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16話

 気付けば俺は森の中に立ちすくんでいた。


 深い森の中にぽっかりと空いた空間。目の前には白亜で彩られた神殿が静かに佇んでいた。

 この風景は前にも見たことがある気がする。詳しいことはなにも分からないのだが。


 ふと右手を見てみると、神殿を構成しているのと同じような材質でできた女神像を握り締めていた。フード付きのローブを着ていて、胸の前で組んだ手には弓を握っている。日本の、俺の部屋にあるフィギュアとは比べ物にならないほど拙い造型だけど、ずいぶんとよく出来ているように思えた。


 神殿の奥から静かな歌声が響いてきた。


 今まで聞いたことのあるどんな歌にも似ていない。心が落ち着くような、それでいて不安に苛まれるような......。

 いったい、何を不安に思うのだろう。自分はこれほどまでに充足しているというのに。生まれてこの方、これほどまでに満ち足りたことなどないというのに。


 疑問は解けることはなく、それでも俺は歌の音源、神殿の奥へと向かう為に足を踏み出した。



 †



「ふぉ、ぉおおぉぅ......」


 目を覚ますと同時に感じた凄まじい虚脱感に、思わずそんな声が漏れた。


 地下水路を抜けて、気を失ったことは覚えている。今はどこにいる? こんな穏やかに目を覚ましたのなら、まさか親衛隊の連中に捕まったってことはないだろう。あいつら、口答えしたことを後悔させてやるとか言ってたし。ていうか駄目だなーあの組織。なんか簡単に内部分裂して瓦解しそう。今はまだその兆候はなさそうだけど、案外ちょっとしたきっかけで崩れそうな感じだな。でもいろいろ策を巡らすのはめんどくさい。いくら軍団規模に満たない千五百人程度の組織とはいえ、構成員はまともに訓練されてまともな装備を持っている。力技ってわけにもいかないだろう。第一俺が動かせる人員なんてそれこそ俺の部隊くらいしかないのに。まあその部隊も結成から数か月で壊滅寸前なんだけど。


 そんな、くっそどうでもいい事を考えながら身体がを起こす。正確には起こそうとした、が正しいのだが。いつの間にかに左腕の骨折も治ってるみたいだし。いくらなんでも自然回復ってことはないだろう。だけど治癒魔術にしたって早すぎる気がする。


「で、なに、なんなのこの状況......」


 簀巻き、というのだろうか。言葉としては知っているし、それがどういう状態のことを指すのかもわかってはいるつもりなのだけれど、まあ単純に言ってしまえば縄でぐるぐる巻きにされていた。無理に身体を起こしたから腹に縄が食い込んで超痛い。


 街道に近い草原の真ん中で、周りを取り囲んでいるのは明らかにカタギじゃない素敵な方々がざっと六人。


「ずいぶんとお早いお目覚めだな、奴隷」


 屈強な男の一人が小馬鹿にしたような口調で話しかけてきた。おいおい、初対面の人間相手にその態度じゃ友達できないぜ。


「私は奴隷ではない。おい、身ぐるみ剥いだのなら私の認識票を見ただろう。私は帝国軍将校だぞ」


 下っ端の十人隊長だけどな。


「認識票ぉ? あったなあそんなもんも。だがよ、お前は逃亡奴隷だ。大体よぉ、てめえみたいにいかに奴隷って風貌の人間が将校なわけないだろう。ずいぶんとお上品な口の利き方をするみてえだがよ、仮に今のお前の姿を誰が見たところでどっからどうみても逃亡に失敗した奴隷にしか見えねえっつーの」


 俺のポケットに入っていた煙草に火を付けながら男が言った。


「いいか? お前は、逃亡奴隷だ。それを親切な冒険者様である俺達が捕縛して、親衛隊の連中に引き渡すところだってのは、分かってるよな? つまりだ、お前が何を喚こうと俺達も親衛隊の連中も関係がねえってことだよ。わかったか、十人隊長殿?」


 男の言葉にげらげらと取り巻きが笑い声を上げる。


「ふん、上等な葉っぱ持ってるじゃねえか。十人隊長ごときが買える代物じゃねえな。北の豪族かなにかの出身か。おい、無駄なことすんじゃねえぞ。お前の両手に着いてるのが遺物ってことは分かってんだ。お前の身体に巻き付いてる鎖はな、固有級遺物(ユニーク)までは効果を無効化するって遺物だ。どんな遺物かは知らんが無駄な真似をすん......は?」


 男の言葉を無視して全身に巻き付いていた縄......じゃなくて鎖だっけ。まあとにかく、引きちぎる為に全身に力を込めた。みしみしと音を立てているだけだった鎖が、ばきんと情けない音を立てて千切れた。完全に千切れるまで十秒ちょっとはかかったから途中で止めても良さそうなもんだけど。


「あ、な、な、てめっ......」


 さっきまで俺と喋っていた男が剣を抜く。


「てめえ、一歩でもそこを動いてみろ、八つ裂きにしてやるぞ! おい、ぼさっとしてねえで武器を取れ!」


 よっぽどあの鎖の遺物を信頼していたのか呆気にとられて身動きできなかった様子の冒険者達が、男の声にやっと動き出した。

 三人が剣と盾、二人が槍、残りの一人が弓か。弓が厄介だな。どれほどの腕があるか知らんけど、格闘中に射られたら対応できない。


「生け捕りはできねえ、殺すぞ」


 剣持ちの三人が正面から半円になって迫ってくる。槍はその両脇を固めてる。


 さりげなく連中が弓使いの射線を遮るように誘導しながらゆっくりと下がる。


 左足を少し下げて止まる。


「せやあっ!」


 中央の剣持ちのが突進してきた。向かって左からの袈裟切り。


 姿勢を低く保ったまま懐に突進。腕の内側に入り込んだ。刃が頭上を通り過ぎる。右腕を上げて二の腕の辺りで敵の腕を掴む。左手は相手の腰の後ろに回した。組み付いたまま下腹部に膝蹴りを叩き込む。


