

 要するにヒナタと初めて会った次の日。

 俺は学校のカフェテリアで再び天然王(くだまひなた)と相対し、第一声からさっそくペースを奪われつつあった。


「……告白じゃないの?」

「いや俺『勝負だ!』って言っただろ」

「『惚れたら負け・惚れさせたら勝ち』みたいな勝負かと」

「スマホ向け乙女ゲームのオラオラ系攻略対象かよ……」

「恋愛色強めな韓流ドラマみたいになるのかと」

「まあそういうの一時期流行ったけど……」

「キス我◯選手権みたいな感じかと」

「偏ったサンプルばっかり持ち出すなよ⁉︎」


 そしてセリフ4つで完全にペースを持って行かれた。

 第一印象通り、独特なリズムと感性をしてやがる。

 これは強敵だと思いながら、ここに至るまでの経緯を説明する。


「……つまりこういうこと? 君はイタズラで人を驚かせるのが好き」

「ああ」

「しかし私は昨日、君のプライドを傷つけた」

「そうだ」

「自尊心を失った君は、私を屈服させることで心の平安を保とうとしている」

「……まあそういうことだ」


 言葉に起こされると俺ってクズ野郎だなと思ってしまう。

 まあそれはだいぶ昔から自覚してるから置いといて。


「とにかく、俺はアンタに勝負を挑む。アンタを驚かせたら俺の勝ち、驚かなかったら俺の負けだ」

「正直その理屈はさっぱりわからないけれど」


 ヒナタは俺の顔を覗き込んできた。

 ホントによくわかっていない表情だったが……


「さくぱんには大事なことなんだろうね。うん、受けるよ」

「受けてくれたのはホッとしたんだが、そのチョコ菓子みたいな呼び名は……」

「君のことだよ? 『さく』らいこ『はん』。略してさくぱん。ダメかい?」

「……勝手にしろ」

「じゃあよろしく、さくぱん。ところでルールについて提案なんだけれど……」


 今日初めて話を切り出すヒナタに促されて俺たちはルールを詰めた。

 大まかな決定はこうだ。


 ・俺がヒナタにイタズラを仕掛けるのは1日1回限り。

 ・直接身に危険が及ぶようなイタズラは禁止。

 ・ヒナタが勝ったら俺はその日の放課後まで生徒会の雑用を手伝う。

 ・期間はヒナタが卒業する春までか、俺がギブアップするまで。


「さくぱんにメリットがないように思えるけれど?」

「いいんだよ、アンタを驚かせて威信を取り戻せればそれで」

「じゃあこれでいいね」


 話はまとまった。

 これより、俺と久玉日向は敵同士になる。

 イタズラ王の威信を取り戻すための聖戦。

 そしてよくわからないままそれに巻き込まれたヒナタ。

 ……うん。やっぱ俺、だいぶクズだな。


「んじゃ、今日はカフェテリアを出たところからスタートだからな」

「うん、よろしく」


 スポーツマンシップにのっとった的な挨拶をされて、俺は席を立った。

 ヒナタも一緒になって立ち上がる。

 俺はさりげなくヒナタを先行させ、縦に並んでカフェテリアの出口へ。


「ところでヒナタ」

「うん、なに?」

「俺の好きな言葉は……先手必勝だ」

「へえ。アグレッシブな言葉が好きなんーー」


 カフェテリアの出口扉に手をかけたその瞬間。

 しかしヒナタは最後まで言えなかった。



 ぽふっ!



 軽い音と共に、緑色の黒板消しがヒナタの頭頂部に命中した。

 一瞬遅れてチョークの煙幕がもわっと広がる。


「よっしゃ!」


 先手必勝が決まりガッツポーズする俺。

 学校でやるイタズラといえばやっぱりコレ、黒板消しトラップ!

 仕掛けの単純さとは裏腹に、黒板消しの落下速度・被害者の身長・ドアを開けるスピードなど様々な要素が絡む高難度の一撃イタズラ

 それを完璧に決められたヒナタはチョーク煙幕に反応せずにはいられなーー


「これ成功したの初めて見たよ。どこから落としたんだい?」

「のおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 桜井湖畔(イタズラ王)、初戦黒星……。



 ★★★★★★★★★★



 それから、血で血を洗うような戦いが繰り広げられた。

 まず最初の2週間は、徹底して不意打ちを仕掛けた。

 ゴキブリの模型。

 落とし穴。

 バナナの皮などなど。

 今までの経験と実力をフルに活かし、イタズラグッズをぶつけまくった。

 しかし……。


『よくできているね。あ、ゴム製なんだ』


 ゴキブリ模型を片手にそう呟き。


『落とし穴なんて懐かしいね。私も昔掘ったことがあるよ』


 落とし穴に片足を突っ込みながら昔を懐かしみ。


『知ってる? バナナの皮にはすべりやすいゲル状物質が含まれて……』


 バナナの皮で派手に転んでから、ためになる豆知識を披露してきやがった。

 もちろん、ちっとも驚いたような表情は見せず。

 2週間で10連敗。



 その後の2週間は、精神的なアプローチも試してみた。

 一例を紹介しよう。

 図書室にヒナタを呼び出す。

 すまん、俺が悪かった。もう負けを認めるから。

 そう言いながらヒナタを油断させて椅子に座らせ……


 BOOOOOOOO!


 静かな図書室に、品のない音が響いた。

 ヒナタの尻に敷かれたブーブークッション炸裂。

 笑いをかみ殺す俺。

 きょとん顔のヒナタ。

 一斉に視線を音源(ヒナタ)に向ける図書室の生徒たち。

 これは赤面せずにはいられないだろ⁉︎

 しかしアイツは。

 天然王は。


『みんな申し訳ない。すぐ換気するから』


 と、自分は何も悪くないのにその場の生徒全員に謝罪した。

 ヒナタの迅速な対応に図書室の生徒も『あ、ああ、うん……生理現象だから仕方ないよね……』くらいにしか反応できず、事態はうやむやになった。

 そんな感じで精神攻撃も効かず、前の2週間から通算で20連敗。





 というわけで桜井湖畔、1ヶ月で1勝もできず。





 さっき『血で血を洗う争い』って表現したけど、血を流してんのは俺だけだな。

 ……いや、それだけならまだいいんだよ。

 まだ俺が諦めない限りいくらだってチャンスはあるのだから。

 しかし。

 しかしなぁ……


「ありがとう、さくぱんのおかげで1日ごとに学校がキレイになっていくよ」

「なに感謝してんだ、このイタズラ被害者めぇっ!」


 大半の生徒が帰宅した放課後。

 場違いな感謝の言葉に、俺(草むしり中)の心はぼっきり折られた。

 今日も今日とて連敗記録を更新した、21敗目の悲しき夕方である。


「そんなこと言われても本当に感謝してるんだから。素直に喜びなよ」

「俺を『素直じゃないけど実はいいヤツ』みたいに扱ってんじゃねぇ!」

「さくぱんにはいくら感謝してもし足りないよ。本当に」

「…………」


 そりゃ俺にだって人並みに良心の呵責というものがあるわけで。

 イタズラを仕掛ける側の俺が感謝されてるという状況は異常なのであって。

 その場違い(ミスマッチ)な感謝が、どんな説教や生徒指導よりも俺の心を折る。

 四つん這いになって絶望する俺とは真逆に、ヒナタはキレイになった花壇を眺めて満足そうに頷いた。


「今日はこれくらいにしておこうか。私もこのあと用事があるから」

「明日こそぜってー吠え面かかせてやるからな……」

「うん。じゃあ明日はあっちの花壇をーー」

「負ける前提で話してるんじゃねぇよ!」


 俺のマジな宣言をムカつく笑顔で受け流し、ヒナタは校舎の方に戻っていった。

 ただ一人花壇の隅っこに取り残される俺。


「……勝てる気がしねぇ」


 ヒナタがいなくなったのを確認後、思わず弱本音がこぼれてしまう。

 いや、引っかけるのが難しいわけじゃないんだけれど。

 むしろ今までターゲットにした誰よりもチョロいんだけど。

 絶対に驚かないだけ。

 なんだこの状況。

 RPGにたとえると、経験値稼ぎのため弱そうなスライムを狙ったら実は姿を変えて出てきた魔王(ラスボス)でしたみたいな……。

 と。


「あ。カギ、俺が持ったままじゃんか……」


 RPG繋がりで、ポケットに入っていた掃除用具入れのカギを思い出す。

 いつもはヒナタに渡して職員室に返してもらうのだが今日はお互い忘れてた。

 持ち帰るわけにはいかないし、返しに行こう。

 ついでに誰かにイタズラできるかもしれないし。

 疲れた体にムチ打って桜井湖畔立入禁止部屋(しょくいんしつ)へ……。

 すると。


「いいか、君のことを心配して言っているんだよ」

「でも彼のことは関係なくてーー」


 突然、職員室横の生徒指導室から声が聞こえてきた。

 低い声と、大人びて聞こえるハスキーな声が言い争うような声色。

 片方に声に少し聞き覚えがあって、隙間から中を覗き込んでみる。

 すると……


「ヒナタ……?」


 指導室の中にサムライポニーテールを垂らした背中が見えた。

 ヒナタに対面して厳しい顔をしているのは生徒指導の教師(俺の第2の担任)