「頭ァ!」


 左側の剣持ちが切りかかってくるのが見えた。くるりと身体を回して組み付いたままの男を盾にする。


「ぎゃ、ガっ!」


 首で部下の愛を受け止めた男はそのまま力が抜けてしまった。切りかかってきた奴に死体を全力でぶん投げる。


「くそ、なんだてめえ!」


 右側の剣持ちが切りかかってきた。大上段からの一撃を籠手で受け止める。そのまま剣を掴んで引き寄せ、頭突きを食らわせる。


 冒険者は鼻を潰すどころか、顔面を陥没させて崩れ落ちる。俺の額もぱっくり割れてしまったけど。


「次はどいつだこの野郎!」


 残ったのは槍使いが二人と弓使いだけか。槍使いは穂先で俺を牽制しながらじりじりと下がっていく。


「エヴァン、足を狙え!」


 エヴァンと呼ばれた弓使いがこちらに狙いを定めてくる。


「ちょ、飛び道具は卑怯だろ!?」


「うるせえ死ね!」


 ひどい。エヴァン某が矢を放つと同時に脇に飛び退いた。矢って脇をすり抜けてく時ものすごい音が鳴るんだな。超怖い。

 体勢が崩れたところに両側から槍が突き出された。無理矢理身体を捻って穂先をかわす。太ももに少しかすった。痛いけど、それだけだ。別に死ぬような怪我じゃないだろう。・・・・・・大丈夫だよね?


 とりあえず右側の槍使いの方が近かったのでそいつに飛び掛る。槍を掴んで引き寄せ、顎をぶん殴る。右腕を掴んで膝蹴り、叩き折ってやった。


「離しやがれ!」


 そんな叫び声が聞こえたかと思ったら、左の肩甲骨の辺りに激痛が走る。右腕を折った槍使いを蹴っ飛ばし、振り返って残る一人の槍使いに飛び掛る。懐に入られた槍使いは潔く槍を捨てて素手で突っ込んできた。組み合うように全身でぶつかる。肺の中の空気が強制的に排出される。


 鋭く息を吸い込みながら突き飛ばす。膂力ではこちらの方が圧倒的に上だ。あの小うるさいチビと違って無敵主人公のような振る舞いが出来る。鬱憤を晴らすのには最高の機会だ。


 鳩尾を狙って右ストレート「を繰り出す。冒険者はこれを弾こうとしたけど、力ずくでねじ込んだ。


「ぐっ、うぶ」


 一瞬動きが止まったところに、拳を顎に叩き込んだ。冒険者の頭がおかしな方向に傾いた。

 間髪入れずに冒険者の膝の辺りにローキックを食らわせると、小気味のいい音を立てて膝関節が折れた。支えを失った身体が倒れると、その上に馬乗りになり、ひたすら顔面を殴り続けた。


 冒険者の頭が完全に原型を留めなくなるまでそう時間はかからなかったはずだけど、なにせひどく興奮していたからよく覚えていない。


 死体の上に馬乗りになったまま、乱れた呼吸を落ち着かせる。篭手は返り血と肉片で真っ赤になっていたシャツの前部分も真っ赤だ。きっと顔も血を浴びたように真っ赤になっているだろう。


 なんとかきれいにしようと思って、冒険者の服で篭手を拭う。大して変わらないな。篭手についた返り血を啜りつつ、こびり付いた肉片を咀嚼していると、視界の隅で腰を抜かしている弓使いの姿が見えた。


 立ち上がって近づいてみると、小さく首を振りながら逃げようとする。


「えっと、なに、なんだっけお前の名前。教えてよ」


 ひっ、と心底怯えたような声を出して弓使いはまた後ずさろうとする。


「待て待て、ちゃんと質問に答えれば別に殺したりなんかしねえよ」


 弓使いの表情は被ったフードが作り出す影でよく分からなかった。マントの裾から覗く脚とかを見るに、ずいぶん華奢な体型のようだ。さっきの声を聞いた感じ、まだガキか女かってところだろう。ま、どちらにしろ女子供を積極的に殺していくような趣味はない。


「え、エヴァニア・アウレリウス」


 小さく、それもかなり震えてたから聞き取りづらかったけど、なんとか聞き取ることはできた。アウレリウス、アウレリウス・・・・・・身に着けているものは上等なものが多いし、弓からはマナが濃いとき特有のあの甘ったるい匂いがしてくる。けっこういいとこのご令嬢、てとこかな?


「そうか、エヴァニアか。由来は知らんがなかなかいい響きの名前だな。で、もうちょっと聞きたいんだけど大丈夫?」


 フレンドリーさを表す為ににっこりと笑いかけながら顔を近づける。まあ顔近づけないと聞きとれないし。


「ひっ、あ・・・・・・」


 だけどエヴァニアは、俺が顔を近づけるとそんな声を上げて呆けてしまった。おまけにきついアンモニア臭までしてくる。

 ちらっとエヴァニアの身体を見ると、股間の辺りに不愉快な臭いを放つ染みが出来ていた。


 俺、スカトロ趣味はねえんだよなあ・・・・・・

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