 品行方正なヒナタと、生徒指導室。

 どうもその単語が結びつかない。

 優等生で通ってるヒナタがなにをしたんだと耳をそばだてて……


「はっきり言おう。桜井湖畔とは関わらない方がいい」


 俺の名前が聞こえて、耳を疑った。


「……どうしてですか、先生?」

「最近、数人の生徒から『久玉さんが桜井湖畔とよく一緒にいる』と聞いた」


 次は疑いようもなくハッキリ聞こえた。

 間違いなく俺のことを話している。


「みんな心配なんだよ。君があの幼稚な男から悪影響を受けていないか」

「ご心配ありがとうございます。でも付き合う人間くらい自分で選びます」

「しかしだね、将来のことをよく考えてみなさい」


 進路、受験、将来。学生を言いなりにする魔法の脅し文句トップ3。

 ヒナタもさすがに口をつぐむ。


「君はもう大学から推薦をもらっているだろう? でも推薦(それ)だって本決まりじゃないんだ。なにか1つでもケチがつけば、大学はすぐ手のひらを返してくる。そうなれば困るのは君だろう?」

「それは……」

「人付き合いには気をつけろと言っているんだ」


 一区切り入れるように教師は長いため息をついた。


「わかったね。明日からは気をつけるようにーー」

「イヤです」


 しかし、ハッキリと。

 抵抗の意思を固めたヒナタの声。

 教師がたじろぐように息を飲んだのがわかった。


「彼はそんなに悪い人じゃないと思います」


 次は俺が息を飲む番だった。

 どくん、と。

 心臓が跳ねる。

 バカじゃねえの、と。

 悪い意味で有名人な俺に感謝してみたり。

 意図の読めない笑顔を振りまいたり。

 悪い人じゃない、なんて信頼をしてみたり。

 やめろよ。

 どうすればいいのか、わからなくなるだろ……。

 そんな風に俺が立ち尽くし、混乱し、見守る中。

 教師が根負けしたように指導室を立ち去るまで、にらみ合いはずっと続いた。



 ★★★★★★★★★★



 そして、22戦目となる次の日。


「あー、気分わりぃ……」


 俺は放課後の屋上でヒナタを待っていた。

 今日はまだ直接会っていないが『放課後の屋上で待つ』と置き手紙してある。

 正直、来るか来ないかは半々といったところだが……。


「やあ、さくぱん」

「……おう」


 いつもの通り。

 ヒナタは俺の前に姿を現した。

 放課後・屋上の開放感に感化されたのだろう。ヒナタは夕焼け空に向かってうーんと伸びをしながら俺に近づいてくる。


「ちょっとビックリしちゃったな」

「何が?」

「さくぱんがイタズラをする時間と場所を指定してきたことさ」

「俺はそれをわかっててノコノコやってくるお前にビックリだ」

「あはは。我ながらチョロいなぁ、私」

「自覚があるならちょっとは用心しろよ」


 いつもの通り。

 ほんっとうにいつも通り。

 穏やかでちょっとズレてるヒナタ。

 昨日の生徒指導の影響はこれっぽちも感じない。

 でも……今回に限ってはそっちの方が問題なワケで。


「いいのか?」

「うん?」


 楽しげな雰囲気を切り裂くように問いかける。

 夕焼けを眺めながら微笑していたヒナタが真顔で首を傾げた。


「いいのか、って何が?」

「俺と関わるなって言われたんだろ?」


 瞬間。

 ヒナタ表情がピキッと音を立てて硬直する。


「……知ってたんだ」

「偶然聞いたんだよ、昨日」

「そっか。……うっかりしてたかな」


 ばつの悪そうな苦笑を浮かべるヒナタ。

 それから緊張した空気をほぐすみたいに饒舌になる。


「ほら、生徒指導の先生って過保護なところあるじゃない?」

「…………」

「万が一、推薦を取り消されたら評判が落ちるから先生も必死なのさ」

「…………」

「今回もそれと同じで、さくぱんが気にするようなことじゃーー」

「気にするわ!」


 声を上げてヒナタの言葉を遮った。

 俺にしては珍しく、真剣に悩んだのだ。

 ぐうの音も出ないような教師の指摘。

 根拠不明なヒナタの俺フォロー。

 立ち尽くすしかなかった俺自身。

 悪いウワサを流されたって、教師に目をつけられたって自業自得だ。俺は。

 でも。


「それでお前が怒られるのは違うだろ……」

「……あはは、暗くなっちゃった。ごめんね、さくぱん」


 まただ。

 またコイツは悪くもないのに謝る。

 それが俺にとって1番イヤなことなのに……。

 しかしそれも一瞬のことで、ヒナタはごまかすように話題を変えてきた。


「そんなことより、今日はどんなイタズラを見せてくれるの?」


 そっか。

 それがお前の答えか。

 じゃあこっちにだって考えがある。

 俺はゆっくりポケットからブツを取り出して……


「ガム、食う?」

「それ、一ヶ月前にもやらなかった?」

「いいんだよ、早くとれ」

「うん、わかったよ」


 ヒナタはガムに手を伸ばす。

 おそるおそる指先でガムをつまんでーー


「…………え?」


 すっ、と。

 なんの抵抗もなく、ガムは抜けた。

 不発だったわけではない。

 仕掛けなかったのだ。


「これが俺の答えだよ」


 俺は自分の手の内を全部さらすみたいに両手を挙げた。


「ギブアップ。俺の負けだ」


 ヒナタが驚いたように目を丸く見開く。

 ……それだよ。

 俺はお前のそんな反応が見たかったんだよ。

 昨日までは。


「俺とお前は敵じゃない。だから俺とお前の関係も終わり」


 俺は突き放すように言った。

 これでいい、最初から交わるべきじゃなかったんだ、と自分に言い聞かせて。

 一方のヒナタはしばらく無言だったが、やはり困ったように微笑してきた。


「残念だな、せっかく仲良くなれたのに」

「敵同士だったのに『仲良くなれた』は違うだろ。早くどっか行け」

「……うん。さくぱんがギブアップするなら仕方ないね」


 ヒナタは最初につくったルール通り降参を認め、俺に背を向けた。


「じゃあね、さくぱん。楽しかったよ」


 ヒナタの背中が遠ざかっていく。

 マイペースに一歩ずつ踏み出す足が、俺から離れていく。

 その度急に胸が苦しくなった。

 そしてようやく気付く。

 ああ、俺は……俺も。

 結構楽しかったんだ。

 イタズラ仕掛けて結局負けて。

 躍起になって次の手を考えてまた負ける。

 そしてヒナタの天然発言に翻弄されてまたムキになって……

 巻き込まれていたのは俺の方だったんだ。

 でも、それがどこか心地よくて充実していて。


「も、もう俺はお前と関わらないけど!」


 ヒナタが屋上から去る直前。

 俺の言葉はギリギリで間に合った。

 俺の踏み出した一歩にヒナタが「うん?」と振り向いて応える。

 しばらく声は出なかった。

 けど。


「……推薦、取り消されないように頑張れよ」

「……うん、ありがとう」


 今まで見た中でも最上級に読めない微笑が脳裏に焼きついて。

 1ヶ月に渡る俺たちの戦いは、終わった。



 ★★★★★★★★★★



 ビックリ箱を量産したクリスマス。

 実家の親戚にイタズラを仕掛けまくった正月。

 年始のドッキリ番組に胸を躍らせた三が日。

 そんな充実した冬休みが終わって。

 

「雪玉でイタズラするにはどうすべきか……」


 年を越してもまだまだ寒鋭い空気に負けず、俺は登校していた。

 今日から3学期である。

 冬の間、蓄えに蓄えた悪意たっぷりのイタズラをしかけるチャンス。

 さて最初に餌食になるのはどこの誰だ。

 クラスメイトか、職員室か、はたまた見知らぬ誰かーー





 ふと、頭の中をサムライポニーテールが通り過ぎて行った。





「……思ったより女々しいな、俺」


 心に隙間風が通るような感覚。

 そんな痛みに、俺は頭を激しく振って抵抗する。

 いつもと変わらない。

 何も変わったことなんてないのだ。

 2学期後半のガチ勝負は……そう、夢だったのだ。

 そう割り切ればこんな隙間風どうにでもごまかせる。

 自分をごまかしている時点でなんか違う気がするが、それも一緒にごまかす。

 心機一転。

 イタズラ王は負けを知ってまた強くなるのであった。

 強くなるのであった…………が。


「なんだこれ……?」


 さすがにその光景には動揺してしまった。

 校舎への入り口、つまり昇降口。

 大量の靴箱が並ぶその場所。

 なぜか俺の靴箱の目の前に、赤いヒモがぶら下がっていたのだ。

 いかにも怪しげにブラブラと揺れている。

 ヒモの行き先を辿って見上げると……その先には巨大なタライが。

 それはもう、シュールを通り越して意味不明な光景だった。


「…………」


 散々迷った挙句、俺はひもを引っ張った。

 そして素早くサイドステップ。


 がらんがらん!


 予想通り、タライが落ちてきて昇降口の床に転がった。

 思ったより大きな音が昇降口に響いて、周囲の視線が一斉に集まる。

『あー、またイタズラ王がなんかやってる……』という視線。

 いや何もやってねえよ?

 今回ばかりは風評被害だよ?

 そんな、マジで狼が来た時の狼少年チックな気分に浸っていると……。


「なるほど、無反応だとこういう気持ちなんだね」


 懐かしいハスキーな声が。

 見覚えのあるポニーテールが。

 俺の目の前に立っていた。


「今なら君の気持ちがなんとなくわかるよ、さくぱん」

「……ヒナタ」


 その2週間ぶりの脱力感が妙に懐かしくて、ますます心臓が跳ね回る。

 ていうかお前だったのかよ、このしょうわのかほおり感じるイタズラ。


「お、お前、これってどういうーー」

「仕返しだよ、仕返し」


 俺に最後まで言わせず、ヒナタの口が動いていた。

 少しだけ唇を尖らせて。


「今思うとすごくひどい目に遭わされていたんだ。落とし穴に落とされて、ブーブークッションを仕掛けられて、上から黒板消しをはじめとする色んなものを落とされて……そんな日が21日も」

「今更かよ」

「そう、今更。だけどやり返さないと気が済まなくて」


 やっぱヒナタ、色々と遅いよ……。

 リアクションだけじゃなく感情までノロノロだよ……。

 と。

 懐かしい雰囲気に浸るのは一瞬だけで、すぐに俺は眉をひそめた。

 お互いのことを考え、一度は断腸の思いで関係を断ち切ったのだ。

 ここで中途半端に繋がったのでは、その決意もムダになる。


「てか何の用だよ。俺とお前の決着はもう2学期についてるんだ」

「……そうだね。さくぱんが終わらせちゃったもんね」

「敵でもない人間にイタズラは仕掛けねえよ」


 実際はかなり無差別にやってるんだけど。

 幸いヒナタはそこにツッコミは入れて来なかった。

 ……ただし。

 いつものヒナタとは違う、不敵な笑みが俺を捕らえる。


「ところでさくぱん」

「な、なんだよ……?」

「敵ならいいんだね?」

「は?」

「言ったよね、『敵ならいい』って意味のこと」

「ちょ、待て。お前まさかーー」

「私はさくぱんに勝負を挑むよ」


 一ヶ月半も前の宣戦布告が、長い時を超えて俺にブーメランしてきた。

 ヒナタのドヤ顔が俺を真正面から見据える。


「私がさくぱんをイタズラに引っ掛けたら私の勝ち。さくぱんがそれを見破ったらさくぱんの勝ち、っていうルールはどうかな?」

「…………」

「どうしたの?」

「せ、生徒指導は……」

「ああ、言うと思った」


 想定済みだよ、と言いながらヒナタは得意げに続ける。


「さくぱんが勝負の罰ゲーム(ボランティア活動)を頑張ってくれたって先生たちに力説したら、見直したような顔をしていたからね。少しはさくぱんへの態度も柔らかくなるんじゃないかな?」


 先回りされたうえ、芽を摘まれていた。

 意趣返しのつもりなんだろうか。

 それとも、単純に面白がっているだけなのか。

 考えるだけムダだと思った。

 相手はヒナタなんだから。


「さ。これで勝負しないって選択肢はなくなったよ、イタズラ王?」

「うっせぇよ天然王」


 自然な笑顔の挑発と、悔し紛れの負け惜しみ。

 お互いにこんなんだけど、どこか嬉しいのは否定のしようがないわけで。

 ただ、そんな嬉しさをヒナタのごとく素直に表現するのは恥ずかしい。

 なんか負けた気がする。

 だから……

 俺は「その勝負乗った!」と叫ぶ代わりに。


「ガム、食う?」

「うん。ありが(ぱちっ)…………いたっ」


 相変わらずうっすいな、ヒナタさんよぅ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